王都へ
連泊していた宿を引き払い、領都を後にする。
領都を徒歩で出てしばらく街道を進み、人目が無くなった辺りで街道を逸れて辺りに広がる草原に分け入る。探索をかけて誰もいないことを確認してから森の拠点に転移した。
拠点でのルーティンを一通り行い、まったりとお風呂に浸かる。
リリエンブルクから王都に行くにはアルトハイドとルクセンドという二つの領地を抜けていくのが最短だ。
領主の執務室にあったこの王国の地図をコピーしたものを眺めながら旅程を考える。
今ひとつ信頼性に欠ける地図だから転移は使えない。
転移するには転移先の正確な位置情報が必要だから。
領主の館にある転移陣を模倣すればいけないことはないが、行った先がどんなところかわからないのでそれは却下。
順当に飛んでいくしか無いのだが、どういう経路で行くべきか。
アルトハイドはリリエンブルクの領主の姉が第二夫人として嫁いでいる領地だが、領地の境界門は現在閉じられている。
姉がリリエンブルクの領主になるはずが弟が領主やってる時点で何かしらのお家騒動があったと推定される。
境界門が閉じられている時点で普通に通しては貰えないだろうし。
そうなると大廻りしてジェンガー、バイセン、ギュンダルを通るルートか。
閉鎖された門を無視して飛んでいくのは後々何か厄介事引き起こしかねないもんね。
領都では他の領地の詳しい情報は余り得られていない。
元々リリエンブルク自体が王国の辺境に位置していて、魔の森に隣接しているから強い魔物も多く、討伐なんかにかかるコストが膨大で、それほど豊かな領主では無いらしい。
私が拠点を置いている森は、厳密に言えばどこの国にも属さない前人未到の場所で、大河の辺りから集落の辺りの森を魔の森と呼んでいる。
魔物が多い分、魔素はふんだんに有るんだから、やりようによってはもっと豊かになる余地はありそうだけどね。
まぁ、私が考えることでは無い。
大雑把な旅程を決めると、街道沿いの草原に転移して、認識阻害と透明化をかけて空を進む。
騎士団を調べた時に、騎士が騎獣を使役して空を飛べると知ったから、遭遇しない様に気をつけて行こう。
ジェンダーはリリエンブルクと違い山の多い領だった。
境界門を抜けてしばらく行くと山。
とにかく山。
低い山が幾重にも連なり、領地の半分以上が山。
林業が盛んで、この国で使用する木材の半分はジェンダー産の木材なんだって。
伐採した木は魔法で浮かして川の側の製材所まで運ぶ。
製材された木材は川を下り麓の町へ運ばれる。
かなりの急流を、魔法でコントロールされ、整然と木材が次々流れて行くのは観てて楽しかった。
一定の間隔で木材の上にガタイの良い男性が仁王立ちしていて時々大声で連携とりながら沢山の材木をコントロールする様は、まさに職人芸。
面白そうだったから木材に乗っかって急流下りを何度も堪能しました。
バイセンは海に面した領で漁業ギルドがありました。
船は船尾に設置された魔石の魔素を動力にしていた。
船は小さくて定員2〜3人。
朝早くに漁に出て、日が落ちる前に港に戻ってくる。
夜は海の魔物が出るから漁に出ない。
海の魔物って…私に言わせれば全部魔物です。
漁師たちが何をもって魔物と魔物じゃ無いと区別しているのかはよくわからなかった。
漁でとった魚介だって魔素を内在していて、魔石が取れることがあって、攻撃してきたり、爆発したり、毒もってたりするんだよね。
漁に出て怪我したり死んじゃうことだってあるわけで。
魔物じゃん。
夜の海には確かに昼間は見かけなかった魔物がいたよ。
発光するどでかいクラゲ。
漁師たちの船くらいの大きさの発光クラゲがウヨウヨしてた。
キラキラ海の中や海面を揺蕩う姿は幻想的でとっても綺麗。
うふ、うふふ、ふっふっふっ!
狩りました。狩りましたとも!
食べて美味しい、素材としても使える、魔石も取れる!
大変優秀なクラゲさんたちは皆さんアイテムボックスに入っていただきました。
真っ暗になった海を海岸から漁師さん達が呆然と見ていた。
若干やり過ぎた感はあるけど、ほら、まあ、海の魔物が討伐されて、漁師さんたちも安心でしょ。
こういうのをwin-winって言うんだよ、きっと。
ギュンダルは工芸の盛んな領だった。
職人を手厚く保護して魔道具も魔道具以外も良質なものを作って他領と取引していた。
名工と呼ばれる職人がギュンダルに大勢住んでいる。その弟子も。
手持ちの不良在庫を沢山買い取りしていただきました。
職人さんたちの工房にお邪魔して色々覗かせて頂いたり、楽しい時間を過ごしたよ。
薬師だったり巡礼者だったり、時と場合で姿を変えて旅を続けた。
知り合った何人かにちょっと手を貸してみたり、買い物したり、採取や狩をしたり。
途中何度も寄り道しながら王都に入ったのはリリエンブルクを出て一年後。
不良在庫をあちこちで地道に処分した代わりに現金がかなり貯まった。
多分リリエンブルクの年間予算位は。
巡礼者の姿で王都の聖堂に参拝してすぐに一度王都を出る。
これで数ヶ月足取りが分からなくなっても大丈夫。
巡礼者から薬師に姿を変え、改めて王都に入る行列に並ぶ。
「薬師か。王都ヘは何をしに?」
「調べものと薬師の仕事を少々。」
入都税の銀貨1枚を支払い水晶玉に手を乗せる。
魔素が僅かに吸い取られた。
審査官からプレートを渡され、王都内では常に身につけておくよう言われる。
王都内での身分証になる物。
実際は魔素をごく僅かずつ吸い取り溜めていく魔道具の一種。
領都では見なかったから王都独自の物だろう。
王都を出る時に返還、もしくは一年毎に新しいプレートに更新しなくてはいけないのだと。
これはあれか。
神殿で平民から儀式と称して魔素を集めるのと似たようなもんか。
訪問者からも満遍なく魔素を集めるってわけですね。
王都の作りは規模が大きいだけで基本的に領都と変わらない。
王城があり貴族街があり平民街があり、それぞれ白っぽい壁と結界で区切られている。
平民街は富裕層の暮らす地域とそれ以外の庶民が暮らす下町に分かれていて、貧困層の暮らす地域が更にその外側にあった。王都の外壁の外側には入都税を支払えない最下層の人が暮らすテント村みたいなところもある。
下町の商業ギルドでギルド証を提示して家を借りる。
白っぽい建物の上に増築された4階建ての最上階にある二間の部屋。
王都で一戸建ての住宅に住む平民は富裕層だけだ。
人口に対して土地が足りないんだね。
下町の住人は皆、集合住宅に暮らしている。
5階位まである建物が多い。
下の階の方が家賃が高い。
エレベーターは無い。
王都は下水道が整備されていて、ここでも芝もどきの草をランダムにばら撒いておいた。
王城や貴族街の下水道には既に芝もどきが設置されていたから領主会議でリリエンブルクあたりが情報発信したんだろうね。
芝もどき自体は各領都の神殿で聖水を採る井戸に自生してたから、それほど珍しい物じゃ無い。
寧ろ、これまでなんで使わなかったのか聞きたいです。
長期滞在する場所が下水の臭気で汚染されてるのはごめんこうむるから、滞在した幾つかの町で下水道に芝もどきを設置した。
地道な努力が報われた思いだよ。
王都では、薬師として活動しながら情報収集するつもり。
なんてったって、ここにはこの国唯一の図書館があるのだ。
貴族街と平民街を隔てる壁を跨ぐ結構な規模の建物が図書館で、入館料を払えば平民でも利用できる。
入館料が毎回銀貨1枚っていうから、普通の庶民が気軽に利用できるところでは無い。
王都の門の辺りにいた兵士の給与が月に銀貨3〜5枚で、商業ギルドの受付の男性が月に銀貨4枚銅貨20枚だった。
うん、無理。
借りた部屋に浄化をかけて、部屋を整えていく。
奥の部屋を寝室に手前を作業場にする。
寝室のドアは私以外出入りできない様にした。
寝室には指輪にしまってあった家具を配置する。
この部屋に他の人が入る事はないので。
寝室以外の場所に置く物は王都で買い揃えなきゃ。
兄弟達と暮らす為に町で揃えた物は殆ど兄弟達に譲ってきたからね。
さて、買い物に出かけますか。
色々なお店の立ち並ぶ通りに来た。
通りに何軒かある道具屋で一番大きなお店に入る。
お店の人に用件を告げると倉庫みたいな部屋に案内された。
積み上げられている様々な家具から、作業用のテーブルや椅子などの家具を選ぶ。
中古品だけど状態の良いもの。
お店の人が魔石を使った魔法で見やすい位置までお勧めの家具を移動してくれたから選びやすかった。
こういうお店には新品の家具は無い。
服と同じで、新しいものが欲しければオーダーするか自作するかって世界なので。
作業用のテーブル、椅子、棚、食卓を購入した。
家具の他にも台所用品やら日用品やらあれこれ選び、買った物はまとめて明日配達してもらう事に。
配達料込みで銀貨4枚銅貨50枚のお買い物。
道具屋を出ると辺りは暗くなり始めていた。
結構な時間道具屋にいたみたい。
ブラブラと飲食店が立ち並ぶあたりに向かう。
道具屋の中にいた時からその視線には気付いてた。
段々と距離を詰めてついて来ている。
ひったくりかな?
人攫いかな?
そんな目立つ格好はしてないはずなんだけど?
蜘蛛もどきの糸から作った服とマントは暗いグレーで装飾もないシンプルな物だ。
着いて早々に厄介事はごめんだから人気の無い路地に入って透明化して気配を断つ。
すぐに路地に入ってきたのは男性だった。
「あれ⁈」
誰もいない路地を見て戸惑っている。
割と小綺麗な格好のお兄さん。
害意は感じ無いけど関わるのは面倒だからそのまま森の拠点に転移した。