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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

狐憑き令嬢との婚約破棄による国家滅亡

作者: nullpovendman

グロめのバッドエンドです。ご注意ください

「アズ、お前との婚約を破棄する」


 リーン王子は、卒業パーティーで宣言した。

 翌日に結婚式を控えた、最悪のタイミングであった。


「前々から思っていたのだ。どうして俺が狐憑きと結婚しなければならないのかと」


 理由はそれだけではないだろう。

 リーン王子の隣には、暗い笑顔を浮かべた子爵令嬢ナイアが付き添っていた。


 人間しかいない王国で、狐耳を持って生まれる存在は、狐憑きと呼ばれて忌み嫌われてきた。

 リーン王子もまた例外ではない。


 ただ、長きにわたり親の仇のように嫌ってきた様子を見せているが、公爵令嬢アズとリーン王子の婚約期間は意外と短い。

 三か月強、もっと詳しく言えば百八日で、奇しくも王国にある街の数と同じであった。


 狐憑きの令嬢との政略結婚という醜聞をできるだけ短い期間でとどめるために、リーン自身が学園を卒業する三か月前に婚約を発表すると決めたのだ。


 三か月の間、王子の婚約者として動いたアズの公爵令嬢として所作は完璧であったし、どれだけ冷たくされようともリーンを愛する様子を見せていた。

 リーンさえアズの呪われた見た目を我慢すれば、未来が安泰であることはわかっていた。


 けれど、真実の愛を見つけてしまったリーン王子は、狐憑きの婚約者にとうとう我慢ができなくなり、婚約破棄を切り出した。



 リーンがふと来賓席を見ると、王は青い顔をして震えていた。

 廃嫡されてもかまわないと思っていたので想定内のことであったが、リーンは違和感を覚えて周りを見わたした。


 王だけではなかった。

 来賓席にいる貴族全員が同じように青い顔をしていた。

 それだけではなかった。

 卒業生も在校生も青白い顔をし、震えていた。

 失神している者さえいた。


 リーン自身を除けば、恐怖に打ち震えていない人間はナイアとアズだけであった。


「終わりだ……」「今日は何日目だ……?」「こんなことになるならもっと早くにわたしが……」「あハっははッはハはは」


 周囲のおかしさに気づいたリーンには、しかし、理由がわからなかった。

 ただ、本能が感じるまま、正常な様子を保っていたアズの赤い目を見つめた。


 アズは笑うと、リーンに手を向けた。


「賭けは私の勝ちですわ。リーン王子だけ現状を把握していないのはかわいそうですし、記憶を戻しましょう」


 リーンの頭から、黒い靄のようなものが出て、アズの手に吸い込まれていった。

 リーンは猛烈な頭痛に襲われた。

 すぐに何を引き起こしたのかを思い出し倒れそうになるも、何とか踏みとどまった。



 ******



 半年前に隣国で軍事大国でもある帝国が攻めてきた。

 王国が勝てないのは明らかであったため、王家は禁忌に頼った。


 邪神召喚である。


 何人もの命を吸った召喚陣から現れた少女は、とても邪神とは思えなかったが、人間とは別の存在であることは、狐耳が生えていることからわかった。


 兵士の一人が嘲るように近づいた。

「こんな少女が邪神とは思えんな。失敗じゃないのか? 槍で突いたら簡単に殺せそ……ジッ」


 狐耳の少女が手を向けた。

 その瞬間、闇が兵士を飲み込んだ。

 兵士がいた場所には、人型の影だけが残っていた。


 彼女こそが邪神であると、誰もが確信をした。


 少女はつまらなそうに手を下げ、王の方を見た。

「願いは隣国の崩壊ですね。本来はすぐに対価を要求するのですが、普通にもらってもつまらないですし、ここはひとつ賭けをしませんか?」


「何なりと」

 王は頭を下げた。


「王子を一人差し出しなさい。私と婚約し、決めた日付に結婚できるかどうかを賭けるのではどうでしょう」

「お言葉ですが、邪神様のさじ加減一つで決まってしまうのではないでしょうか。例えば『結婚できる』に賭けた場合、邪神様から婚約を破棄されては我々に勝つ術はありません」


 少女はしばし考えた様子でいたが、王の言葉に納得した様子で言葉を発した。


「では、私は一般的な公爵令嬢と同様の振舞いをし、婚約を破棄できるのは王子だけとしましょう。王子から私に関する記憶は消しますが、それ以外の王族や貴族の記憶は残します」

「なれば、結婚する方に賭けさせていただきます」


 邪神の決めたルールから、結婚する方に賭けろ、という暗黙的な圧を感じたものの、勝率がいい方に賭けたいのは変わらない。

 王は結婚する方に賭けた。


「賭けに勝てたら代償なし、負けたら……そうですね、婚約破棄するまでにかかった日にちの分だけ街を滅ぼします」

「残すのではなく? いえ、わかりました。その条件で構いません」

「でハ、契約成立といウことで。あがいて見せナさい」


 少女は人型をやめて異形となったのち、姿を消した。

 翌日には帝国が一夜にして崩壊したと、王家に報告があった。



 ******



 ある意味で生贄としてささげられたのが、リーンであったのだ。

 婚約破棄を宣言したのは結婚式の前日、婚約発表から百八日目であり、王都を含めて王国にあるすべての街の数と同じであった。

 賭けの中でも最悪の敗北である。


「王国では、狐憑きを嫌う風潮は確かにあった。だが、俺がここまで拒絶したのは、彼女が邪神だとどこかで覚えていたからか……?」


 リーンは腕に重さを感じ、隣に恋人がいることを思い出した。

 寄り添っている子爵令嬢、ナイアだけは恐怖を感じた様子がない。

 不気味に微笑んでいる女に、恋心は一瞬で冷めた。

 正体不明の存在に、邪神と同様の恐怖を感じたのだ。


 そもそも、リーンだけは記憶が奪われていたものの、王家だけではなく、貴族にも平民にも、邪神との賭けの詳細については共有がなされている。

 リーンも記憶が消される前には、そのことは認識していた。

 序盤ならともかく、ぎりぎりになって略奪愛を仕掛けるのは愚策であると誰もが気づいていたはずだった。


「ナイア、君は一体誰なんだ?」

「わたしはただの子爵令嬢です。実家が帝国の間者だっただけの」


 ナイアの帝国への忠誠心に、リーンは怖気(おぞけ)がとまらなかった。


「帝国を滅ぼされた腹いせのためだけに、王国を滅ぼすのか? 自らの破滅も顧みずに?」


 答える代わりに、ナイアはクスクスと笑い出した。


「ヒィッ!?」


 理解できないものは怖い。相手が人間であっても。

 リーンはナイアを突き飛ばし、アズに駆け寄った。

 ナイアは倒れてもなお、クスクスと笑っていた。


 リーンはアズの目の前で泣きながら地に伏して許しを請うた。

 とにかく、自分だけでも助かりたいと思ったのだ。


「まだ今日は半日あります! 王都の半分だけでも見逃してもらえないでしょうか!」


 王子としての威厳などはどこにもなかった。


 軍事大国であった帝国ですら一日と持たなかったのだ。

 王国が邪神に勝つ術はない。


「貴族だけ、いや、王族だけでも! 少しでもいい、助けて……」


 涙を流し、周囲の人間からどう思われるかも気にせず、ただ一心に願う。

 邪神アズは王子のあまりに人間らしく、愚かで、あさましい様子に心を奪われた。


「リィィン、あまりにも愛しい私の婚約者……! 愚かな人間ほど愛しいものはありませんね。カカカカッ」


 名前を呼ばれ、リーンはビクっとしたが、地に伏したままである。


「そこまで言うのなら、一人だけなら残してあげましょう。他は殺す。誰を残すか、リーンが決めて良いですよ」


 邪神がふと見せた優しさに、騒ぎ、わめきながらも行く末を気にしていた周囲の人間が反応した。

 一斉にリーンを取り囲む。


「ワシ、ワシじゃろ。国王なのじゃから」「母を選ぶわよね」「リーン、俺たち友達だろ?」

「俺を」「私を」「わたしを」「選べ」「選んで」「助けて」「選べ」


 煩わしそうにアズが群れる人間に手をかざすと、それぞれに闇が巻き付き、リーンからはがすように距離を遠ざけた。

 カツ、カツ、とヒールの音を立てて、アズはリーンに近づいていった。


「リーンは誰を選びますか?」

「お、お、」

「お?」

「俺を……」


 固定されて動けない周囲の人間から罵声が飛ぶ。


「貴様のせいだというのに、自分だけ逃げようとしやがって」

「最低! 一緒に死ね!」

「許さねえ、地獄であったら容赦しねぇぞ」


 アズはここ一番の笑顔を周囲に向けた。

「やはり人間はいいですね。愚かで、身勝手で、愛しい」


 アズが手をかざすと同時に、一人ずつ闇に飲み込まれていく。

 断末魔の叫びが、卒業パーティーの会場であることを思い出させるかのようにオーケストラを奏でていった。


「私は人間が大好きです。けれど、己可愛さにすべてを捨てる愚かなリーンが一番愛らしいです。婚約破棄などと悲しイことは言わず、私と番にナろうではあリませンか」


「は、はい」


 リーンは震えながら肯定の返事をした。

 とりあえず、一人だけ生存を保証されたのだ。

 この先どれだけの生き地獄が待つかはわからないが。


「色よい返事ですね。さて人間の体では私と番になるのは不都合がありマすから、少しいじってあげましょウ」

「ヒッ?」


 何十本もの黒い触手がリーンの体に巻き付き、肉を削ぎ、骨を砕いていく。


「あああアぁあ、があぁあああ」


 しばらくして、水晶玉ほどの肉塊だけが残った。

 脈動していることから、生きていることはわかるが、それが元人間であることに気づけるものはいないだろう。


「かわいらしい姿になりましたね。さあ、私たち(・・・)の家に向かいましょう」


 肉塊をつかんだアズは、指パッチンで配下の闇に命令を下したあと、姿を消した。

 国中に飛んでいった名状しがたい黒いものが王国を滅ぼすまでに、時間はかからなかった。



 帝国につづき、王国も地図から消えた世界では、今もときどき邪神が召喚される。

 中でも邪神アズは、愛しい夫と過ごす時間を一番に考えており、無茶な対価を要求しない、比較的マシな邪神として重宝されている。


 禁忌に手を出し、アズの姿を見た者はこう言うだろう。

 愛おしそうに肉塊をなでる邪神の姿はおぞましいが、どこか恋する乙女のようで、儚さを感じた、と。


 邪神アズは末永く愛しいリーンといつまでも、いつまでも、いつまでも、いつまでも、暮らしたという。


いつまでもしあわせ(物理)

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつまでもしあわせ……死合わせ…… な感じが良かったです!有難うございます!
[一言] ……これ、アズ目線で言うと「唾つけてた“愛らしい愚かな王子”のとこが邪神召喚したから、「これであの子が手に入る!!」と真っ先に(他の邪神様押しのけて)駆けつけただけじゃ…… だって、「王子…
[一言] …シテ、……コロシテ……。、
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