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永遠の旅人  作者: すばる
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閑話 シグ。

薬師様は変わった人だ。

なんでも出来て、色々な事を知っている。凄い魔法を楽々使う。

ほんとに凄い人なんだけど、なんて言うか、非常識?な人でもある。

野菜を切ったり洗い物したり、草取りするのに当たりに魔法使うのは、どうなんだ?って思う俺は間違ってない。

買い物する時は言い値で買うし、物の名前を間違えるし、洗濯物を一度も出さないのにいつも服は清潔だし、お湯が出る魔石まで設置したのに自分は一度も浴室を使わない。それでいていつも身綺麗にして、良い匂いがする。

薬師様なのに魔道具作るし、料理も上手だ。

とっても真面目な顔で「美味しいは正義!」なんてよくわからない事を言ったりする。

美人なのに見た目をあまり気にしない。

古着屋で買ったズボンにシャツで、格好はまるで男の子だ。

薬師様が持ち歩いている鞄はマジックバックだ。

村に税を集めに来たお役人様が似たような物を持っててとっても高価な物だと自慢していた。

なのに狩りの獲物をそのまま入れてたり、敷物代わりに上に座ってみたり、扱いが雑。

薬師様の狩りは一瞬だ。

そこらの小石を魔法でヒュンッと飛ばすだけ。

「だって簡単じゃない?汚れないし。」

もう、なんていうか、色々、規格外。

「普通が一番。常識って大事。地味〜に生きたい。」

時々ぶつぶつ呟いている。

薬師様は自分がとんでもなく目立ってる事に気付いて無いみたいだ。

大丈夫だろうか。


毎日買い物に行くのは大変。って言って、薬師様は大きな木箱に細工して冷蔵庫を作った。

冷却の魔法が込められた魔石と結界の魔石を使った魔道具だって。

木箱の蓋を開けると冷気が来る。

夏なのに冷たい物が飲める。

肉なんかも長く保存出来る。

こんなの見た事も聞いた事もない。

家の中には薬師様が作った魔道具が幾つもある。

魔法を使えない俺たちにも使える魔道具だ。

水と石鹸と洗濯物を入れて魔石を押すとグルグルタライの中で洗濯物が勝手に洗われて絞るとこまでやってくれる物とか。

内輪が回転して風を送ってくれる物とか。

明るいのに熱くない灯の魔道具とか。

そこいらに普通に有るもの使ってあっという間に作ってる。

小さい頃から物を作るのが好きな俺は、すごくワクワクする。


今日は今年一番の暑さだった。

薬師様のお使いのギルドへの納品を終えて帰宅すると「お疲れ〜。シャワーで汗流しておいで。後でいい物があるよ。」と薬師様がニコニコして言う。

「シグ急げ!俺はもう限界だ‼︎」

ニケ兄さんが悲壮な声で叫ぶ。

何がなんだかわからないけど、慌ててシャワー浴びて居間に行く。

エンリ兄さんも部屋から出て来ていて薄っすら笑っている。

「お待たせ〜」

台所からお盆に器を乗せて薬師様が出てきた。

透明の器はつい先日薬師様が作った物だ。

「夏にはガラスの器は必須よね〜。」

とか呟きながら、川岸の砂を沢山拾って来て灰やなんかと魔法でグルグル混ぜて作ってた。

ドロドロの液体を魔法で形成して冷やしたら見たこともない透明な器が出来ていたんだ。

光に当たるとキラキラして綺麗だ。

器には水色の液体がかかった白っぽいフワフワしたものがこんもり盛られている。

「溶けないうちに召し上がれ。あ、でも、あんまり急いで食べない方がいいよ。」

器に添えられたスプーンで少しすくって口に入れる。

冷たい!氷だ⁈

「かき氷って言うんだよ。シロップと一緒に食べてごらん。」

フワッフワッで甘くて冷たくて、口の中にスッて溶けて無くなる。

甘いシロップはライラのジュースの味がした。

「胡瓜の癖に苺味って…」

この前市場で買い物した時に試食した薬師様は何故か遠い目をしてた。

ライラは普通にライラなんだけど?

結局買ったんですね。


物凄い勢いでかき氷を食べてたニケ兄さんは頭を抱えて悶絶してる。

薬師様は「お決まりのやつ〜」って大笑いして。

エンリ兄さんは「お前って奴は…」と苦笑してる。


この家で暮らして、エンリ兄さんは良く笑うようになった。

村にいた時はあんまり表情を変える事は無くて、淡々としてたよね。

何があってもエンリ兄さんがいれば大丈夫。

そんな安心感はあったけど、正直、どこか近寄り難い感じだったんだ。

良く手伝いに来てくれてたマリ姉なんかは「そこが良いんじゃないのー!」って言ってたけど。

俺は今の表情が出る兄さんの方がいい。




修行の為にギュンダルに向かう旅の途中、立ち寄った町や村で現地の人と知り合って色々不思議な話しを聞いた。

夜の海に出る魔物が、ある晩、光の渦になって消えていった話しとか。数年前に銀色に輝く美しい女神様が降臨して魔物を退治してくれたから、夜も安心して海に出られるようになったんだって。

へぇ〜って聞き流してたけど、その晩、薬師様が「素材〜!」「ごちそー!」なんて笑いながらマジックバックに魔物を入れてく夢を見たよ。

…まさか、ねぇ…


ギュンダルについて、職人ギルドに行った。

つても無い、他領の、名も知られてない道具職人に開かれる工房が、おいそれと見つかる事は無く。

一軒一軒工房をあたっては断られるのを繰り返し。

正直、これ以上、どうしようと心折れそうな時。

右手の中指に嵌めた指輪に支えられて、また、次の工房の扉を叩く。

路銀も心許なくなり、帰りの旅費を考えるともうギリギリ。

ギュンダル有数の魔道具の店に入ったのはせめて作品を見ておきたいと思ったから。

ギュンダルに来てわかったのは、リリエンブルクとの圧倒的な差。

今でこそ少しは魔道具が俺たち平民の生活にも根付いて来たと思っていたけど、ホントは全然、未だ未だだった。

夜道を照らす街灯が灯りの魔道具だとか、街の中央のロータリーにある噴水が魔道具だとか、リリエンブルクでは有り得ないレベル。


お店には沢山の魔道具がディスプレイされていた。

手にとってみても良いって、マジ?


一つ一つ作品を見ていく。

生活用品から装飾品、大きな物から小さい物、高価な物、お手頃価格の物…

「あったら良いなって物を作ればいい」

魔道具の店をやる事になって、でも、何作ればいいかも分からなくて。

そんな時、薬師様が言ったんだ。

「シグが欲しい物、あったら便利だと思うものを作れば良いんじゃない?」

「技術は後からついてくる。」

「道具は使ってこそだよ。」

「シグの作った道具が誰かをチョッピリ幸せにしたり笑顔に出来たら素敵じゃない?」

あぁ、そうだ。

何を焦っていたんだろう。

店が大きくなって、魔道具職人としてもてはやされて。

領都に行った時、ギュンダル製の緻密で高度な魔道具を見て自信をなくして。

答えは薬師様が最初に教えてくれてたじゃないか。

ふと目についたのは振り子のついた置き物。

「メトロノーム…」

ニケ兄さんの部屋にあるメトロノームと似ている。

魔素が充填されていないから魔石を押しても動かない。

少し魔素を流して動かしてみる。

カチッ、カチッ、カチッ、カチッ…

右、左、右、左…

どうしよう。泣きそうだよ。


「気に入った?メトロノームって言うんですよ!」

明るい声で話しかけられてビクッとする。

振り向くと年下の女の子がいた。赤毛のフワッフワッの髪の小柄な子。

「魔素を流す訓練に使うんですけど、ただ眺めてるだけでも落ち着きますよ…ね?」

話しかけたのが涙目の男って驚くよね。

慌てて溜まった涙を右手でゴシゴシ拭く。

「そうだね。落ち着くよね。」

取り繕って返事を返すが、なぜか、大きな目を限界まで見開いて俺の手を見ている。

なんだ?

全身ワナワナと震えはじめて、口をパクパクする。

えっ?何事⁈

俺、なんかした⁈

ガシッと腕を掴まれる。

「おとーさーん!来たーっ!シグが来たー!!ほんとに来たー!!」

店中に響く大声に度肝を抜かれた。


女の子に右腕にがっしりしがみつかれたまま、店の奥に引き摺られて行く。

え⁈えっ⁇

これって何⁇

なんなの?この子⁈

お店にいる人達の視線が痛い。



「アッハッハ」

俺の前には髭面の壮年の男性が2人。

何故か2人共凄く楽しそうだ。

「悪かったねぇ。驚いたろう。」

「あの子も悪気はなかったんだよ。」

さっきの女の子は興奮し過ぎて過呼吸になって、今は別の所で休んでいるらしい。

「はあ…」

何が何だか…

「さて、あらためまして。シグ君だね?リリエンブルクの。」

「え、何故それを?」

初対面、だよね?

「私はこの店の主人でフランツ・ガンナーと言う。こっちは弟のブラック、さっきの子は弟の娘でリアンナ。」

フランツ・ガンナー!

ガンナー商会の会長⁈

弟って、名工ブラック・ガンナー⁈

えーっ⁈

驚愕と一気に増した緊張で動けない。

「どうして君を知ってるかって言うのは、これを見た方が早いかな。」

ブラックさんは首にかけてた鎖を取り出す。

鎖についているのは指輪?

俺の指輪と同じ?


その昔、この地にやってきた薬師様が、色々あって仲良くなったブラックさんやリアンナさんに、いつかこれと同じ指輪を持つシグって子が来たら面倒見てやってねーって頼んでいったってのが真相。

詳しくは教えてもらえなかったけど、薬師様はガンナー商会の危機も救って、フランツさん達はとっても感謝してるんだって。

「シグって子は才能あるんだけど、いつかきっと行き詰まってここに来ると思うのよね。その時、困ってたら少しだけ手を貸してあげて欲しい」

ガンナー商会の恩人が望んだのはそれだけ。

薬師様、一体、何言っちゃってるんですか…

数年間、いつ来るか、今日来るかって待ってたけど、ちっとも現れないからどうしようと思っていたらしい。


ブラックさんの家に泊めて貰う事になった。

もちろん、弟子入りとかじゃない。

居候するだけじゃ悪いから、掃除や家事を手伝った。

リアンナさんは驚いた事に俺より年上だったよ。

魔道具職人歴も俺よりずっと長い。

仕事が休みの日は、俺をあちこちの店に連れ出してくれた。職人同士話していて楽しかったし教わる事も多かった。


ある時ブラックさんに頼んで作業場の隅を使わせて貰う。

ガラス工房の裏に捨ててあった割れたガラスを貰い廃材を組み合わせて風鈴を作る。

思い描く音が出るまで色々試しながら。

出来上がった風鈴はリアンナさんの誕生日プレゼント。

風に吹かれてチリンと鳴る風鈴は陽にあたってキラキラ輝く。プリズムみたいに壁や床に色が映る。

魔道具でもない、廃材で作った物だけど。

リアンナさんには喜んで貰えたと思う。


リリエンブルクに帰る事にした。

出立する日の朝、ブラックさんに作業場に呼ばれた。

魔石を渡されて魔素を流す様に言われた。

丁寧に魔素を流して行く。

魔石の外側をコーティングして魔素をとじこめる。

ブラックさんは魔石を受け取ると陣を掘り込んでいく。

俺に見せるようにゆっくりと。

出来上がったのは水の魔石。

名工と呼ばれる人の技術を目前で見た。

一彫り一彫り、力加減、角度、こんなにも違う。

「ありがとうございました。」

「おう。」

ブラックさんは仕事に戻る。

俺は深く一礼して作業場を後にした。


ギュンダルを出てリリエンブルクに帰り着くまでに、まだまだ色々あった。

リアンナさんが追いかけて来たり、もう一度ギュンダルに戻って結婚の許可をもらったり、乗合牛車の乗り心地の悪さに船の動力からヒントを得て車の発想を得たり。職人同士、あーでもない、こーでもないと話し合いながら煮詰めて行くのも楽しい。


兄さんたち、驚くだろうなー。

リアンナさんの指にはブラックさんから譲られたお揃いの指輪。


薬師様。

貴方の紡いでくれた縁がまた一つ繋がりました。


ほんとに、なんて、予想外の人だ。

シグーっ!

優しい声が聞こえた気がした。

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