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隣人と夢

作者: 鬼屋敷 夜雲

 これは俺が体験した、奇妙な夢のような話である。

俺の名前は、花森 馨(はなもり かおる)

至って普通の一般人であり、現在の齢は25のフリーター。

今の俺はほぼ幼馴染と言ってもいい相方、ヒグラシと一緒に暮らしている。


 ─────この物語は、そんな俺とヒグラシによる奇妙な日の話。


 朝、俺が起きた時には空が油のようにコテコテした虹色がマーブル状の何かを作っている。

ベッドからぼんやりと部屋を眺める、まるで引き伸ばされたように何処までも部屋の隅が広がるのが分かる。

林檎が空から落ちて、赤い汁を垂らしている。

人が空を歩く、猫がベランダからぶら下がっている。

引き伸ばされる部屋は無限に広がりを見せ、壁に半分埋まっているヒグラシが挨拶をする。

ベッドの下にはヒグラシが埋まっている。

「おはよう、馨くん。朝ごはんが出来ているよ。」

サイケデリックな彩りが、口から溢れ出す。

大きな手が東京タワーをプラモのように掴む、ヒグラシの顔も縦に伸びていく。

俺は犬を履いて高く積み上がるテーブルに着く。


 テーブルの上には七色のご飯が腐り落ちている、乾電池のソーセージと、ヒグラシの顔が目玉焼きになっている。

腐ったような緑色のベーコンと、毒々しい赤色の味噌汁が笑っている。

きっとこれは夢かもしれない、でも分からない。

顔のないヒグラシが俺を見つめている、金魚がフォークを持って窓を歩いていく。


俺は犬のように這いつくばり、トングを使って飯に食らいつく。

ヒグラシは天井に張り付いている、これはきっと夢だ。

それでも俺はドアの隙間に寝ているおっさんが笑う。

「今日の明後日は何があったっけ、仕事はこの間に明日やるつもりだったよな。」

支離滅裂な言葉が口から泥のように吐き出される、気持ち悪い。

夢が飽和する、大きな窓の上から誰かが覗いている。

口から犬が出てくる、蛙のように潰れたイチゴが俺を見ている。

泡立った紅茶をヒグラシは飲んで、俺は砂のようにコーヒーをベランダから投げ捨てた。

「なぁ、ヒグラシ。」

「どうしたんだい?馨君、浮かない顔をしているよ。」

「何かおかしいものがない?」

「何がおかしいんだい?また変な夢でも見ているの?」

「それも分からない、何度も何度も何度も同じことを繰り返してる気がする。」

「大丈夫だよ、何があっても僕が君を守るとも。」

黒い瞳が、俺に笑いかける。

異様なまでに深い黒さが、それでも俺を不安にさせていく。

外の景色では、ただただ植物が伸びていくようにビル軍が伸び続けていく。

テレビでは、お昼の番組をしているのかタレントが笑っている声が飽和していく。


 「なぁ、ヒグラシ………」

「どうしたんだい、馨君。」

あまり言いたくない言葉だけが、俺の中でぐるぐると巡る。

いつだったか前にこんなこともあった気がする。

「こんな事、前もなかった?」

「僕は知らないかな、馨君の夢の話かい?」

「きっとそうなんだろうか………」

「ふふ、馨君との話は聞いていて飽きないな。」

嬉しそうに笑う、テレビからタレントが消えている。

大きな人が、窓越しに覗き込んでいる、目が、見ている。

「………………」

思わず黙り込んでしまう、テーブルは水面のようにパチャパチャと溶けていく。

また気持ち悪くなっていく、これが本当に夢なら覚めて欲しい。

でもこれは変わらない、変えられない。

外が白くなる、音が消えていく。

それでも、それでもヒグラシは俺に話し掛けてくる。

頭の中がおかしくなりそうだった。

気づけば、俺はヒグラシを押し倒して首に手をかけている。

ヒグラシは俺に対して愛おしそうに見つめ、口を零す。


 ───息が詰まる、ヒグラシを殺して解決なんて出来るかと。

疑心暗鬼の心が、考えが、胸の内を埋めつくしていく。

どうにかして助かりたい、ヒグラシを求めてしまう。

「………………」

部屋が融解して行く、音がひとつ、また一つと消えていく。

紫の悪魔が俺達を見つめている。

ヒグラシに助けて欲しいのに、俺はまた縋るというのだろうか。

「………ヒグラシ。」

「なぁに?馨君。」

柔らかい黒髪が、青い光に染まる。

「助けてくれ、ヒグラシ。」

項垂れながら俺は呟く、ヒグラシの返答を待ってみても、無い。

俺がさっきまで相手していたヒグラシは居なかった。

あれ?ヒグラシって誰だ?そんなのいたっけ?

だめだ、違う、ヒグラシは、俺、は…………頭が痛い、上手く考えられない。

俺は割れそうになる頭を抱えながら蹲る。

何もかもが書き換えられてしまう、全てが夢の中のように飽和して行く。


 ─────そもそも、ここは夢なのだろうか?


「大丈夫だよ馨君、これは夢だよ。」

耳元でヒグラシが俺に囁いていく。

急に視界が、その思考が明瞭になっていくのを感じる。

白んでいく世界を感じ、俺はそのまま意識を手放す。

そんなことをしていくと、いつものように日差しを浴びて俺は身体を起こす。

朝の雀の鳴き声、ピンク色のエプロンを付けたヒグラシが俺に笑いかけている。

「おはよう馨君、寝癖凄いね。」

「…………なぁ、これはまだ夢か?」

「どうしたんだい?馨君、まだ寝惚けてるなら顔洗ったらどうかな。」

「夢かどうかだけ知りたい、言ってくれ。」

「………おはよう馨君、ここは現実だから大丈夫だよ。」

「ほら、朝ごはん冷めちゃうから早く。」

いつものようにニコニコと笑いかける、それに安堵した俺はいつものようにベッドから降りて洗面台へと向かう。

時々夢と現実が飽和する時がある。

それが本当に怖くてたまらない時がある、いつか本当に………

変なことを考えのはよそう、きっとそれがあった時には……俺は最早生きていないということには変わりないのだから。

そんなことを思いながら、俺は今日もヒグラシと共に朝食を食べる。

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