隣の席の子は異世界から転生してきた悪役令嬢みたい
「おーほっほっほー、ご機嫌よーう! 春佳殿! おーっほっほっほ!」
「お、おはよう、ルイちゃん。きょ、今日は一段とご機嫌だね」
今日も朝から教室中に甲高い声が鳴り響く。
ルイ・ウェルビーはパタパタと自前の扇子を扇ぎ、口元を隠した。
どこぞの世界の悪役令嬢のように。時々異世界から転生してきたのかとも思う。
ルイちゃんの両親は外国人で生まれも育ちも外国である。
私からしたら日本の外なんて異世界なので異世界人に等しい存在だ。
外国の人ってみんなこう言う感じなのかな。
お陰でルイちゃんはクラスの大半の人たちからは距離を取られていた。
ルイちゃんは近づけない雰囲気があるので嫌いではないが私も自ら距離を縮めるような真似はしていない。
そしてついたあだ名が悪役令嬢ルイ。
性格もこれを除けば優しいし良い人なのだが、口調が悪役令嬢『っぽい』のでそう名付けられた。
「今日はご機嫌? 何をおっしゃっているの? 春佳殿。私はalways気分も鼻も器も評価も高いですわよー、おっほっほっほ」
「そ、そうなんだ。ま、まあ気分が暗いよりは......ね」
そしてルイちゃんとは隣の席ということもありよく話しかけられる。
普通に喋ってくれたらいいのだが......正直言ってしまうとうるさい。
気分が落ち込んでいる時にもこうして話してくるのでイライラを通り越して笑ってしまう。
「春佳殿、今日は昼食一緒にどうですの?」
多分私はルイちゃんに気に入られているのだと思う。
(私に関わるなんてやめた方がいいのに......じゃないとルイちゃんが......)
まあ一緒に食べる友達がいないので断る理由もない。
「いいよ、じゃあ一緒に食べよっか」
「おーっほっほっほ、気分がさらに上がりましたわぁ!」
相変わらず朝からうるさい。
***
昼休み。私はルイちゃんと約束通り昼食を食べて教室へ戻っていた。
「ルイちゃんってその喋り方自国の風習? みたいな感じ?」
「あー、そうですわね。風習ではないかもしれませんけど、生まれた時からこうでしたわ。流石に先生の前では気をつけておりますけど、時々出てしまうので治さないといけませんわね」
ルイちゃんもルイちゃんで苦労してるのかなぁ。
そうして階段を上っている時だった。
階段を下っているある生徒と目が合った。
私はすぐに目を逸らした。
「あ......」
大丈夫......だよね。別に今はルイちゃんといるんだし。
内心胸はバクバクだった。
「どうしましたの? 顔色が悪いですわよ」
「う、ううん、何でもない。は、早く行こ?」
私は上る足を速めた。
そしてその生徒とすれ違った。
その時だった。
「ちっ......うぜえんだよ」
そう声が聞こえたと思ったら、突然ドッという音が隣から聞こえ、その生徒はバタバタバタと階段から落ちていった。
「いって......!」
「大丈夫!? 佐江ちゃん!? わ、あざできてる......ほ、保健室行かないと」
鷹橋 佐江の仕込んだ取り巻きであろう生徒が次々と佐江の周りに集まっていった。
お陰でなんだなんだと外野から生徒が集まってきている。
そして佐江は迫真の演技で泣き出した。
「ひ、酷いよ......春佳ちゃん......いくら私のこと嫌いだからって階段から突き飛ばすなんて」
「......え?」
佐江ちゃんが名前を挙げると取り巻きたちは私を一斉に見た。
「今の話本当?」
「はぁ? 信じられない、それはないでしょ!」
「え......いや......私じゃ」
「最低!」
......やっぱりだ。佐江ちゃんはわざと転んだんだ。
そう。私は、佐江含むグループからいじめを受けている。
無視、暴言、暴力、恐喝。最近ルイちゃんと関わってるからお陰でいじめは少なくなった。
でも......なくなった訳じゃないんだ。
「......」
「ちょっとなんか言いなさいよ!」
まじかよ、とギャラリーはザワザワと騒いでいる。
その様子を見てルイちゃんは喋り出した。
「ちょっとあなたが自分で転んだんでしょう? 哀れにも程があるわ!」
「ルイちゃん......」
「哀れって......私は被害者だよ? なんでそんな言うかなぁ。私はただ、突き飛ばしたことを認めて謝ってくれるだけでいいのに」
そしてまた佐江ちゃんは泣くそぶりを見せた。佐江ちゃんは残念ながら男女共に『表では』人気が高い。
だからそれを見て同級生たちは野次を飛ばした。
「謝れ! 謝れ!」
「そうだそうだ! 謝れ」
一度始まったコールは水たまりに落ちた雨のように波紋を広げる。
『謝れ! 謝れ! 謝れ』
「......」
「春佳殿、あなたは何も悪くないですわ。だって私が見ていたのですもの。勝手に転んだところを」
「ルイちゃんは私を責めないんだ。優しいんだね......でももういいよ、ルイちゃんにまで迷惑かかっちゃうから。謝ったほうが......」
そう決めかけた時、ルイちゃんは自前の扇子を広げて、口元を隠し、ゆっくりと佐江の元へ下りていった。
上品に、お嬢様のように。そして悪役令嬢の雰囲気を持って。
「おーっほっほっほ!」
ルイちゃんはいつものように甲高い声をあげて高らかに笑った。
「る、ルイちゃん......?」
「あなたは何もやってないですわ、そこで見ていなさい」
そしてルイちゃんが発した言葉は予想外のものだった。
「おっほっほっほ。少し違いますわね、私が突き飛ばしましたわ!」
「っ......!?」
「何の礼儀も持たない無礼な平民風情を突き飛ばして何が悪いのかしら? 私に舌打ちまでして......私に楯突いていいのは私だけですわよ? まあ初回ということでこれぐらいで勘弁して差し上げますわ」
「て、てめえ......!」
「何の知恵も持たない役立たずで愚かで浅はかでどうしようもない可哀想な方ですわね。もう少し慈悲を分けて差し上げたいですわ!」
ルイちゃんの煽りは止まることを知らなかった。結局どちらが加害者なんだとギャラリーは困惑している。
「絶対てめえはぶっころ......」
佐江ちゃんの本性があらわになりかけた時、騒ぎを聞きつけて先生がやってきた。
「おいおい、お前たち、何をしている。なんだ何があった」
「先生、佐江ちゃんが階段から......」
「とりあえずお前らはもう戻れ、あとは先生が処理しておくから」
「(ちっ......)」
佐江ちゃんの小さい舌打ちが私には聞こえた。
***
「......なるほど。意見が不一致だ。証人もいないしな。証拠が足りないし、集めないといけない」
5時間目、授業があるにも関わらず私たちは呼び出されていた。
「しょ、証人が足りないってどういうことですか!? あの様子を見ていた生徒も中には......」
おそらく取り巻きのことを言っているのだろう。
「ああ、あいつらか。全員言っていることがバラバラなもんでな。ルイが突き飛ばしたやら春佳が突き飛ばしたやら」
「......」
「とりあえず和解しろ。先生はまだ仕事があるからもう戻る」
そうして部屋から出ていった。
「ちっ、覚えてろよ」
佐江ちゃんもそう言って和解することなく部屋から出ていった。
「はぁ、疲れましたわね。なんですの、あの人。少々頭のネジが狂っておられるようですわ」
「......ごめんね、ルイちゃん、私といるせいでこんな目に」
「あなたもあなたです! やっていないならやっていないとしっかりいうべきでしょう!」
「うっ......ご、ごめんなさい」
「謝らなくてもいいです! いじめられているのかなんだか知らないですが、もっと自分を強く生きなさい!」
それができたらどれだけいいだろう。本当、ルイちゃんは羨ましいや。
***
次の日、教室の入ると同時にみんなの視線が一斉に集まった。
おそらく昨日のことだろう。和解はしたことになっているが、裏ではどうだかわからない。
そして佐江ちゃんから強烈な殺気のこもった視線が飛んできた。
うう......。
そしてオドオドしながら自分の席に行こうとすると、1人のクラスメイトが話しかけてきた。
「春佳ちゃん、その......昨日はごめん。春佳ちゃん何も悪くないのに私、つられて野次飛ばしちゃってさ」
「......え?」
暴言を言われるか身構えればまさかの謝罪の言葉だった。
そしてその子を筆頭にクラスメイト達が集まってくる。
「俺も......ごめん。謝って済む問題じゃないけど」
「私も」
「僕も」
「......え? え? み、みんなどうしたの......?」
次々と私の元に集まって謝罪の意を述べてくる。
そしてようやく解放されて席に着くと隣の席のルイちゃんがとても機嫌が良さそうに話しかけてきた。
「おーっほっほっほ、ご機嫌よう!」
「......えっと、もしかして何かしたの?」
「もちろんですわ。友人を放っておけるわけないですもの」
そして扇子をバッと広げて語り始めた。
「私、実は同級生や先輩の間では距離を置かれているようですが、1年の後輩の間で慕われているようでして。それで噂を流すように言っておいたのですよ。春佳殿は佐江殿にいじめられていて、自分から階段を落ちたのに春佳殿に罪をなすりつけようとした。しかしそれを友人である私が庇った。とね」
「なんで......なんでそこまでしてくれるの?」
「友人ですもの。当然でなくて?」
「る、ルイちゃん......」
私は一歩警戒を緩めれば泣き出してしまいそうな状態だった。
ルイちゃんがそこまでしてくれるとは思わなかったからだ。
それに今までずっと1人だった。信じてくれる人なんていなかった。
でもルイちゃんが助けてくれた......。
「おい、ちょっと来い」
佐江ちゃんからそう呼ばれた。
まあそうだよね。黙ってみてるはずがないよね。
私は席から立ち上がりついていった。
「ちょっと別に行かなくても......」
「いいの、けじめつけてくるから」
***
「......くそっ! 全部お前が! お前が!」
私は校舎裏にまで連れて行かれた。
佐江ちゃんは怒り狂って、何度もベンチを蹴っている。
「......今まで積み上げてきたものが全部! 全部! 春佳のせいで!」
おそらく噂が広まって取り巻き以外の友達からの信用を失い、男子からも相手にされなくなったのだろう。
自業自得なのにな。
「でもね。私、今ならまだ間に合うと思うの」
先ほどまでの低い腹黒い声とは違い、表に出している声で私に近づいた。
そして髪を思いっきり掴まれる。
「はな......して......」
正直痛い。以前の私ならこれで根を上げていた。
でも今は違う。ルイちゃんにもらったんだ。
「もしも、あなたが今から私がやりましたって自首したら私はあなたのことを許してあげようと思うの。私って優しいからさ」
「みと......めない」
「ごめん、もう一回言ってくれる? はっきりと。さっさと私がやりましたって認めてくれたら許してあげてもいいよ?」
「認めない!」
私はそうはっきりと言い切った。もう逃げない。私も自分を強くして生きたい!
「あああああああああ! そう! そう! どうなっても知らないから!」
佐江ちゃんは思いっきり私の腹部にパンチをした。
その衝撃を受けて私はゴロゴロと転がった。
「ぐはっ......」
「さっさと認めてくれるかな?」
「認めない! 絶対に認めない!」
「ちっ......クソが!」
佐江ちゃんは拳を思いっきり振り上げた。
その時だった。
「おーっほっほっほ、みなさんご機嫌よう」
「お前は......ルイ!?」
「あらあら随分と惨めですわね......ところで......私の友人に手出しするのを辞めなさい。これは忠告であり、命令です」
「こいつが罪を認めるまで私は!」
「よろしいのですか?」
そしてルイちゃんはスマホを取り出して動画を見せた。
そこにはさっきの私への暴言や暴力が映っていた。
「なっ......」
「命令に背いた場合はどうなるでしょうか?」
「......」
その動画には取り巻き達も一瞬映っていた。
「私もうあんたについてけない!」
「お、お前......」
「私も無理!」
そして次々と取り巻き達は逃げるように去っていった。残ったのは佐江ちゃんだけ。
「......くそ、くそ!」
「さて、どうなさいますか?」
「絶対! お前も潰す!」
佐江も去っていった。
「大丈夫ですの? 春佳殿」
「う、うん。大丈夫......いてて」
思いっきり殴られたのでまだ立てなさそうだ。
それでも不思議と気持ちは軽い。
「というか見てたんだね」
「ええ、あなたが言い切るところも」
「あれは恥ずかしいから忘れて欲しいな〜」
「はい、では、私の背中を貸してあげますから」
「......ありがとう」
***
あれから数ヶ月が経った。
私をいじめていた佐江や取り巻き達はあの動画が結局拡散されて停学処分になり、そのまま自主退学していった。
そして現在、私は友達も増え、順風満帆な生活を送っている。
ルイちゃんは相変わらずクラスメイトに距離を取られているが、嫌われている様子はなかった。
しかし一方で、私はルイちゃんを1番の親友だと思っている。
「おーほっほっほ!」
今日もルイちゃんはご機嫌のようだ。