5話 死の輪舞
大分遅くなってますけど、別に連載を完全にやめていたわけではありません。ただ最近面白い映画などを見なかったのでモチベーションが…。
スパルタの武術は決まった形を殆ど持ってない。ファランクスがあるので槍と盾の扱い以外はすべて自己流である。
裸で関節技を決めるのをパンクラチオンと呼んではいるが。ただこの時代のパンクラチオンがそういうものなのか、それとも裸でぶつかり合うと自然とパンクラチオンになるのか。
ただスパルタでは男女でもパンクラチオンを競う時がたまにあるので、非常に困るのである。
他の男連中とやってる時は出来るだけ短期間で終わらすようにしているが。
正式にやろうとするならオイルを体に塗るので、滑りやすさを握力で踏ん張るということをしないと行けず。
なぜ関節技がメインなのかと言うと、相手の鎧がどこを補強しているのか一目でわからない時が多いからだ。
ヘルムを被ってる相手を拳で殴ったところで大したダメージにはならないだろう。
腹を殴っても服の下に鎧でも着ていたらどうなる。
それなら最初から関節技を極めた方がいいと言うことで。
日本の戦国時代には打撃技より関節技や投げ技を極めていたのと同じ。
しかしここは日本と違って敵兵が上半身に服を着てない場合もあるので、服を掴んで投げるなんてことも極める必要性すらも感じないという…。
ただパンクラチオンが軍用武術から始まってそうなったのか、それとも最初から何らかの意図があってそのように作られたのかは知らないが。
とにかくあまりしたくないのが本音である。
義務みたいに毎日練習時間があるのでやってはいるが…。
だから決まった練習時間以外は武器を使っての修練を重点的にしている。
ボクシング自体は訓練のカリキュラムに入ってはいるが、これは軍用と言うより反射神経と足運びの感覚を鍛えるための目的が強い。実際にファランクスを組んだ状態で武器が使えなくなった時には使えると思うが…。
ここ最近の悩みはと言うと、形を持たないのが当たり前と言う考えから、剣術を普及しようとしてもうまくいかないこと。
スパルタだけではなく、古代世界は武術に何かしらのを求めるより状況に合わせて使うという考え方が一般的な気がする。
捕まった戦争奴隷の奴らからいくつか面白い技を見せてもらったが。斧術とか。
斧の先で剣を引っかけ武装解除を強いるのは中々興味深かった。ただ戦場での斧は、どこぞのヴァイキングや巻き割りの時みたいに自分と近い方を握るようなことはせず、刃のついている部分の近くを握るのである。
つまり剣より短い。長くても、握った途端短くなるのである。そんなどこぞの狂戦士みたいに斧を振り回すなんて出来ないという。
だから中世になるとハルバードに発展するようになったのかと。
ハルバード自体、中世と言うよりルネサンス時代の武器と言う印象だが。
スパルタは軍人は必ず槍と剣を装備する。
一般的に剣は突きのためにあるという考え方だが。
なぜって、モーションからダメージが入るまでの時間が極めて短いから。
槍がなぜ強いかって、腕を突き出す動作は、力の入る具合はともかく、戦場で感じるのはまさに刹那である。ナイフが暗殺道具として使われやすいのもそのためだろう、袖の下に隠して近づいて、急所を刺すのは一瞬だから。
それに比べて斬撃は加速する時間が必要である。
腕を振り上げてから降ろすのは、最初から引き締めた状態から解き放つだけで繰り出される突きに比べるとだいぶ遅いと感じる。
ただこれも反復練習でどうにかなる。
俺は別に前世で剣道などの武術を本格的に学んだわけではないが、動画はたくさん見ていた。暇だったので。
武術の神髄はともかく繰り返すことにあると思う。スパーリングは体が覚えてからでいい。
やりすぎなくらいやっても、決してやりすぎとなるということにはならない。
気が狂うほど繰り返していれば、いずれ心より早く体が反応するようになる。
達人とはそういうものだろう。さすがに脳筋過ぎる考え方かもしれないが。
そしてそれを受け入れさせること自体は出来ていた。
問題はそれ以上進まないこと。特定の武器と向かい合った時の対応が定まらない。そもそもこの時代の鉄は斬撃に向いてないこともあるが。
と言うわけでやってきました、タラント。
前回、ナクソス攻略に初めて実戦投入された日本刀もどきだが、いくつか弱点があった。
第一にスパルタの戦士が振るう時の筋力に耐えられず、後で確認してたら少し曲がっていた時があった。
次に細すぎることからか、ぶつかった時に踏ん張りが効かない。じゃあどうしたのかと言うと、蹴り飛ばしていたんだと。まあ、そこはスパルタしている気がする。
蹴り技なんて学ばないが、ギリシャは山岳地帯で、山の走り込みなどをする時や行軍訓練をする時に自然と足腰は鍛えられる。
とまれ日本刀のような硬さも、ロングソードのようなしなやかさも足りない。
やはり一朝一夕ではできないと言うことなのだろう。
最後に、もうこれは仕方ないことかもしれないが、刃こぼれしやすいのである。
鍛造技術なんてからっきしなんだが。と言っても俺だっていくつか聞き覚えのある技術はある。
たたら製鉄やら玉鋼やら、長年をかけて熟達する職人技の極致と言えるものを完全に再現するのは至難の業だろうが。
そんな超絶技巧をこの時代に要求するのは酷ではないかと。そんなに詳しいわけでもない。だからそれらの技術に関してはアイデアだけ提供することにして。
まあ、自分で考えたなんて職人でもないので説得力がないはずなので。
俺はもう国の中では変わり者扱いされているけど、一応部隊長を務める立場でもあるので単独で植民地で視察に行ってあれやこれを頼める立場ではある。
そもそも貴族でもあるが。誰も気にしちゃいないが。俺も時々自分が貴族である事実を忘れるが。
スパルタの身分制度が可笑しくなるのはいつのころか。元老院とやらが何もかも決めるようになってからか。
まあ、普通に占いはするが。神官が万事に介入しているところも、やはりここは古代なのかと。
ちなみに占いは良く当たるのである。別に馬鹿げた迷信と信じ込むのが出来ない。
意味が分からない。なぜ当たるのか。怪しいキノコとか食べてるんだよな。それ食ったら死ぬだろう、みたいな派手な色のキノコを。ただラリってるだけだろう。
そんなくだらないことを考えるのはさておき、タラントの職人たちを集めて話をする。
「異国の商人から聞いた話だ。純度の高い鉄を作るためには、鉄塊を一度熱くしてから叩いて不純物を取り除くのが大事なんだと。」
真剣に聞いている職人たち。
俺はそれから積層鍛造と言われる技法、現代のダマスカス鋼の製造技術を教えることにした。
人が手作業でするのは大変だと思うが。
分厚い鉄塊を重ねて薄く伸ばし、また重ねて伸ばす。
難しいかもしれないと思ったが、職人たちは新しい製造方法を知ったからかやる気に満ちていた。
そしてこの時の俺はまだ知らない。
後にギリシャ鉄と言うダマスカス鋼と玉鋼に匹敵する鉄がタラントから生まれるのを…。後でローマとの大戦でタラントをめぐって熾烈な戦いが繰り広げられるのを…。
まあそんなフラグを立てたところで、次は剣術である。
示現流もどきでも十分強いとは思うが、戦場で扱うのが前提な以上、個人ではなく陣形組んで迫ってくるを相手にするにはまだ心許ないのである。
槍衾を相手にするようなものではないという話だが。それは違う。
それはスパルタ人の身体能力を甘く見ているだろう。
ファランクスと正面からぶつかっても突破できるほど強くないと意味がない。
ここではまだ未来の話だが、ペルシア戦争の時、槍を壊される戦法を試したペルシア側は、スパルタ人が壊れた槍の代わりに剣を使って相手を幾度も敗走させている。
それがスパルタクオリティ。
ただまあ、別にスパルタ人は世界のどの軍隊より強いのかと言うと、それは分からないが。
戦士文化が発達したところはどこでも強いだろう、ヴァイキングしかり鎌倉武士しかり。
要は人生においてどれだけの時間を訓練に費やすかである。
それと訓練強度。
例えるなら全員がプロの総合格闘技選手並みの訓練をしているようなものである。体格もそこそこ大きい。比較対象の蛮族、“レウフコス(黄色いの)”と比較しても特に劣るようなことはない。
黄色いのと言うのは金髪のことである。殆どの奴隷はレウフコス。
こいつらを現代の白人と同じだと思うのは少し無理がある気が…。
普通に強いのはともかく、レウフコスは第一規律がない。
そして文字を使わない。部族の集まりだからか。
見た目は普通に美形の白人なんだが、漂う情緒は異世界ファンタジーで言うオークと大差ない。
部族によって差はあると思うが、大抵は途轍もなく残虐である。
捕虜になったら生きたまま皮を剝がされるとか。こっちが必死になるのも仕方ないというもの。
政府がないからか。なぜそんなに残虐なんだ。
殺しても捕まって奴隷にしても無限にわいてくるのである。
ロシアあたりからリポップするのだろう、きっと。
ロシアの白人系民族はスカンジナビア半島の東側から南下してできたものだと記憶しているので、多分こいつらとも違う。
じゃあどこが起源なんだ。
ギリシャの北方はルーマニアとかハンガリーとかだろう。そっちから来てるのか。
話が通じる連中も少なくないので交易もしているけど、イオニア人の連中とかは。こっちはそんなに交易をしてもうまみはない。鉄とか売ってるが、イタリア半島にも多くあるので。
そもそも何民族なのかもわからないんだよな。
やけに金髪が多いのでレウフコスと呼んでいるだけ。
今日もまたレウフコスが侵略してくる。
脚力を活かした踏み込み、一人切り捨てる。
日本の剣術とは少し違うかもしれない。踏み込みの瞬間、若干ジャンプをしているので。曲線を描くのである。
これに落ち着いたのは、せっかくだからとスパルタ人の脚力を活かそうと思ったから。つまりジャンプする示現流…。動画のコメント欄で詳しい人が書いたものを読んだ気もする。直接見たことはないが、その突破力は推して知るべし。
ダメだ、俺でも俺たちのような剣士部隊が相手じゃ、どうやって勝てばいいのかビジョンが浮かばない…。
弓を使う軽装騎兵とかなら、まあ…。
その時のために弓の訓練でも…。
ファランクス陣形の弱点と言うか、仕方ないことだけど、側面が弱い。後方は言うまでもないが、そもそも後ろを取られるものならそれこそ始まる前から負けてると言うことで。
今回のレウフコスは一際規模が大きく、正面にファランクスがいて、俺たちは彼らがファランクスとぶつかる時点で隣から奇襲をかけた。
ファランクスが圧力をかける間に側面から切り込むと。
ギリシャの重装歩兵に新たな戦術が誕生した瞬間である。
握りしめた剣からは血が滴り落ちる。
疲れない腕、疲れない肩、疲れない足。致命的なまでの曲線を描いて喉に迫り、首を切り落とす。
積層鍛造で作られた剣は思ったより硬く、鋭かった。
首はそこまで頑丈な部位ではない。骨に当たらなければ、一瞬で通り過ぎる。
痛みは最小限に。
こっちは捕まったからと拷問はしない。
奴隷にはするが、反抗的じゃなければ別に進んでむち打ちをするわけでもない。
蛮族に対してのせめてものの情けだ。別にそう生まれたくて生まれたわけじゃないだろう。
武力とは、本質的に相手に自分の理屈を通すためにあるものである。
その重さを知っているが故、使う時にはためらわず、酔いしれることもしない。
槍と違って剣は軽く、動作を連携しやすい。槍は一度突きを繰り出したら腕をまた引き締めるまでのタイムラグがある。
それに比べ剣は最後まで振り下ろしてもそのまま切り上げることが可能である。
このために形が必要だったんだ。振り下ろしからの切り上げ、そして踏み込み。
古代に剣術はどの地方でもそれほど発展してないと思われる。
槍に比べて実用性に乏しいこともさながら、突きに特化したらただの短い槍かこん棒でしかないから。
だが、剣は中世に入った途端、古今東西から広く使われるようになった。それはなぜか。
動作の合間に隙が少ないから。
軽さゆえに動作もその分素早く行われる。
振り下ろしたら切り上げ、斬り上げたらまた振り下ろし。
体ごと回転し、隙をついて素早く急所を狙い斬る。
赤いマントと共に剣が舞う。
ただの力任せではない。
技巧と肉体の両方が合わさり繰り出す輪舞。
しかしこれは予期されたものだったか。
強さはまた強さを引き付ける。頑丈な城壁はいずれ必ず攻略される。それと同じく、スパルタが強くなったことで、ヘレニア連邦もまた違う動きを見せていた。
具体的には、そう。
スパルタを筆頭に、北方遠征に出向くべきではないかと言う話が出てきたのである。
それは歴史が動き出す瞬間。
一人のイレギュラーが世界史を大きく動かした瞬間でもあったのである。