領都
町の数倍の規模の市場は活気に満ちていた。見たことのない食材にテンションが上がる。
気の向くままにあれこれ買い込みつつ、お店の人とおしゃべりする。
「じゃあ、お勧めは南風亭?」
「そうだね。建物は古いが改装して設備も新しくしたばかりだし、そこの料理は昔から美味いって評判だよ。ここいらの人間もよく食べに行く。お貴族様もお忍びで食べに来るらしいよ。」
「エマの店もお勧めだぜ。肉を食べるならエマの店に俺なら行くね。」
「あんたは綺麗どころがお目当てなんだろ。エマんとこの給仕はべっぴん揃いだからね。」
「うるせぇ!美味いのは事実だから良いだろうが!」
言い合いをするおじさんたちに苦笑しつつ、お礼を言ってその場を離れる。
色々聞き込んだが南風亭とエマの店がお勧めなのは間違いない。
何人もの人が一押しと言っていた。
教えてもらった南風亭に行ってみる。
外観は確かに古びているが丁寧に修繕されている。
時間的にお昼を食べに来ている人達だろう。結構混んでる。
「いらっしゃい!お一人様ですか?」
店に入るとすぐ給仕の青年が明るく話しかけて来た。
「ええ。お部屋はある?個室が良いんですが。」
「お泊まりですね。銅貨10枚でご用意出来ます。食事代は別で、朝食は鉄貨30枚、昼食は鉄貨40枚、夕食は鉄貨50枚です。一品料理は鉄貨20枚、お酒は一杯鉄貨15枚になります。部屋代は先払いになります。」
「お風呂は有る?」
「別棟に貸し切りの浴室がありますよ。空いていれば自由に使ってもらって構いません。」
宿代を払い部屋に案内してもらった。
へぇ、灯りの魔石が設置されている。
「食事は外で食べてもらっても良いですが、うちの食事も美味いですよ。2の鐘から9の鐘までやってるんで、良ければ食べに来て下さい。」
ニコニコと愛想の良い青年は足を痛めているのか右足を引きずっている。
「何かあれば受付に来てくださいね」
青年が出て行くと内鍵をかけて薄く結界を張る。
笑顔の割に目が暗く鬱屈してたが害意の有る様ではなかったので気にしない事にした。
一度森の拠点に転移して充填が済んだ魔石を空の魔石と交換する。
魔素の濃い場所を見つけて拠点を増やさないとまだまだ沢山の空の魔石の充填作業は何十年もかかる。
この世界にはダンジョンは無いのかな?
これだけ魔素に溢れている世界だからあってもいいと思うんだけど、今のところそんな話は聞かない。
ダンジョンが有れば大きな魔石の充填も簡単なんだけどね。
来たついでに畑の野菜やハーブを収穫したり植え替えたりする。
魔法でやるからすぐに終わる。
収穫した物はネックレスのアイテムボックスにしまう。
アイテムボックスは時間経過を止めてあるからいつでもフレッシュな状態で取り出せる。
ネックレスに模してあるアイテムボックスは魔素も何も無い世界に界渡りした時に備えるものを入れている。
料理したものも食材のままの物も。
食糧だけじゃなく魔道具、魔石、結界の中で3000年位閉じこもって生きていける物を用意する。
前回、前々回が魔素どころか大気すら無い世界だったからネックレスの中身はかなり目減りしていて、今はせっせと補充に努めているのだ。
期間的にどちらの世界も短かったのがせめてもです。
短いと言っても数百年は過ごしたけどね。
快適な環境、快適な暮らしを守るためには、日々努力が必要なのだ。
拠点での作業を終えて宿の部屋に戻る。
お昼を食べに行こう。
宿の食事処に行くと十代前半と思われる少年少女が数名給仕として働いていた。
そのうちの1人に席に案内される。
「お泊まりのお客さんですね?日替わり定食で良いですか?」
「何がでるの?」
「今日はボーボー鳥のシチューとロックバラのサラダです。木の実の焼き物とパンが付きます。」
ボーボー鳥ってなんぞや?
ロックバラは確かブロッコリーみたいな野菜の魔物。
「シチューだけ単品で貰える?」
「はい!鉄貨20枚です。」
なるほど。注文した時点で払うのね。
お金を払って待っていると、すぐに料理が運ばれて来た。
うわぁ…紫色のシチューだ。
ボーボー鳥ってガチョウみたいな姿の魔物で養殖もされている。旅の途中でも見かけたね。
天然物のボーボー鳥を料理すると紫の色素が溶け出して料理を紫色に染める。養殖物だとこの色にはならないってか。
そういえば、森にいたガチョウもどきの魔物の魔石って綺麗な紫色をしてたっけ。あれがボーボー鳥だって事ですね。
うーん、魔物の辞典みたいなものが欲しい。この世界の魔物の固有名詞とか特徴とか、絶対的な知識が足りない。
賢者の石はあるけれど、石に取り込むこの世界の知識が不足しているのだ。
この世界、文字はあるけど識字率は低い。
6才から働く庶民は文字を習う機会も無いので、仕事上必要な場合を除き自分の名前を書け無いって人も多いのよね。
そう考えるとエンリ達って凄いのね。
あんな片田舎の村で生まれ育ったのに、貴族並みの教育受けていたって事だもん。
学校なんかなかったから両親から教育受けてたって事だよね。
エンリなんか王都の学校に行って文官になりたいって思ってた位だし。
あの兄弟の両親って何者?
亡くなった年を考えると、ニケとシグが読み書きできたのはきっとエンリが教えたんだよね。
うーん。謎だわ。
まぁ、今更だけど。
シチューは見た目はあれだけど、味はとっても美味しかったです。
午後からはあちこちみて回った。
行政機関である役所とか領主の館とかに、透明化して入り込み知識を増やした。
領主の館は貴族街の中心にあった。
貴族街と庶民の住む下町は高い壁で仕切られていた。
壁を跨いで朝参拝した神殿が建っていたが、神殿以外は貴族街と下町は完全に分かれている。
貴族街に入るには、東西南北にある門のどれかを通らなければならず、出入りは厳重にチェックされてた。
この領はリリエンブルクという領主が治めている。
領主を筆頭に上級、中級、下級貴族がいる。
各地の町や村を治めている貴族は、領都には社交シーズンだけ滞在するのが常らしい。
領地を持たない貴族もいて、貴族街にある役所で文官として働いていたり、騎士団に所属していたりする。
貴族の子供は6才になるまでは各自の家で過ごし基本的に外に出ることは無い。
6才になるとお披露目の儀式があり、お披露目が済むと貴族街の学院に通う。
10才から16才の間は王都にある貴族院で教育を受ける。
貴族の成人は16才なんだって。
貴族院を卒業したら貴族として初めて認められる。
家は原則長子相続。
長子以外が継ぐには貴族会議の2/3以上の承認と領主の許可が必要で、よほどの事がない限り長子相続になる。
長子以外は分家するか他の貴族と結婚する事で身分を担保する。
ただし貴族院を卒業出来なければ平民になるか神官になるかしか道はない。
神官は結婚できないし、様々な制約や修行があるから好んで神官になる者は少ない。
かと言って平民になるのはプライドやらなにやらからもっと避けたい。
だから貴族の子供達は卒業目指して頑張って勉強する。
ごく稀に貴族院を卒業したものが神殿に自ら入る事があると神殿長か神官長になって、その場合は貴族の身分は担保される。
今の神殿長はその珍しい人らしい。
へぇ、神に帰依する信心深い人なのかなと思って、神殿を覗いたら、お家騒動で叔父に家を乗っ取られたり色々複雑な事情を抱えている人だったよ。
翌朝ギルドに行くと査定が終わり、金貨1枚銀貨24枚銅貨60枚鉄貨36枚を提示された。
まさかそんなに高額査定になるとは。
なんでも良質な魔石が取れたんだって。
昨日支払った銀貨3枚と買い取りの対価を受け取る。
ここに来て初めて金貨を見たよ。
ギルドを出て昨日の続き。
人気の無い路地で透明化して貴族会議や何かが行われる建物内を散策する。
資料庫を漁りながら建物内の人々の意識を覗く。
一通り終わったら騎士団の建物に移動して同じ事の繰り返し。
騎士団の訓練なんかも見てみた。
基本は魔素を操って武器や防具にエンチャントをかけて戦うのね。
魔法に特化した騎士もいるけど、一撃で大地を廃墟と化す様な攻撃魔法は無い様だった。
所謂、初級レベルの魔法って感じ。
うーん。これは、私の魔法はこの世界ではおいそれと見せられないね。
次元が違いすぎる。
人前で大っぴらに使用するのは初級レベルに留めると決めた。
騎士団に所属する騎士は全員、貴族院で騎士コースを卒業した貴族だ。
貴族院には騎士コース、文官コース、側仕えコース、領主コースがあるらしい。
領主コースは各地の領主の長子と次子が所属するコースで領主として必要なあれこれを学ぶらしい。
大規模な結界を張ったり、外壁や白っぽい建物を造る魔法は、領主コースで学ぶのでただの貴族にはできないらしい。
騎士コースでは戦闘や護衛に関連したあれこれを、文官コースでは行政や法律に関する事を学ぶ。側仕えコースでは上位の貴族の執務や家政に関する事を学ぶんだって。
平民街にいる兵士は、平民で構成される軍団に所属している。
軍団は騎士団の下部組織なんだって。
軍団長より一騎士の方が身分が高い。
この国には大小32の領地がある。力関係は色々あるが、年に一度王都で領主会議ってのがあって、国全体の事が話し合われる。
現在、丁度領主会議の期間で、領主は不在らしい。
領主や貴族が王都や他の領地に行くには転移陣を使う。
転移陣の部屋があって厳重な護りがされてた。
もちろん中に入って転移陣を解析してみたよ。
結構魔素を必要とする陣で、日常的に使用するのはコストがかかり過ぎでは?
領主の執務室にも入ってみた。
執務室には隠し部屋があって、そこから大きな魔石のある部屋に行けるようになっていた。
魔石に充填してある魔素が領都全体に送られて結界や建物を維持するシステムになっていた。
この魔石の魔素が無くなると領都は崩壊するわけで、魔素を充填するのは領主の一番大事な仕事になる。
魔素を集める為に神殿が使われる。
神殿では定期的に行われる儀式で平民から魔素を吸収して領主に納め、その見返りに領主は神殿を保護する。
貴族からは税と言う形で魔素を集める。
それらの魔素を領主は自らに取り込み領都の要である魔石に補充すると。
隠し部屋には機密と思われる資料なんかも色々あって、なかなか興味深かった。
侵入者がいたと気づかれて、無駄に警戒されたり騒動になるのは本意じゃないから、痕跡を残さないよう最新の注意を払ってあちこち回ったわけだけど、この領都での情報収集はこんなもんでいいですね。
そろそろ王都に向かいましょうか。