昭和デカ -かつ丼-
この作品は 元々は、しいなここみ様の『とんかつ短編料理企画』参加する為に書きました(#^.^#)
「いやあ~ 西村警部から“ラーメン講義”をやられちまったよ」
取調室から出て来た石原刑事がぼやく。
「『いいか、ムリ! “ちゃんとしたラーメンやとんかつ”ってえのはその店の“作品”だ!! そして常日頃、店主は試行錯誤を繰り返している。だから“新作”は率先して食するべきだし、例え変だと感じても最初はその店の流儀に従うもんだ!!』だってよ! 柴門刑事どう思う?」
「どうって……本店の西村警部はグルメなんすかね?」
「久留米? 西村警部は甲府の出だよ」
この“昭和の世界”に転生する前の柴門刑事は令和の世界で……同じ西新宿の地にある高層ビルに通勤していたOLの由美だった。そう言ったわけで時々時代にそぐわない言葉が出てしまう。
今も心の中で『テヘペロ』をしながらチノパンは取調室に入る。
もっさいチノパンを一瞥した西村警部は、もう定年間近にも関わらずどこかギラギラとした殺気を感じさせる“いかにも叩き上げ”といった刑事だ。
泣く子も黙るそのベテラン刑事がなぜ調べを受けているかと言うと、彼の一人娘を殺害した強盗殺人の容疑者だった“江藤三郎“が昨日、何者かに銃殺されたからだ。
“本店”のマル暴所属のベテラン刑事”の取り調べにはさすがの“強捜係の面々”も手を焼いていた。
実際、西村警部はチノパンに一瞥をくれただけで、いくつか吸い殻の残っている灰皿を眺め、ただ要求する。
「おい! タバコくれ!」
チノパンはブスっとしながらタバコの箱を取り出し、西村警部の目の前でサッと1本振り出す。
「お前みたいな恰好ばかりのはいらねえな」
「どういう事です?!」
「いかにも“支店”のボンクラが好きそうなフィルター付き……タバコと言えば両切りだろ! “渡”か“タニ”は居ねえのか?!」
『コイツ!! 渡警部や谷山警部補を呼び捨てにしやがって!!』
と心の中で悪態をつきながらチノパンは西村警部を見据える。
「そんなに“支店”の刑事が気に食わないですか?」
「ああ!“江藤三郎“を挙げられなかったからな!オレが乗り出していればこんな事にはならなかっただろうよ」
「だから、別のヤマで挙げられ服役していた江藤の出所を待ち構えて殺したんですか?!」
「それが唐変木ってんだ! 江藤は数年前に十川組から出回っていた粗悪な改造拳銃で射殺されたんだろ?!」
「あなたならそんな事はしないとおっしゃるのですか?」
「それ以前の話だ!!」
こんな押し問答を繰り返しているとドアが開き、谷山警部補が入って来て紺色のタバコの缶を机の上に置いた。
「チノパン! お前は鳥刑事と合流してくれ」
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江藤が殺害された現場近くをチノパン、プリンス、篠崎刑事の三人が隈なく捜索している。
―と、プリンスが何か見つけた様だ。
「チョーさん!見てください!」
プリンスが手渡したのはバッジの留め具でちょっと変わった形をしている。
「これは……マル暴の??」
「ええ、おそらく。バッジ本体も見つかれば確実ですが……とにかく鑑識に回します。うまくいけば逮捕状の請求も……」
「う~ん そうなれば西村警部を勾留できるが……」
チノパンは早速、近くにあった赤電話から署に電話を掛ける。
「ボス! 証拠が上がりました!! マル暴のピンバッジの留め具です! これは西村警部が現場に居た事の証明になります!!」
しかし、ボスは冷静沈着にチノパンを諭す。
「チノパン! まだ何を証明された訳じゃない!! 今一度全神経を現場に集中しろ、目だけじゃない! 聞こえて来る会話や音にまでもだ!!」
「分かりました!」
受話器を置くと、ふんわりと揚げ物の匂いがする。
振り返ると『とんかつ三雪』との看板が目に留まる。
ちょうど男が二人出て来た。
「ゴマダレかつ丼!たった一日の命だったな!」
「いくら老舗でもあの冒険は行き過ぎだ……」
その会話にチノパンは、さっきのムリさんの会話を思い出していた。
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取調室、タニさんと西村警部が対峙している。
「まあ、娘の月命日の日に殺されたとあっては益々疑われるのは無理ねえがな」
「もし、あなたがおやりになるとすれば、月命日にそんな事はしないと?……しかしその日、休暇を取ってらっしゃいますよね?」
「ウチの墓は甲府の山の中だ、休暇を取らなきゃ墓参には行けねえよ」
「当日のあなたのアリバイは証明できますか?」
「無理だな! 墓参の後、実家に修繕も兼ねて一泊したが誰にも会わなかった……待てよ」
そう言いながら西村警部は懐から手帳を取り出した。
「新宿駅で偶然、トメと言うタレコミ屋にあってな! ある男の電話番号を聞いたんだ! 手帳はちょうどカバンの中でな、取りあえず切符の裏に書き留めた。これがその番号だ! 運が良ければ甲府駅にこの電話番号が書かれた切符が残っているかもしれねえな」
「その番号、メモを取らせてもらっていいですか?」
「構わんよ!せいぜい“支店”の底力って奴を発揮してくれ!」
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「とにかく私は甲府駅に向かいます。プリンスは鑑識に回りました。チノパンは引き続き現場です」
チョーさんの電話の相手はもちろんボスだ。
「よしんば切符が見つかって、駅員に面通ししてそれが西村警部に間違いなかったとしても、それは、その時間に西村警部が甲府駅に居た言う証明にしかならない」
「甲府駅から特急を使ってとんぼ返りで新宿駅に戻って犯行を行う事は十分可能です。しかしそれを証明するには証拠不十分です」
「そこだよ! 西村警部はご自分の娘が殺された意趣返しを我々“支店”に対しても行っているんじゃないかな」
「はい……」
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刑事部屋に戻って来た面々は沈痛な面持ちでプリンスの報告を聞いていた。
「これで振り出しに戻りですね」とムリさん。
「だからこそ西村警部が“クロ”だとはっきりしたがな」とのボスの言葉にタニさんが答える。
「はい、西村警部はあの特殊な留め具と酷似した……それこそ鑑識でしか分からない様な物をわざわざ現場に残したと思われます。それは我々に対する意趣返しです。『自分ならへまはしない』と言う……しかも甲府駅で切符も見つかり、駅員も西村警部の顔を覚えていた。となると……」
「やはり逮捕状は無理なのでしょうか……西村警部は不用意な証拠は残さない……」とプリンス。
一同、沈黙が続く……
その沈黙を破ったのは腕組みをして考えを巡らせていたタニさんだった。
「ボス! 私はチノパンの勘に賭けてみたいのですが……」
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取調室へ入って来たチノパンは西村警部の前にドカッと腰を下ろした。
「証拠を見つけましたよ」
「何をだ?!」
「あなたの襟です! 穴が開いたままだ! バッジはどうしたんです?!」
「お前の様な若造に言うつもりは無い!!」
「オレが若造かどうかは関係ない!! バッジはどこにあるんです?!」
「すっこんでろ!!」
西村警部の怒鳴り声と同時にドアが開いてタニさんが入って来る。
「チノパン!! 西村警部に対し失礼だぞ!!」とチノパンを窘めたタニさんは西村警部の方に向き直る。
「部下の非礼をお詫びいたします。その上で申し上げますが、我々は現場でバッジの留め具を見つけました。それが、あなたの物で無いのなら、あなたのバッジはどこにあるのか教えていただけませんか?」
西村警部が缶から両切りのタバコを出すとタニさんがマッチを擦って火を点けた。
西村警部はタバコを深く吸い込むとため息をつくように煙を吐いた。
「なあ、タニよ!今まで完璧にやっていた事ができなくなった……それに気付いた時のオレの気持ちが分かるか? まさにバッジがそうだ! 老いを感じたよ。『もうオレの出る幕はない!潮時だ!』こうも思ったよ」
「バッジ……無くされたのですか?」
「いいや!別のスーツの襟に付いたままだった」
そう言って西村警部はポケットから鍵を出して机の上に放り投げた。
「家探しでも何でもするんだな。ついでに鑑識にも回せ!」
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取調室で西村警部が独りでタバコをくゆらせているとドアが開き、ボスとタニさんが入って来た。
西村警部が目を上げるとボスは一歩進み出て頭を下げた。
「すべて我々の誤認です。ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」
「渡よ!誤認と分かったら潔く頭を下げるくらいの事はできるんだな! しかしまあ……お前たちはそれだけマシという事だ! それに免じて今回の事は不問に付す。これに懲りて部下の指導をより徹底させる事だな」
「ご指導ありがとうございます。 その上でお聞きしたいのですが、もし西村警部ご自身がミスを犯した時はどのような対応をお取りになられますか?」
「オレか? 潔くするだけだ。さて、もう無罪放免だな!帰らせてもらうぞ」
ここで初めてタニさんが口を開いた。
「お待ちください! ちょうど食事の用意をさせていたので召し上がってはいただけませんか?」
「ん、そうだな!長時間缶詰にされて、そこそこ腹も減った!いただこうか!」
タニさんがドアの外に声を掛けるとチノパンが大きな手のひらにお盆を載せて入って来て、かつ丼、サラダ、胡麻ドレッシング、青じそドレッシング、お茶と……机の上に並べて行った。
「ムリからオレの好物を聞いたのか?」
そう言いながら西村警部は箸袋で『とんかつ三雪』という店の名前を確認して、かつ丼の上に胡麻ドレッシングを振り掛けた。
その様を確かめてタニさんは口を開く。
「西村警部! あなたは事件の日、現場のすぐ近くにある『とんかつ三雪』でかつ丼を召し上がりましたね」
西村警部は手を止めて言葉を返す。
「確かに『とんかつ三雪』は贔屓にしているが、事件の日には行っておらんよ、オレは山梨に居たんだから」
「それは違います!西村警部! かつ丼に胡麻ドレッシングを振り掛けるのはあの店独特の流儀です!」とチノパンが口を挟む。
「バカバカしい!どういう食べ方をしようがオレの勝手だし、よしんば店の流儀に従ったとしても、オレはあそこの常連だ!なんの不思議も無い!」
チノパンは西村警部を静かに見据えて言葉を返した。
「かつ丼に胡麻ドレッシングを掛けると言うメニューは事件当日……それも夜だけの限定でした。あまりにも評判が悪くて翌日の昼には取り止めになったんです。その限定メニューを知っているという事は、あなたが事件の日の夜に現場近くに居た事になる。つまり甲府から戻って来ていたという事です。」
「ワハハハ」
チノパンの言葉に西村警部は鷹揚に笑った。
「そんな脆弱な証拠で公判を維持できると思うのか?」
「公判が維持できるかどうかは我々が判断する事ではありません」
「タニよ!何が言いたい?!」
「あなたは先程、『自分の犯したミスについては潔くする』とおっしゃった! その事についてはどうですか?」
西村警部は吸い掛けのタバコを灰皿へギュッと押し付けた。
煙が一瞬立ち昇り、すぐに消えた。
西村警部は微かにため息をついて紺色の缶を脇へ押しやった。
「おい!若いの!」
「ハイ!」とチノパンは返事をする。
「タバコをくれ」
西村警部が振り出されたタバコを抜き取り口に咥えると、チノパンはマッチを擦ってそれに火を点けた。
西村警部はうまそうにタバコを吸うと煙と共に言葉を置いた。
「相変らず支店の唐変木は詰めが甘い!オレが捜査のイロハを教えてやる」
「ハイッ!」と言う返事と共にチノパンは西村警部の前に腰を下ろした。
昭和デカ 『かつ丼』 完
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この作品における人物、
事件その他の設定は、
すべてフィクションで
あります。
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『とんかつ短編料理企画』には昭和デカ(それも取調室の定番料理“かつ丼”)で参加したいと、ずっと思っていたのですが、実際話が“降りて”来たのが昨晩!!
11月3日はお休みするし……大急ぎで書きました。
いつもいつもすみません<m(__)m>
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ちなみに本作品“昭和デカ”はこちらです。
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