レーダー、小細工が当たるも仲間に責任を負わされる
「お前ら、何してたんだ」
夜明けとともに開けられた城門を出た直後に城門のそばで寝ていたレーダーたちを認めたヘクトは、こう尋ねるしかなかった。
山賊を襲撃した後、レーダーとケルムはミャスラフの城門前で立ち往生していた。
大抵の街は夜になると治安維持のために門を閉ざす。そして閉ざした門は夜明けまではたとえ門番の親であっても開けてはならない。況してや彼らのようなならず者──ギルドの構成員であっても──など通してもらえるわけがない。
どうしようもないので城門の前で彼らは寝ていたのである。どうせ商隊が出られるのは北門しかないのだから待っていれば必ず通る。南側のザヒール川に面する湊からも出られなくはないが、それを使うなら護衛は雇わない。
「お前らを待ってたんだよ。さて、依頼主に紹介してもらおうか」
「うーん」
ヘクトは渋る様子を見せたが、諦めたのかズングリムックリした四足の爬虫類に牽かれた荷車の幌を開けて人間を連れ出してきた。
「こいつが、さっき集まらなかった奴です。人間がレーダー、ゴブリンがケルム。実力は確かですが、勝手な奴らですよ」
「勝手とは言ってくれるじゃねえか」
「現に朝に来なかっただろうが」
「フン」
非難されたのが気に食わなかったのか、レーダーは鼻を鳴らした。
「確かに態度が悪いな。
まあ、私と荷物を守ってくれるならそれでいい」
商人は鷹揚に頷くと幌に戻っていった。
「よし、じゃあレーダーとケルムは角竜の横で先導しろ」
商人を見送ってから出されたヘクトの指示にケルムが異議を唱えた。
「レーダーを動物に近づけるのはやめとけ」
「なんでだ」
「なんでか知らねえけど、俺が動物に近づくとすっげえ嫌がるんだよ」
「その程度はよくある話だろ」
「いや、こいつのは異常なんだよ。こないだなんか触れてもない馬が暴れるし、番犬だって吠えもしないで逃げ出したんだぜ」
「大げさなことを言うなよ。ほら、行け」
彼は二人の話をまるっきり信じていない様子で、後ろに戻ろうとしたが、さらにケルムが追いすがる。
「待てって。見てみろよ。すれちがおうとする連中をよ」
言って、レーダーの向こうに居る荷車を指す。護衛らしき人夫たちが嫌がって歩かないロバや角竜の尻を押している。
「ホラ、あいつら、レーダーに近づきたくないんだ。動物は悪い人間を見分けられるからな」
「バカ抜かせ。俺より悪どいヤツでも馬乗り回すだろうが。コレは動物どもが悪い」
尻を無理やり押されてレーダーに近づくのを嫌がって立ち上がってしまい背中の荷物をひっくり返したロバを指差しながらレーダーが無茶なことを言うが、ケルムは無視してヘクトに告げる。
「ロバであのザマだぞ。角竜が暴れたらどうなるか」
「ううむ」
不服そうに唸るヘクトだったが、暴れだした角竜を無事に抑えられるわけもないので、諦めて後ろに居る者に声をかけた。
「アシン、オムン、前を頼んだ。ケルムとレーダーは俺と一緒に後ろに来い」
二人がヘクトについて車の後ろに回ると、見慣れないゴブリンが二人も混ざっていた。
「なんだこいつら」
レーダーが不躾な視線を向けると、背の低い方を庇うように杖を持った男が前に出てきた。
「それはこっちのセリフですよ」
「ボスロー、エルナ、あのゴブリンがケルムであっちの人間がレーダーだ。
杖を持ってるのがボスローで、頭巾を被ってるのがエルナだ。二人共魔術師だ」
会釈する二人を見て、レーダーが金の心配をする。
「またメンバーが増えたのか。金の配分はどうなる」
「二人は冒険者じゃない。客だ。ツァリトルで仕官するってんで便乗することになった」
「賊の首の金は?」
「そりゃ、戦えば分配されるさ」
「じゃあ追い返せ」
「彼らを連れて行くと決めたのは雇い主だ。文句を言うな」
「クソッ」
話を封殺されたレーダーは不満を露わにしながら荷車について歩く。
荷台に座るゴブリンを睨むが、エルナを守るようにボスローが彼の視線を塞いだ。
「なんだよ。取って食ったりなんかしねえよ」
「睨みながらそんな事言っても信用できねえよ。
済まねえな、この野郎、カネの事で頭が一杯なんだ。
まあ、大勢に見られてる中で大した理由もなくぶっ殺すような野郎ではないから、十分に気をつければ大丈夫だ」
隣を歩くケルムが口を挟むが、その言いぐさも碌なものではなかったし、とても安心できなかった。
逆に脅しのように感じられてしまったのか、彼らは常にレーダーを警戒して、夜もおちおち眠れない様子であった。
「悪いことしちまったかな」
ビクビクしてあまり眠れていない様子を横目につぶやくケルムだったが、彼も彼で薄情なのでさして気にせずに眠っていた。
二日目には彼らは明らかに寝不足な様子の二人を哀れに思ったケルムだったが、レーダーの方は
「寝不足で集中力が落ちて魔法が使えなくなるならイイことじゃねえか」
と、まるで気にもとめていない様子だった。
森も深まってきた中で二日目のキャンプに入っても、二人は警戒している様子だった。
しかし、レーダーの方も昨日と様子が違う。
みんなと一緒に焼いた肉を食っていたが、急にそれを置いて立ち上がると腰の左側に吊るした剣を抜いた。刃が焚き火の光を反射する。
「なんだ?」
唐突なレーダーの動きに、ヘクトたちが身構える。
それを後目に少し離れたヤブの中に投げ込んだ。
「ぎゃあ」
悲鳴とともに、肩に剣が突き刺さった男が転げ落ちてきた。弓と、放ちそこねた矢を握っている。
「賊だ!」
レーダーが声を張り上げる。
それとほぼ同時に、隠れていたらしい連中が飛び出してきた。
すぐさま人間の魔術師、アシンが魔法を唱える。
魔法の光球に照らし出された賊の中には、ケルムにも見覚えのある顔が混じっていた。先日、レーダーが襲った連中だ。
強制されていることを知っている彼からすると連中を殺すのは忍びなかったが、射掛けられているのに反撃しない訳にはいかない。
腰の矢筒から三本抜いて、そのうちの一本だけをつがえて、ぐいと張り詰めた弦を解放する。
びう、と音を立てて飛んだ矢はヤブから身をのぞかせていた男のすぐとなりの木に突き刺さった。
相手が隠れる前に二の矢を放つ。
今度は喉を貫いた。
男は悲鳴もなく崩れ落ちる。
「よし」
戦果を確認すると、次の標的に視線を向ける。木の陰の向こうに、まだまだ人影があるのが見えた。
「なんか多くないか」
標的が木々の間を走るせいで、うまい具合に射線が通らないので矢を放てないでいた。
そして、落ち着いて狙えない理由もあった。
まだらに飛来する矢。火がついているものもあり、無視するわけにもいかない。
射返そうにも、どうも向こうはきちんと狙うつもりはないらしく、木陰からは弓しかのぞかせていない。
「あっ、火を消せ!」
火矢から荷車の幌に燃え移ったのを見たオムンが声を上げた。
ケルムがそちらに目を向けたときには、すでに荷台に居たゴブリンが魔法を唱えて消してしまっていた。
「いいぞ、ボスロー」
荷物の焼失の危険がなくなったことで安心したケルムは火を消した魔術師に声をかける。
褒められた彼は、自信を抱いた様子で頷いた。
だが、そのせいで彼は目立ってしまった。
荷台に乗っていたのも良くなかった。
何本もの矢が飛んでくる。
「アッ」
ケルムにも警告の声を上げる程度しかできなかった。
「危ない!」
そんなボスローを救ったのは、すぐ隣りにいた彼の恋人だった。
小さい背中に、矢が刺さる。
「エルナ!」
「クソッ!」
ケルムは敵に牽制射を放つと、地面に落ちた敵の矢の中で折れていないものを補充として何本か拾い上げた。
転げ落ちた死体に刺さった剣を拾いに行こうとしたレーダーの目の前に、手斧を持った男が飛び出してきた。
「剣など拾わせるものか」
言って、レーダーに踊りかかる。遅れて二人の男が続く。
「アホめ」
一対三の状況だったが、レーダーは不敵に笑って腰の右側に手を伸ばした。
両者の間合いが詰まる。
ズワと音を立てて刃が走る。
鮮血。
「もう一本持ってんだよ。よく見とけ」
「そっちでも抜き打ちできるとは……」
手斧が落ちる。
「ウウッ」
たじろぐ後続を睨みつけながら、レーダーが怒鳴る。
「一人も逃がすな。皆殺しだ!」
そして飛び込む。
不用意に近づきすぎた彼らは一瞬で惨殺されてしまった。
「ちょろいもんだぜ」
手近な敵を殺した彼は、最初の死体から剣を回収すると次の標的を探しにかかった。
背後から飛来した矢を剣で弾いて、振り返る。
射手と目があった。
驚きの表情を浮かべている。
対してレーダーは、ニタリと笑みを浮かべて駆け出した。
ヤブを突っ切って、一気に距離を詰める。
それが罠だった。
射手を間合いにとらえる寸前のところで、左右から剣を持った男が飛び出してきた。
伏兵だ。
だが、その程度ではレーダーの動きはとめられなかった。
別方向からほぼ同時に迫ってきた刃を二本の剣で打ち落として、二人の間を駆け抜ける。
短剣を構えようとしていた射手の男の喉を貫く。ゆっくりと抜くと、剣にベットリと血液が付いている。
背後には、先程やり過ごした剣士たちが近づいてきていた。
それに対してレーダーは剣に付着していた血を振り飛ばすことで目潰し代わりにして構えを整えた。
「よう、ノクヴァス」
待ち伏せしていた男の片方は、レーダーも知っている顔だ。
「お前、俺たちが襲ったほうが儲かるんじゃなかったのか!?」
眼の前で仲間が殺された衝撃に怯えた様子で責め立てる。
だが、レーダーはニタリと笑って答えた。
「襲撃者を殺せばボーナスが出るんでな」
「つまり、最初から俺たちを殺すつもりで……ッ!?」
「そうさ。だから俺の金のために死ねッ!」
踏み込みながら剣を振り上げたレーダーの前に、もう一人の男が飛び込んできた。
「お前の私欲のために親父は!」
あまりにも防御を捨てた渾身の突きに、思わずレーダーも距離を取る。
「なんだお前」
見覚えのない顔だ。
「お前がこないだ殺した男の息子だ。仇を討ちたいと言うんで連れてきた。俺だって同じ気持ちだ」
「あー、つまり俺を殺しに来たわけか」
納得したレーダーは少年との距離を詰めた。
「な、何だッ!」
強がって声を荒げる少年を、歯牙にもかけず、
首を落とした。
なんのこともない。少年の復讐はここで終わった。
「なっ、お前、年端もいかない子供を!」
レーダーの想像以上に驚いた様子のノクヴァスに、彼は平然と返した。
「仇討ちするんだろ?
俺だって人並みには殺されたくないんだよ。
だから殺られる前に殺った。それだけだ」
「なんて、なんて男だ……」
歯を食いしばりながら、ノクヴァスが剣を握り直す。
レーダーを、にらみつける。
力が入りすぎている。だからレーダーは厭らしい笑みを浮かべて相手を苛立たせることにした。
にらみあうこと数秒、ノクヴァスの背後から声がした。
「おーい、レーダー。こっちは片付いたぞ」
ケルムだ。かなり不用心にこっちに近づいている。
「クソッ、俺の負けだ。
だが、タダでは負けんぞ!」
そう宣言して、彼は声のする方に駆け出した。
「あっ」
想定していなかった動きに、レーダーも反応が遅れてしまった。
ノクヴァスは武器を投げ捨てて大声で叫ぶ。
「降伏する!捕縛してくれ!」
「よっしゃ!武器を捨てろ」
ケルムが能天気に応じる。
彼は何も持たない手を広げて掲げながらケルムに近づいていった。
剣を投げて殺そうにも、降伏を味方に告げられ、彼らに無防備な姿を晒している以上、強行すれば怪しまれる。
仕方なく、レーダーも剣をしまって隊商に戻る。
森の中の道には、そこら中に矢やら剣やら、血みどろの死体やらが転がっている。
その中に、一人のゴブリンが居た。
動かぬ、もう一人のゴブリンにすがりついて泣いている。
「なんで、なんで死んだんだ!」
悲嘆の声を聞きながら、ケルムはレーダーに目を向けた。
思い返してみれば、そもそもこの男のせいだ。
だが、この連中は知らない。
だから彼、ボスローが責めるのは捕らえた男だ。
「どうして殺した!
エルナは戦ってないんだぞ!」
責めたボスローがノクヴァスの謝罪を求めていたのかどうか解らなかったが、当の襲撃者の反応は彼の怒りを煽るものであった。
「流れ弾まで責任を取れるか」
「殺してやる!」
いきり立つボスローをドライアドの剣士が左右から抑えが、男は更に続けて口を開く。
「そもそも俺たちは……」
ズダン
鈍い斬撃音。
ノクヴァスの頭が落ちる。
落下しながら、”こいつに”とその唇が動いたように、ケルムには見えた。
全員が呆気に取られていた。
正確にはレーダーを除いた全員だ。
「うわぁぁ!」
レーダーの行動に取り押さえる手が緩んだらしいボスローがナイフを抜いて死体に襲いかかる。
狂ったように滅多刺しにしている。
「どうして殺した」
「彼は降伏したのに」
アシンとテレべが声を上げるが、レーダーはうるさそうに眉をしかめるだけだ。
「あの言いざまを見たろ。
ありゃ悪いことをしたと思ってねえ。だからまたやるぞ」
遺体損壊を続けるボスローを見て皆が黙るが、ケルムだけは彼の言葉を嘘だと理解していた。
口止めだ。レーダーに脅されたという証言をさせないために殺してしまったのだ。
あくどい。
とは思うが、ケルム自身も脅しには関わっているので、彼が死んだ事で安心しているのも事実だった。
俺もあくどいか。
野盗の死体が自然にゾンビ化やら悪霊化やらしたりしないように埋葬した商隊は、ボスローがゴネたために彼の恋人の遺体を荷車に乗せて再びツァリトルに向けて進みだした。
神官のテレべが居なければ、荷台に死体を山積みにするか、帰りにアンデットの襲撃に怯えるかのどちらかを選択しなければいけないところだった。
一度襲撃があったせいか、ヘクトたちは強く警戒していたが、結局のところこの後は何事も無くツァリトルまでたどり着いた。
だが、そこで問題が起きた。
「死体の持ち込みは認められない」
ボスローの恋人の遺体が問題だった。
「俺は領主に仕えるんだぞ!
家来の家族の葬儀のために城内に運ぶくらい認めてもいいだろう!」
「駄目だ。領主の定めた法である」
「くそ、なら領主に談判してやる」
「好きにしろ。だが、命令が出るまで死体を通すわけにはいかん」
と、いった具合である。
ボスローが領主に直談判するのは別に問題ない。
だが、その談判まで遺体をどうするかが問題だった。
死体の髪からかつらを作ったりするような連中からエルナを守る必要があった。もちろん、腐敗からも。
そこで声をかけたのはケルムだった。
「俺たちで守っておこうか?」
「頼めるか。あまり払える金はないんだが」
「いいよ。宿代くらいで」
罪悪感もあってかかなり弱気な態度であったが、レーダーの方は人の心がないのか、ふっかけていく。
「バカ言うんじゃねえ。仕官するってんなら禄が出るだろうが。前借りでもなんでもして払いやがれ」
本当に強欲な男である。
ケルム以外の冒険者たちも眼の前で恋人を喪った男に対して同情的で、金をせしめようするレーダーに冷たい目を向けているが、彼はそのような事を意に介する様子がない。
「俺はサリスに払う金を持って競馬の日までに帰らないといけないんだ。ここで何日も潰れちまったら間に合わないだろうが。絶対に嫌だ」
「おいレーダー。俺は出発前夜に城外で何をしていたかぶち撒けてもいいんだぞ」
「脅しか」
他の連中に漏れないようにささやいたケルムをレーダーが睨みつけるが、ケルムも怯まない。
「お前が金のためにしたことが彼女を死なせたんだ。責任を感じろとは言わないが、絶対に”勝ち逃げ”はさせんぞ」
「お前は責任を感じてるのか。生真面目なことだ」
ケルムをあざ笑うように鼻を鳴らす。
「何とでも言え。俺の心の安寧のためなら、断罪されることも厭わんぞ」
一切退かないケルムの剣幕に、レーダーも妥協した。
流石に、襲撃を唆したことがバレれば罪に問われるし、この人数相手に無事でいられる自信も彼にはなかった。
「判ったよ。俺の負けだ。
だが、いくらなんでもタダでとは言えん」
ボスローに指を向けて言い放つ。
「五千ミールだ。出世払いでいい。何ヶ月かしたら取り立てに来るからな。覚えておけよ」
とんでもなく欲深いやつだ。みんな、そんな目でレーダーを見ていた。
結局、二日後に話がついて、葬儀と埋葬が行われた。
ミャスラフに戻ったレーダーは、競馬に大負けしたサリスに八つ当たりされた。
「あんたが金をもってきたら最後のレースで負け分は取り返せたのに!」
絶対に取り返せないやつの言い分じゃねえか。ケルムはそう思ったが、更にヒートアップされても困るので黙っておくことにした。