パパからのお手紙
「エルネスタ、貴様のような悪女を将来の王妃とするわけにはいかん。よってこの私、コンスティン王国王太子カールとハイドラ公爵子女エルネスタとの婚約をここに破棄する!」
近隣の国からも留学生がやってくる、コンスティン王国が誇る王立学院。その卒業パーティでの一幕は、多くの人生を一変させた。
「待ってください!婚約破棄とは!?それに、悪女?一体何のことを……」
戸惑いの声を上げたハイドラ公爵令嬢を遮り、王子は続けた。
「黙れ!証拠はそろっているのだ。何をしたのかはお前が一番わかっているだろう?」
事前に打ち合わせでもしていたのか、武装をした騎士があらわれるとエルネスタ嬢を取り囲み、退場を促した。
「待って、殿下!私が何を……っ」
静かに閉められた扉の音がやけに大きく響いた大広間。
卒業を迎えた優秀な令息令嬢たちは一言も発することなく広間の中心を見つめていた。
「皆、騒がせてすまなかった。この場にそぐわないものは排除した。さあ、学院最後のパーティを楽しもうでは無いか!」
王子の声に皆、笑った。
ひきつってようが、怯えを含んでいようが、笑うしか、なかった。
学院にて、悪虐の限りをつくす公爵子女から最愛の少女を守り抜いた王子が最後にはめでたく結ばれた。
そんな演劇が流行っているらしい。
「観劇券が手に入ったんです!どうですか?来週一緒に……」
冒険者ギルドにて頬を赤らめてのお誘いに、冒険者は無表情に返した。
「いや、迷宮で忙しいから」
必要な手続きだけを簡潔にすませて受付を後にすると、崩れ落ちるような音が聞こえた。
「お前も振られたのか〜」
「今日は飲もう、付き合ったげるから」
同僚たちに肩を叩かれているギルド職員を背に、彼女は仲間のいる席へと向かう。
「モテるね〜、エストは」
迎えるのは彼女、エストよりも一回り小柄な少女。
「欲しいならネズにあげる」
「え、いらない。今は迷宮のこと最優先にしたいしね」
あの日、騎士に連れられた先でエルネスタは馬車へと押し込められ、何もわからないままに隣国へと放り出されたのだが。幸運が重なり行き倒れることもなく、冒険者なんてものをやっていた。
才能もあったらしく順調に迷宮階層は進み、今が一番楽しい時期。相方のネズも同じように思っていると知って、エストは嬉しそうに微笑んだ。
「号外、号外〜!」
新聞の売り子が大声をあげて街中を走り回っている中、エストとネズの二人は受付の机へと巨大な闇色の兜を置いてドヤ顔をしていた。
「40階層の門番。ダークナイトの兜よ!重くって持って帰るの大変だったんだから!」
ちなみに偉そうなことを言っているが、持って帰ってきたのはネズではなくエストである。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って、待って、確認できる人呼ぶから!!」
この街の迷宮の最深到達階層は40階、前回はそこで門番に阻まれて帰ってきた。その時のパーティなら門番であるダークナイトを目にしているはずだ。そうでなくともギルド本部に送って鑑定をしてもらえば済む話だが、そっちだと結構な時間がかかってしまう。
ギルド中が大慌てしている中、新聞売りの少年が中へと入ってきた。
「号外、号外〜!明日の朝刊で詳しく書くからぜひ買ってね〜」
そんなことを叫びながらギルド中に配っていく。もちろんエストとネズの手にも。
見出しにはこんなことが大きく書かれていた。
『隣国コンスティン王国でクーデター発生!
新しい国名は
エルゥちゃんへ、パパ頑張って王様になりました。エルゥちゃんに酷いことした人達はみんな捕まえたので、安心していつでも帰ってきてね国
と発表』
「何これ、え、ナニコレ?」
理解が追いつかないようで何度も号外へと目を通すネズ。
エストは少し驚いて、それから少し考えて相方へと声をかけた。
「ネズ、あのさ、ちょっとわがまま言ってもいい?」
「ワガママ?」
らしくない発言にネズが相方の顔を見上げると、エストは悪戯っぽく笑っていた。
翌日の新聞を開いて彼は満足げに頷いた。
かつての王家や王家に与した貴族一門の悪事が庶民にわかりやすく並べられている。
その中でも愚かな王太子が彼の娘へと行った仕打ちはことさらに大きく取り沙汰され、悪女とされた公爵令嬢がどれだけ素晴らしい人格者だったのか連ねられ、読者投稿からの賛美の声も載せられている。
王都の民からの反応も上々の様子。
ぺらりと紙面をめくり、彼は動きを止めた。
『精霊樹迷宮の最終到達階層更新!41階層に足を踏み入れたパーティの名は
パパへ、元気にしてますか?私は元気です大仕事お疲れ様、あんまり無理しないでね
と登録されてる。珍しい女性二人のパーティで……』
「そうか、元気にしてるのか……よかった」
大きな兜を二人で抱える嬉しそうな冒険者の写し絵を見つめ、彼はようやく心からの笑みを浮かべた。
エストがなかなか帰らないと新たにこんな国が作られる。
エルゥちゃんへ、この国の貴族がうちの国名とエルゥちゃんのこと悪く言ってたので属国にしちゃいました。パパ頑張ったから褒めて欲しいです国
エルゥちゃんへ、エルゥちゃんは立派な冒険者になったみたいなので鍛治が得意な人達を国民にすることにしました。いつでも新しい武器が作れるよ国
エルゥちゃんへ、うちには迷宮がなかったので迷宮がある国もうちの国にすることにしました。次はこの迷宮に来て欲しいな国
そして近隣の国主から頼むから顔を見せてやってくれと指名依頼が入る。