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永遠の旅人  作者: すばる
12/14

マリーエレン

長い夢をみていた。

とても懐かしく幸せな夢

愛情豊かな家族

貴族院の友人達

もう手の届かない人

宝物の髪飾り

大切にしていた押し花のしおり

もう何十年も夢みたりしなかったのに。

暖かい。

柔らかな何かに包まれている感触。

夢から覚めたくなくて、まぶたをギュッと閉じる。

「さあ、そろそろ起きようね」

どこかで優しい声がした。



レースのカーテンからさす光は柔らかく室内を照らす。

高級な家具やインテリアで整えられている部屋。

窓の外には自然豊かさな森と湖。

見知らぬ部屋。

見知らぬ場所。



マリーエレンは途方に暮れていた。


書庫で、梯子から落ちた。

覚えています。

これで終わり。

そう思った事も。

死んだ…のですよね?

ここは死後の世界?

この魔素に満ち溢れたところが?

胸に手を当てれば感じる鼓動。

身体の隅々まで巡る豊かな魔素。

閉鎖された暗い場所で、小さな灯りの球一つが照らす物だけを見て来た長い贖罪の日々。

ここはどうでしょう。

日の光を受け輝く湖面。

光に満ち溢れた風景。

心の奥底から湧き上がる何かを押し留める。


踝丈の薄いグレーのワンピース。

レンダンの糸で織られた高価な布。

裾には同じ糸で不思議な模様の刺繍がされています。

下働きのお仕着せではありません。


ふと気付く。

痛くありません。

身体のどこも痛みが無いのです。

視線がいつもより高いのはまっすぐ立っているから…?

何度も骨折して節くれて変に固まっているはずの指はまっすぐで白く、重い物など持った事の無い令嬢の手みたいです。

手を目の前にかざす。

視界の端に何か動いた気がしてみると、少女がいました。

淡い金色の長い髪の少女は、同じような踝丈の薄いグレーのワンピースを着ています。顔の高さに手を上げてこちらを驚いた様に見ています。

何処かで見知った顔。

「私…?」

手を下ろすと同じ様に少女の手が下がる。

大きな姿見にうつった自分?

65才の、年老いた姿ではなく、貴族院に通っていた頃の自分の姿に呆然とする。

魔封じの首輪がありません。

死ぬまで外れない首輪が無い。

死んだんですね。

首輪が無い事で納得しました。

「死んだら姿が若返るなんて存じませんでしたわ。」

自分の口から出た声に愕然とする。

「声が⁈」

死んで喉の傷もなかった事になった?

「あ、あぁ…」

ヘナヘナと床に崩れ落ちる。

訳もわからず貴族院の自室から連れ出されたあの日。

連座で罪人として終生の労役を言い渡され。

魔素を奪われ、喉を焼かれ喋る事も出来なくなり。

あの日から50年。

許されたのですね。

死んだ事で罪が贖われたのですね。

神よ、大いなる慈悲をありがとうございます。

とうに枯れ果てたはずの涙を流しながら感動に打ち震え、感謝の祈りを捧げる。


マリーエレンはもよおしていた。

気のせいです。

死後の世界でおトイレに行きたいなんて思うはずがないのです。

ええ。ありえません。

徐々に切迫してくる感覚から必死に意識を逸らす。

額には脂汗。

これは試練ですか。

試練ですね。

この困難に打ち勝ち真の許しを得よとおっしゃると。

顔面蒼白。

身体は小刻み震えてきた。

マリーエレンは負けません。

きっとこの試練に耐えてみせます。



何、この残念な思考回路。

先程から声をかけるタイミングをはかっていたけど、ドンドン明後日な方向に突っ走って行く。

間違えたかも。

軽く頭痛を覚えながら溜息一つ。

流石に放置するわけにはいかない。

「はい、そこまで。死んで無いから。」

声を掛ける。

真っ青な顔で振り向くマリーエレンさん。

「我慢大会じゃ無いからトイレに行こうね。出て二つ目のドアがトイレだから。」




トイレを無事済ませたマリーエレンに、これまでの事を簡単に説明する。

梯子から落ちたところを助けた事。

放置出来ずに図書館から連れ出した事。

世間的には死んだ事になった事。

体を癒すついでに魔法で若返らせた事。

ここは王都から遠く離れた場所で、私の結界の中だと言う事などなど。

すぐに思考停止して残念な方向に勘違いする彼女の性質は、50年間虐げられてきた弊害か?

素か?素なのか?

彼女が現実を正しく認識するまでにかなりの労力と時間がかかった。


「つまり、貴方様は、偉大なる魔法使い様で、私の命の恩人、と言う事ですね。」

「あー、良いよ、もうその認識で。間違いじゃ無いし。それでね、偉大な魔法使いはその能力を世界に知られたく無いの。だからこの事は秘密にすること。そのかわり、貴方がこれから貴方が独り立ちできるように手伝う。しばらくはここでこれからどうしたいか考えて。この家の中と庭なら自由にしてて良いよ。結界から出たら二度と入れないから気をつけて。」

「どう生きたいか…?」

「そう。だって、65才のマリーエレンは世間的には死んでるし。今の貴方は15才の女の子。相応の努力すればなんだってやれる。魔素も充分、魔法の知識もあるんでしょ。あとは貴方次第だよ。」

戸惑いを隠せないマリーエレン。

仕方ないか。

ずっと受け身で生きて来た人だもんね。

「復讐とかそういう非生産的なのは無しの方向で考えてね。そういうのがしたければ独り立ちしてから勝手にやればいいから。私が手伝うのはあくまで生活レベルまで。」

食事をしまってある棚とか家の中を案内する。

魔法の基礎知識があるせいかそれほど違和感なく設備も使える様で良かったよ。

パッシブで回復魔法を自分にかけてたから本来ならとっくに命が無かった怪我をしてもここまで生きながらえてきたんだね。

自覚して無かった様だけど。

多分、この世界ではかなり高レベルの回復魔法の使い手だわ。

知られてたら図書館じゃなく神官の下働きにされてたかも。

いや、50年かけてこのレベルまで上がったのか。

無意識のうちに魔素の消費を最低限に絞って使って命をながらえて来たわけね。

なんだ、ちゃんと生きる為に足掻いて来たんじゃん。

無自覚だけど。


調べてみたらマリーエレンって、ちょっと可哀想だったよ。

マリーエレンの事を憎からず思っていた当時の王子や貴族院の友人達が必死の嘆願をして、鉱山での労役ではなく図書館の下働きになったわけだけど、本人が何かしたわけじゃ無かったから、数年後には恩赦で解放されるはずだった。

王子の婚約者候補のライバルだった上級貴族が、マリーエレンが万が一にも貴族に戻る事が無い様に手を回して、痛めつける様に指示した。

それが無ければ、魔封じの首輪はされても喉を焼かれる事は無かった。

何かと気にかけてくれた王子や友人達はその後の勢力争いで亡くなったり、力を失った。

回収できる魔素の量と質が最高レベルだったから、魔法省の役人は自分の出世の為にマリーエレンの恩赦を阻んだ。

司書は知識も能力も優秀な下働きを手放そうとはせず、恩赦の機会を潰して行った。

最終的に、マリーエレンは世間から忘れられ、ヒエラルキー最低の下働きとして延々と過ごす事になった。

当事者達や当時のことを知ってる人がほとんどいなかったし、記録も大して無かったけど、大体、そんな感じ。

もっと遡れば、父親が起こした事件も冤罪っぽいんだけど、それこそ、今更だ。


マリーエレンにとっては理不尽な事だらけだろうけど、一つ一つは世間に良くある事だよね。

マリーエレンに許しを乞うべき当事者もいない今、マリーエレンができる事はほとんどない。


だからね、思うんだ。

過去に囚われずに生きていけるといい。

そのために身体を15才まで若返らせた。

彼女が不本意に失った時間をやり直せる様に。


一連の事は、マリーエレンには告げない。

普通に調べてわかる事ではないし。

知りたければ自分で調べてわかった範囲で判断すれば良い。

私は別に正義の味方では無いから、必要以上にマリーエレンに肩入れする気はない。

人生なんて、理不尽の連続なんだよ。

私を含めて、みんな、その中で必死に足掻いて生きて行くんだ。

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