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永遠の旅人  作者: すばる
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閑話 エンリ

父さんが亡くなった。

全身が枯れ木の様になり最後は魔石だけ残して崩れ去った。

半年前亡くなった母さんも同じだったから覚悟はしていた。

この病は発症して半年程で全身が枯れ木の様に硬直して動けなくなり、最後の数週間は意識もなく死んでゆく。


両親は元々この国の人間では無く、旅の途中でこの村に来てそのまま定住したのだと言う。

魔物が魔の森から溢れて大挙してこの辺り一帯を襲ってきた時に偶々居合わせて魔物退治に貢献して、この村に住む事を領主様に許されたんだとか。


村の端に家を建て、狩りで稼ぎながら暮らしていた。

俺が生まれると母さんが狩りに出る事は少なくなったが、年に何度か、俺を近所のおばさんに預けて父さんと二人で出かけて行った。

数日不在の後は、大物の獲物を持ち帰って来たから、魔の森に狩りに行ってたんだと思う。


家にいる時、両親は色んな話をしてくれた。

旅の途中の冒険談や風景、国や領の成り立ち、お伽話や神話。

神話の書かれた本を母は一冊持っていて、それを使って読み書きを教えてもらった。

本がとても高価な物で、そこらの平民の持ち物ではありえないと知ったのは大分大きくなってからだった。

俺に読み聞かせをする母さんの横で、父さんは静かに道具の手入れをする。

それが当たり前の日常だった。


6才になって見習いとして狩りに行く様になると母さんも一緒に行く様になった。

二人から罠の仕掛け方、魔物の倒し方、狩りの基礎から応用編まで様々な事を教わった。

両親との狩りは楽しいものだったが、俺は成人したらこの村を出たいと思っていた。

王都には平民が行ける学校があって、そこを出れば役人になれる。

国の仕組みを変えたり、暮らしを楽にするための何かをできるようになりたい。

両親から聞いた沢山の話しの中で、俺が心惹かれたのは、冒険談より身分制度の中で奮闘する人々の逸話だった。

両親は揃って苦笑して何か目で話していたが、俺の夢を嗤う事はなかった。

それからは二人からそれまでとは比べ物にならない程厳しい教育を受けた。

知っていて損は無いからと、食事のマナーや身分が上の人への言葉遣い、立ち居振る舞い。

およそ村の生活で必要の無い、なんでそんな事知ってるのさって事まで。

尋ねても教えてはくれなかったが。


ニケが生まれ、シグが生まれた。

俺は見習いが取れ、狩人として稼ぎながら勉強も続けていた。

成人までにお金を貯めて王都に行くと決めていた。

両親も俺と一緒に王都に引っ越すと言ったのには驚いた。

「エンリ。貴方は私達の大切な子供よ。家族がバラバラになるほど悲しい事はないの。私達はもう二度と家族の手を離したりしない。」

母さんはそう言って俺を抱きしめた。

途方に暮れて父さんを見ると、ニケとシグを二人まとめて右手に抱えた父さんは左手で俺を母毎抱きしめて言った。

「諦めろ。王都には全員で行く。」


成人まで後半年。

そろそろお金も溜まり、具体的に引っ越しの段取りを話し合い始めた頃、母さんが病に倒れた。

夜中に両親が何か話し合いしているのには気付いていた。

ある日父さんから母の枕元に呼ばれた。

「王都の知り合いに宛てたものだ。これを持って王都に行け。」

父さんから手紙と金の入った袋を渡された。

「え?」

「母さんは旅の出来る状態じゃない。お前は一人で王都に行くんだ。」

母さんはギュッと目を閉じ唇を噛み締めている。

「お前はお前の夢を諦めるな。」


正直、迷わなかったというと嘘になる。

幼い頃からの夢。

その為に努力してきた。

母の言葉。父の言葉。弟達のこと。


「ちょっと、エンリ。お前んとこどうなってるの?」

幼なじみのガビが心配顔で聞いてきたのは合同で行った狩りの帰り。

「え?何が?」

考え事してたのでなんの話しかわからない。

「ニケとシグを家で預かるって話。」

「えっ⁈」

「この前おじさんが来て頼んでたよ?知らないの?」

晴天の霹靂っていうのはこの事だ。

数日前、父さんは村長の家を尋ねてニケとシグを成人まで預かって欲しいと頼んだらしい。養育の費用は出すからと。

そんな事一言も聞いてない。

大急ぎで家に戻った。


「父さんっ!どういう事⁈」

裏庭で作業をしていた父さんを問い詰める。

問い詰めるとしかめっ面をして、黙って靴を脱ぎ足先を晒す。

父さんの足の指が一部枯れ木みたいになっていた。

母さんと同じ病気。


「母さんには言うな。お前が王都に行った後、ニケとシグが一人前になるまで面倒を見てくれる人が必要だ。村長には事情を話してある。大丈夫だ。村長やこの村の人達は信頼できる。お前こそ何グズグズしてる。腹括って前向いて行け。」


それから数日後、母さんは意識がなくなり、二週間後に亡くなった。


結局、俺は王都には行かなかった。

二度と家族の手を離したりしないと言った母さんの言葉は俺の中で消える事が無かったから。

父さんは起き上がれなくなってからも時々何か言いたげに俺を見ていた。

結局何も言わずに母さんの死から半年後、父さんが死んだ。


父さんの魔石は母さんと同じ場所に埋めて、二人が共に好きだったパオの実をつける木の苗を植えた。

数年後大きく育った木は初めてパオの実をつけ、それからは毎年採れる実の数は増えて行った。


両親の死後、狩人として働きながら弟達を育てた。

村の人達はなにかと気にかけてくれて、手助けもしてくれたが、成人したばかりの俺は余裕も無く必死で毎日を過ごした。

そんな中、両親がしてくれた様には出来ないが読み書きだけは二人に教えた。

母さんの本はボロボロになってしまったが、二人ともなんとかそれなりに読み書き出来る様になった。

王都に行くために貯めたお金は、長い年月の間に生活費の不足分を賄う為に少しずつ減ってやがて使い果たした。

その頃には狩りの収入で十分生活を賄える様になっていた。


村長の娘のマリがとなりの村に嫁に行った。

ガビの妹で良くニケやシグの相手をしたり手伝いをしてくれた娘だ。

なんだかポッカリ穴が空いた気がした。


ニケが成人し、来年はシグが成人する。

そんな頃右足の先に違和感を感じる様になった。


両親と同じ病だとすぐにわかった。

半年。

多分、そのくらいで俺は死ぬ。

不思議とそれほど動じる事は無かった。

弟達は大丈夫だ。

一人前に狩人としてやっていける。

狩人が嫌なら町に出て働く事も出来る。読み書きが出来るから働き場所は探せばあるだろう。


母さんが離さないと言った家族を俺は護る事が出来たかな。

幼い頃思い描いた夢は叶わなかったけど、家族を護る役割は果たせたよね。


俺の魔石はパオの木の下に埋めてもらおう。

あそこからは村が一望出来る。

父さんと母さんと一緒に、ニケとシグを見守っていくんだ。





そんな事を思った時もありました。


王都に向かう車の中で感慨深く物思いにふける。


不思議な薬師様に助けられて40年以上が過ぎた。


魔道具の店を開いて数年後、店はいくつかの町に支店を構えるまでになった。

その頃、シグは腕を磨きたいとギュンダルに修行に行った。

まさか嫁さん連れて帰って来るとはね。

帰ってきたシグは嫁さんと2人で魔石で動かす車を開発して特許を取った。

これが貴族様や富裕層の平民に売れに売れた。

今ではどんな小さな集落でも一台位は車があるまでに普及している。

その後も幾つものヒット商品を生み出した。


ニケは狩人をやめ、売り場の責任者になった。

外交的で明るいあいつは人の懐に入るのが上手い。

何人もの大口の顧客を抱え毎年膨大な売り上げを上げてきた。

去年孫が生まれてからは、まわりが引くほどメロメロなバカジジイにしか見えないが。


店がリリエンブルク有数の商会にまでなったのは弟達の頑張りだ。


俺は俺で弟達の頑張りを無為にしないように店を守ってきた。

人の暮らしを豊かにしたい。

その夢は、学校にも行かず、役人にもならなかったが、形は違うが叶える事が出来たと思う。


今王都に向かっているのは、新しく王都に店を出す為だ。

王族や他領の貴族が領主様に出店を強く要望したとかで、うちの商品を王都で直接売る事になった。

これまでは領主会議で決められた分だけ他領と取引していたが、これからはある程度自由裁量で取引出来る。


次の世代も十分育って立派にやっているから、そろそろ引退を考えていた。

これから先は子供達が頑張るだろう。

王都に行く。

最後に残ったその夢がもうじき叶う。

なんて人生だ。


薬師様への入金は今も続けている。

ギルドの話しだと一度も引き出された事がないそうだ。

薬師様とのたった一つの繋がり。

ギルドの口座はギルドカードの持ち主が退会したり死んだ時は解約になる。

口座が生きているから薬師様も何処かでお元気で暮らしている。


不思議な薬師様。

治るはずの無い病をあっという間に治してくれた。

体質改善が必要よ!と弟達含めて魔素の操り方を教えてくれた。

そんな事を出来る人は他にいない。

世間知らずで、非常識で、とんでも無い魔法を当たり前のように使って。

貴重な魔石を「使い道の無いクズだからジャンジャン使っていいよー。頑張って練習しなよ〜」と積み上げられた時には失神しそうになった。

「幸せになるように」とメッセージ付きで守護石がはまった指輪が三つ家に残されていた。

それから指輪を外した事はない。


辛い事もあった。苦しい事も、怒りに打ち震えた時もあった。

それでも、いつも指輪に勇気づけられてきた。

いつか薬師様に再会した時に応えられる様に。

「幸せです」と胸を張って報告出来る様に。

「良かったね〜」

フニャっと笑ってそう言われたい。


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