町での暮らし
町について最初に行ったのは狩人ギルドだ。牛車はギルドの裏手に駐車場があり、そこに置いて、目覚めているエンリが留守番。
ニケとシグは村でギルドへの紹介状をもらってきていた。
二人が登録手続きしている間にギルドの受付の人に家をかりるのはどうすればよいか教えてもらう。
商業ギルドで不動産の斡旋をしているということで、場所を聞くと通りの向かいにあると言う。登録手続きを終えた二人はシグがエンリに付き添うため牛車に戻り、私はニケと共に商業ギルドに向かった。
商業ギルドは、狩人ギルドより大きい建物でいくつものブースに分かれている様だ。売店もあるから後でのぞいてみよう。案内の人に用件を告げると不動産のブースに案内してくれた。
「どの様な物件をお探しでしょうか?」
ハマルと名乗る担当の初老の男性でに希望を伝えると、合致する物件が三件あると言う。早速、案内してもらう。
徒歩で向かいながらハマルさんから商業ギルドやこの町の情報を得ていく。
この町には狩人ギルド、農業ギルド、商業ギルドがあり、規模は商業ギルドが一番大きい。農作物を農家から直接引き取るのは農業ギルド、狩人から獲物や素材を直接引き取るのが狩人ギルド、農作物や獲物や素材を加工したものを売る店をはじめ、経済活動に関する全てを統括しているのが商業ギルド。つまり、農業ギルドも狩人ギルドも買い取ったものをギルド外で売り捌くには商業ギルドに加盟する店を通す必要があると。ギルド内の直売所やギルド員同士の直接取引なんかは別にして。
例えば、薬草をそのまま素材として売るなら農業ギルド、薬としてから売るには商業ギルドの管轄になる。
魔石は狩人ギルドと商業ギルドで買い取りしていると。
海の近くにいけば漁業ギルドもあるらしい。
各ギルドはその地方の領主や国と協力関係にあるが、この大陸全体において国を超えて独立した機関である。
ギルド員はその功績や実力によって階級があり、高位になるほど報酬も良いが責任や義務も重くなる。
うん、割とテンプレな感じ。
少し落ち着いたら、商業ギルドに試しに登録しても良いかな。
ギルドから10分位で1軒目の物件についた。
三階建ての石造りの建物で、一階は店舗として以前は雑貨屋が入っていたと言う。裏側に小さな庭がある。二階と三階が住居で、二階に個室一つと居間兼食堂、三階に個室が三つ、屋根裏部屋もある。
水回りが庭にある別棟の小屋ってのは、ここらで普通の事らしい。
二軒目の物件は富裕層が多く住む高級住宅地にあった。広い庭に二階建ての御屋敷。ここは水回りは屋内にある。門の近くに牛や馬用の小屋もある。貴族の係累の老夫婦が長く住んでいたが、数年前王都に引っ越し、以降、空き家になっているそうだ。その割に家屋や庭の手入れが整っているのは、定期的に契約した業者が手入れしているからとの事。
三件目は少し離れているそうで、ハマルさんが手配したポニーみたいな動物が引く馬車に乗って行く。
商業ギルドを超えて町の反対側、下町の方なのかな。途中、市場や工房などの立ち並ぶ通りを抜ける。
小一時間走ったところの間口の狭い一軒家の前で馬車は止まった。
入ってみると、間口は狭いが奥行きがあり、奥の方は広々としている。その昔、建物の間口の幅で税がかかる時代があり、その名残りでここらの古い建物は間口の狭いものが多いらしい。
平家で少し狭いが個室が四つ。小さな中庭に面した台所と居間。トイレと浴室も近年新設したらしく屋内にある。裏庭から路地を抜けて住宅を回り込むと表の通りに出られる。
裏庭の広さは結構あり、以前の住人が工房として使っていた離れもある。
下町の市場近くに店を構えていたが、町の中心部に本店を移した。しばらくは通っていたが、数ヶ月前店の近くに引っ越ししたそうだ。
この辺りは古くからの住宅地だが、新しく整備された住宅地に引っ越す人も多く、あちこち空き家になっている。両隣りも何年も空き家のままとの事。
ギルドの所有する物件が多いので、ギルドと町が警らの人員を配置しているので治安は保たれていると。
三件目の物件に決めて、ギルドに戻り契約することになった。
賃料は一か月銅貨30枚、三か月先払いなら銅貨80枚。半年先払いなら銀貨1枚と銅貨20枚。一年なら銀貨2枚との事。途中解約でも返金はなし。
ちなみに一月は35日で、一年は12か月。
ニケから受け取った皮袋から銀貨2枚を支払う。皮袋の残りのお金は銀貨2枚と銅貨が60枚鉄貨80枚だ。
色々買い物することを考えて、魔石の買い取りをしてもらう事にした。
食肉のストック作りの過程で出た兎の魔石を一個鞄から取り出しいくらになるか査定してもらう。
魔石買い取りのブースのおじさんは魔石を何かの装置に入れると、「これは質が良いね。形も綺麗で欠けているところも無いから銀貨1枚と銅貨80枚で買い取るよ。」と言う。
兎の魔石は100個以上あるから少し換金しておこう。
魔石を10個鞄から出しておじさんに渡す。
全部で銀貨20枚と銅貨58枚鉄貨20枚になった。
お礼を言って商業ギルドを出る。
牛車で借りたばかりの家に向かう。
途中の市場で屋台の食べ物を幾つか買い、ニケに家の鍵と一緒に渡し、エンリ達を家まで連れて行き、昼食を食べて荷物を下ろしたら、牛車で市場まで戻って来るように頼む。
「部屋はどこでも好きなところにすれば良いから。シグはまずはエンリが休める様に部屋を整えてから台所の掃除をしておいて。」
この数日で兄弟の性格なんかも大分わかってきた。
エンリは寡黙で忍耐強い。
頭も良く、元気な時は罠を使った狩りでは村一番だった。
両親が生きていた頃は王都の学校に行って勉強したいと思っていたが、弟達を育てるために狩人になった。
現在26歳。
ニケは明るく外交的。
お調子者とも言う。
兄を誰より尊敬している。
15歳。狩人としては弓が得意だが、まだ身体が育ちきって無いから重い弓は引けない。日々筋力トレーニングを欠かさない。
シグは大人しく内向的だが、家族内でははっきり意見を言う。
狩りよりも畑仕事や工作が好き。
猪突猛進型のニケの後始末を文句を言いつつするのがデフォな日々を過ごして来た。
ここ数年家事全般を担っていた。14歳。
性格は三人三様だが、三人ともとても巡る魔素の質が綺麗だ。
澄んだ魔素は素で近くにいても気にならない。
濁った魔素は近くに長くいるとイラッとするから、これはとても重要だ。
三人と同行することにした最大の理由。
市場でとりあえず必要そうな物を購入して行く。家を借りたはいいけど、家具もない状態なので。
寝台、食卓と椅子、カーペット、雑貨に食糧品などなど。大きい家具は明日配達してもらう。銀貨2枚と銅貨5枚鉄貨30枚の買い物をして、屋台で売ってたフルーツジュースをコッソリ冷却魔法で冷やして飲みながらニケを待つ。
買物しつつお店の人を少し覗かせて貰った。
アイテムボックス自体は似たような用途のマジックバックが魔道具として存在しているが、高価で容量も制限があるらしい。
兄弟は持ってないけど、裕福な商人や旅人は所持しているらしいから、それほど希少な物では無さそうだ。
色々出し入れしている鞄をマジックバックだと認識しているみたいなので、特に訂正しないでいる。
牛車を裏庭に繋ぎ、家に入る。
玄関に一番近い部屋をニケとシグ、その隣をエンリで使う事にしたようだ。私は裏庭に面した一番奥の個室にした。
買って来た荷物は台所に運んで貰った。
食器や鍋、調理用品など殆ど台所で使う物だから。
私は自分で使う分しか持ち合わせていなかったし、エンリ達は殆ど台所用品を所持していなかったから、旅の間、手で持って食べられるサンドイッチや串焼きくらいしか出せなくて、ちょっと困ったから、これから生活する上で最優先で購入したのだ。
台所の洗い場に水の魔石を設置すると、ニケとシグに使い方を教え、買って来た食器類を洗っておく様に指示した。
あらかじめ魔石に陣を描いておいたから魔素が空になるまでは魔石に触れるだけで水が出る。
中庭に井戸があるけど、いちいち汲んで来るのは面倒だし。
火の魔石をカマドに設置する事も考えたけど、シグは慣れた方法の方が良いだろうからやめておく。
魔素の操り方をそのうち教えるつもりだから、兄弟が習得してからでいいだろう。
トイレは有機物を即効で吸収分解する芝みたいな植物を便器の下の穴に入れた。
この町には一応下水施設があるが、特にろ過せずにそのまま川に流しているらしい。芝もどきは繁殖力もそれなりに有るから、1年位経てば町の下水全体に広がって、川が汚染されるのを防いでくれるだろう。日光に当たると枯れるから、繁殖しすぎる事も無い。ネズミなんかも有機物として分解されちゃうから害虫駆除にもなる。森の中の小さな池に生き物がいないのを不思議に思って調べた時に見つけた植物。
浴室は床に水を流しても大丈夫な様に地面に石が敷き詰められているだけの小部屋だ。タライに水やお湯を入れて身体を拭くのが一般的らしいが、お湯がシャワーのように出る魔石を設置した。
とりあえず必要最低限の住設備を整えたので、夕食の支度をしよう。
台所に戻るとニケは牛の世話に行き、シグが1人で食器を拭いていた。
食器を備え付けの棚に置き、三種類の生で食べられる葉物を水洗いし水気を切ってから一口大に手でちぎりボウルに入れる様指示する。
肉に下味をつけ馴染ませている間に、ベーコンを小さな賽の目に切りフライパンでカリカリに炒める。お湯を沸かし半熟に茹でる。温めておいたオーブンに肉を入れじっくり焼く。
シグがちぎった野菜にベーコン混ぜ、香辛料と木の実からとったオイルとお酢を攪拌して作ったドレッシングと合わせる。平皿に盛り、半熟卵を上にのせる。
肉が焼き上がったら肉汁に香辛料を足して小さな鍋で煮詰めてソースを作る。火を落としたオーブンの余熱でパンを温める。肉を薄く切りサラダの横にパンと共に盛り付ける。
ワンプレートの夕食の出来上がり。
シグに作らせたスープと、お茶もトレイに乗せてエンリの部屋に運ぶ。
4人揃っての食事。
「明日の午前中に家具が届くわ。明日にはベッドで寝られるから。食事も明日の夜からは食卓でいただきましょう。エンリも支えて貰えば少しは歩けるでしょう?ニケとシグは今月は家を整える事を優先して、ギルドの仕事を受けるのは来月からにしてね。」
「はい。」
「エンリはまだあまり動いては駄目よ。ベッドで座っている位ならいいけど、来週いっぱいは基本的にベッドで過ごして。再来週からは家の中や庭に出る位なら動いても大丈夫だと思う。寝ているだけって言うのも辛いだろうけど手足の硬化が取れるまでは我慢して頂戴。」
「わかりました。」
「ニケとシグはこの後食事の片付けとエンリのお世話をしてね。私は休みます。トイレと浴室の使い方はシグに伝えてあるから教えてもらって。」
自室に入る。
部屋のドアと窓に陣を描き私以外は開けられない様にした。
浄化の魔法を部屋にかけてから、指輪から家具や寝具などを出して配置していく。
部屋を一通り整えると、森の拠点に転移した。
異界から持ち込んだ空の魔石を魔素吸収の陣において魔素を充填しているのだ。
時々こうして戻って充填が終わっている魔石を空の魔石と交換しておく。
地味な作業だが、魔素の無い世界に転移した時の快適な生活の為必要不可欠な作業だ。
結界に異常が無い事を確認して部屋に転移で戻る。
自分に浄化をかけ、寝間着に着替えてベッドに入る。
エンリが完治するまでには2か月くらいかかるはず。
1年で3人がこの先に希望を持って暮らせる道筋をつけられる様にしたい。
世界を変えようとは思わないけど、目の前の優しい人の手助けはしてもいいと思うから。
この家で暮らして3か月。
三兄弟に魔素の操り方を教えている。
身体の中の魔素を隅々まで巡らせる様にならないと、いつかエンリは再発するし、ニケとシグも発症すると告げたのはエンリが完治する少し前。
以来、朝と夜に訓練をしている。
魔素を感じるまでは早かったのだが、動かす所で躓いている。
躓き方が3者3様で面白い。
エンリは一定の方向に巡らせるのではなくあっちもこっちも1度に巡らせようとして魔素同士がぶつかって固まらせちゃう。
ニケは一定の速度を維持して巡らせる事が出来ない。巡るスピードがドンドン早くなって魔素を維持出来なくなる。
シグはその逆で慎重過ぎて魔素が途中で動かなくなる。
まあ、出来ない人は何年たっても魔素を感じられないらしいから、焦らず練習あるのみですね。
先月からニケとシグはギルドで依頼も受けるようになった。狩人達の下働きみたいな仕事。
エンリは、病は完治したが、まだ体力が戻って無いから許可していない。
私はギルドの資料室の書物を読んだり、辺りに採取に出て、薬を作ってギルドに売ったりしている。
「みんなはこれからどうしたい?」
ある日、3人が居間に揃ったところで尋ねる。
「そうですね…この町で狩人の仕事をしていく事になると思います。村に戻るより稼げますし。弟達もそのつもりです。薬師様に少しでも恩返しできるようになりたい。」
ニケとシグもうなずく。
「この町に定住するならお店をやる気は無い?」
「え?」
「魔道具とか扱うお店。練習すれば簡単な魔道具を作れるようになると思うよ。シグは狩人やるよりそういうコツコツやる職人仕事の方が向いているし才能あると思う。ニケが狩人して魔石集めて、魔石使ってエンリとシグが魔道具作って3人でお店で売るのはどう?」
思いもかけない事を言われて3人は戸惑っている。
「私はまだしばらくはこの町にいるからその間に基本的な魔道具の作り方は教えてあげられる。魔素が操れて知識が有れば魔道具作りはそんなに難しいものじゃあ無いの。金貨何枚もする高度なものじゃなくて、この家で使っている水の魔石とか竃に使う火の魔石とか、魔物除けのお守りとか、せいぜい銅貨10数枚から銀貨数枚で売り買いする様な物になるけど。商業ギルドで聞いたら、魔道具職人がこの町にはいなくて、他所から買ってきた物を転売しているんだそうよ。だから他所より魔道具が割り高であまり一般に普及していない。売れないから魔道具を売るお店も商業ギルドの直売所だけで、他に扱うお店も殆ど無い。エンリは帳簿つけたり物の売り買いのノウハウも少しはあるでしょう?どうかな?」
考え込んでいたエンリが口を開く。
「薬師様はどうして俺たちにそんなに良くしてくれるんですか?病を治して、暮らしが立ち行く面倒まで…ろくなお礼もできないのに。」
この世界で生きていくにあたって必要な知識を貰ったお礼だよ…とは言え無い。
3人の持つ魔素が心地よいから…とも言えないわねー。
「勿論、私にも利があるからよ?」
「利?」
「うん。だって、3人が狩人して働いても使った薬代とか私がこの町にいる間に払えないでしょう?総額で金貨数枚になるんだよ?お店の利益の何割かを受け取る様にすれば、町を離れてからも回収できるじゃない?私も慈善事業やってるわけじゃないからさ。」
金貨数枚と聞いて3人はギョッとする。
だよねー。金貨なんか普通庶民に縁の無いものだもん。
「お金に困ってるわけじゃないから、支払いは少しずつでもいいの。ギルドにそういうやりとりする仕組みがあるって聞いたから、みんなに利のある方法を考えてみたの。」
木漏れ日のさす林の中を歩く。
ギルドにおろす傷薬の素材を集めに今日は朝早くに家を出た。
傷薬には幾つも種類があるが、基本的に必要な素材は同じ。
魔素をどの程度どんな練度で込めて作るかで薬効が変わるのだ。
団栗に似た木の実、オレンジ色の小さな花を咲かす植物の茎、蛾の幼虫の体液。
魔素を含ませた水と合わせてドロドロに煮詰めて水分だけ飛ばしたものは、出来上がりは細かい砂の様になる。その状態で保管しておけば数年間保存できる。魔素で練り上げ完成させると、水薬なら2日、湿布薬なら数日、丸薬なら半月程薬効が保つ。
ギルドから丸薬を20個納品の依頼を受けて、ついでにストックする分の素材も集めようと町の近くの林にやってきた。
丸薬1個が銅貨1枚の依頼だから、初級の傷薬というところ。
普通の薬師は素材を自分で採らず、狩人ギルドや農業ギルドから購入して作るらしい。魔物に襲われるリスクがあるから、対抗手段を持たない者が1人で町の外に出る事はない。かと言って護衛を雇えば護衛に払う料金の方が高くつく。
私も町に来たころは1人での採取はとめられたが、伊達に旅の薬師をしてないのよーと、笑って出かけて、襲って来た風狼を仕留めて持って帰ってからは何も言われなくなった。
風狼は1対1なら狩人ギルドの中堅がなんとか致命傷を受けずに狩れる位の魔物だ。
風狼は普通、数匹で襲って来るから1人だと命がある方が珍しい。
そんな魔物を3匹、解体までしてギルドに持ち込んだから心配いらないと納得してくれたのだ。
「惜しいな。狩人としても良い腕だ。ほんとにうちに所属する気は無いかい?」
ギルド職員の言葉に笑って返す。
「私は薬師ですから。旅の間に必要があり狩りを覚えただけす。」
依頼分の素材は昼前には採取できたが、せっかくだから夕方まで粘って、集められるだけ集めておこうと思う。
少し開けた草地でシグに作って貰ったお弁当を食べる。
最近は大分料理の腕も上がって、そこそこ美味しいものを作れる様になってきた。
食堂とかでもよかったかも。
シグが畠で野菜を育て、エンリとニケが狩ってきた肉を使って。3人で店を切り盛り。
魔素が操れなければ、そんな未来もありだったかな。
思い描いてクスクス笑う。
結局、3人が技能に差はあれ魔素を使える様になったから、魔道具の店を提案したわけで。
3人の体質的に魔素を常に動かしていないと魔素塊ができ、魔素が行き渡らなくなったところから枯れ木の様になっていく。
日常的に魔素を使う仕事をすれば、その予防になる。
そんな所から思いついた魔道具店。
3人の技能では本当に初級の魔道具作りがせいぜいだけど、需要はたくさんあるから、この先村を出た時みたいに食べるものにも事欠くなんて暮らしにはならないだろう。
あれからしばらくして、4人で商業ギルドに行き契約を結んだ。
利益の1割を私に支払う。
その代わり開店資金を半分私が出す。
残りの半分は私が3人に貸す。
薬代や開店資金の借金は、3人の受け取る利益から1割を返済にあてる。
そんな契約。
慈善事業をする気は無いといったのは本気で、3人とは施す施される関係になりたくは無い。
だから3人がそんな風に決めた事が嬉しい。
実際に店舗を構えるのはもう少ししてからになる。
今は裏庭の離れを作業場にしてクズ魔石を使って加工の特訓中。
安定して作れる様になったらお守りの作り方を教えて、ある程度の在庫が出来てから店舗を構える予定だ。
その先は3兄弟の頑張り次第。
私はこの世界を巡る旅に戻る。
気が向けば又誰かの生きる手助けをするだろう。
魔素の満ちた世界で、次の界渡りまでの暇つぶしに。
過ごした世界で女神と呼ばれた事もある。
世界を破滅させた事もある。
時が経つのを待つだけだった世界もある。
ただの人には永遠と思われる時間を過ごしても、必ずまた界を渡る時が来る。
何を為しても為さなくても。
ただの人として生まれた自分がなぜ?
そこに理由なぞ無いのだ。
こんな事になるとは思って無かった。
偶々、その時、その場にいただけで。
それが私である必然はなくて。
できるのは淡々と日々を過ごす事。
どれほど憂い飽きていても終わりの見えない日々は続くのだから。
「そうそう、ゆっくり少しずつ魔素を注いで。石の変化を見逃さないように…それで良いわ。この感覚を忘れずに、後は慣れの問題。繰り返していけばもっと楽にできるようになる。」
水の魔石と灯りの魔石と火の魔石をそれなりに作れるようになった。魔物除けのお守りも。
魔石から魔素を出し入れすることも大分スムーズにできる。
3兄弟に教えるのはここまで。
正直、ここまで短期間でできるようになるとは思って無かった。
あと数か月はかかると思ってた。
「魔石を組み込んだ小物にしたり、装飾したり工夫すれば値段も付加価値分高くできるし、あとは貴方達の工夫とセンスね。」
3兄弟は今住んでいる家でお店をするつもりだったけど、商業ギルドの人に魔道具の店をすると言ったら市場の近くに小さな店舗兼住宅を勧められた。
工房が多い地区で、色々な職人さんたちも住んでいる。
今の家の借用期間があと2か月。
開店準備もあるので、来週中に兄弟は引っ越しすることになった。
その翌日、私はこの町を出ようと思っている。
手始めに王都に行って、この町ではわからなかったことを調べる。
王都にはこの国一番の図書館があると聞いている。
土地の記憶を観ればその場所で起こった事象は見えるけど、その意味するところはわからない。
界渡りで新しい世界に来たら、その世界の事を知る事にしている。
長い時間を過ごす世界だし、まぁ、暇つぶしの一環。
目的もやる事も特に無い終わりの無い人生を生きる苦痛を紛らす為に自ら決めたルールのひとつだ。
王都に行く為に、この地方の領主が住んでいる領都で王都の場所を調べる必要がある。
この町から領都に行くには、普通は乗合牛車を3回乗り継ぐと10日でつくらしい。
乗合牛車の代金が無い者は、街道を1か月歩いて行く。
スプリングも無い乗り心地最悪の牛車に乗るつもりはないし、街道沿いにのんびり飛んでいけば数日で着くだろう。
この1年町で過ごしてる間に稼いだお金もあるし、足りなくなれば何かまた売れば良い。指輪の中にクズ魔石や使い道のない素材も沢山ある。
当分はこのまま薬師を名乗るつもりだから、薬を作って売っても良い。
3人が引っ越しした翌日、私物を指輪にしまい家に浄化をかけ、結界を解く。
鍵を商業ギルドに返し町を出る。
昨日、兄弟たちには町を出ると話した。
まあ、昨日の今日の事とは思ってないかもだけど。
この町でやるべきことはもう無いから。
町から少し離れたところで認識阻害をかけて空に上がる。
一年近くを過ごした町を俯瞰する。
エンリ。ニケ。シグ。
幸多き人生になりますように。
そうして世界の巡る旅に戻った。