新しい世界
界渡りから目覚めたらすぐに世界の有り様を確認する。自動的にはられる結界の外にどんな危険が潜んでいるかによって行動指針が変わるから。
普通に呼吸出来る世界ですこしほっとする。
魔素も、うん、結構な濃度で感じられる。
二度続けて魔素の無い世界で過ごしたからこれは嬉しい。
空になった魔石に魔素を補充しなくては。
まあ急ぐ事はない。
次の界渡りは早くて数十年後。
生態系に影響しない程度に魔素を集める時間はある。
結界を張ったまま辺りの探索のため意識を広げていく。
薄く広く。
私が現在いるのは深い森らしい。高い山に囲まれている。広葉樹って事は標高はそれほど高くは無いのかな。断定は出来ないけど。
ふむ。魔素を内在した生き物も結構いるわね。
どんな生き物かはまぁ後で実際に見てましょう。
山の内側に人工物らしき物は無さそう。山の外側は追々で良いか。とりあえず、半径100キロ位に問題になりそうな文明の気配は無い。
さて、仮の拠点をどこにするか。
うん、小さな湖?池?があるわね。魔素も濃そうだしあそこにしよう。
ふわりと宙に浮かぶと木々の上を飛び移動するとほとりに降り立つ。
森の生き物たちからの視線を感じつつ拠点を設置する。
一番小さなパオを指輪から出して地面に置いて、周囲に結界を張る。
天変地異位で破れない強度にしてから自分にかけていた結界を解く。魔素が濃いから楽でいい。
地面に魔素集めの陣を描く。
ブレスレットから空の魔石を幾つか取り出して陣に置いて置く。
明日までにどの程度魔素が充填されるか楽しみだ。
パオの中を簡単に整える。
今日は界渡りで疲れてるからもう寝よう。
明日からしばらくは周囲の探索だし。
淡々と初日のルーチンをこなし、寝台に横になる。
目を閉じて込み上がる想いに蓋をして世界の物音を聴きながら眠りについた。
界渡りから数十日が過ぎた。
この世界の事で色々わかった事。
この森の植生は魔素のある世界としてわりとノーマル。
魔素のある他の世界と共通する事が沢山ある。
魔素を完全に抜いてしまうと植物は枯れるし生き物は死ぬ。魔素を限界以上に濃くすると結晶化して死ぬ。結晶化した体は魔石に加工出来る。
魔素濃度をいじらず死んだ生き物の内臓は魔石になる。湖の底に魔石が沢山沈んでいるのはそのせいだろう。
湖や森に生息している生き物たちの肉は基本的に食べられる。
まぁ、中には毒性の強いものもあるけどね。
一日は大体30時間位。太陽が昇って沈んで又昇るまでを測った。今の季節は春から夏位。四季がどの程度あるのかはまだわからないけど。
結界を少し広げて畑を作った。ネックレスにしまってあった種や苗を植えてみた。魔素の無い世界の物だけどちゃんと育って、魔素ありの野菜が収穫できた。土壌や水にふんだんに魔素が在るから当たり前。
って事は、魔素の全く無い生き物はこの世界に存在しないって事ですね。
初日に頑丈な結界を張ったら朝起きたら結界の回りに数十の鳥や動物が倒れてた。
結界にぶつかって死んでしまったらしい。
狩りをする手間が省けたと思って2日目は解体に明け暮れた。
初見の全長十メートル以上の鳥やらウサギやら、蛇やら、牛っぽいのやら、調べながら解体するのは魔法を使っても中々大変で。
それからしばらくは付近にいる生命体の調査と素材集めを兼ねて毎日解体。一度解体した種類は自動で解体してアイテムボックスに収納されるように陣を書いた。
基本的にこのあたりにいるのは魔物だけみたい。
数日後結界に魔物除けの陣を描いて、その後は激突死する生き物はいなくなった。
探索兼ねて食糧事情を改善する為、湖の魚介類も色々採ってみた。
美味しかったのは五メートル位の鮭もどき。結構簡単に採れるので数十匹位ストックしておいた。一匹で数十人分の切り身になった。どでかい帆立みたいな二枚貝も気に入ったので確保。貝柱が一個数kgあるから大味かと思ったけどとても美味しい。貝の中に虹色魔石が入っていたのも嬉しい。
虹色魔石っていうのは陽の光にあたるとプリズムみたいに虹色に輝く魔石で、通常の魔石より魔素の純度が高い。
ちなみに私が身につけている3つのアクセサリーは最高レベルの虹色魔石を加工して作ったものだ。時空魔法を使ったアイテムボックス作成に虹色魔石は必須。
勿論簡単な魔道具なら普通の魔石でも十分間に合う。
生活魔法の魔道具ならビーズより少し大きい位の魔石で事足りる。
しかし、なんだね。
この周囲の生き物たちは魔素が濃いせいかみんなでかいね。
小人になった気分だよ。
ある程度拠点周囲の探索も済んだので、行動範囲を広げる事にした。
この世界に文明が存在するのかも調べなきゃだし。
山の向こう側を見に行こう。
転移の陣を拠点に設置してから山の頂まで行く事にした。
一番低い北の山から尾根伝いに回ってみる。
北の山の向こうは海だった。島影も見えない大海が広がっている。
ふむ。塩が手に入るって事ですね。海の幸も。これはちょっと、いや、大分楽しみだ。
西側は樹海。南側は砂漠。東側は山。
うーん。これって、文明があるにしてもそんなに発達した世界ではないって事かしらね。
東西南北手付かずの自然が360度って。
調味料とかも一から手作りしなきゃだめかしら。
今のところこの世界で過ごす分位のストックはあるけど、せっかく魔素が濃い世界に転移したんだから、出来れば数回分は転移先で困らない様に色々手に入れたいと思うわけです。
そんなわけで、まずは近海探索。
様々な魚介類や海藻類を手に入れる。
海水をろ過して水分飛ばして粗塩も作った。
湖のものとはまた違う魚介類を切り身にしたり干物や燻製にしたり。
海に飽きたら、森で採取。
美味しい食材収集は優先順位が高いのだ。
野菜、きのこ類、根菜、果実、森の中には様々な食材がある。
蜂蜜もどきをみつけた時は歓喜した。
実際は蜜蜂ではなくどでかい羽蟻みたいな魔物の巣だったが。
異界から持ち込んだ苗や種は生態系にどんな影響を与えるかわからないから、基本的に結界から持ち出さない様にしている。
だから世界探索の旅に出る前に、この世界の物だけである程度、食材や素材を揃えておきたい。
そんなこんなで採取とストックに明け暮れて季節を一巡りした。
ちなみにここにはちゃんと四季があり、100日位で季節が巡る。
多少の誤差はあるだろうけど一年は400日位ね。
冬には何回か雪が降ったけど積もることは無かった。
温暖な過ごし易い地方で良かった。
結界の中は一定の温度を保てるから中にいる分には暑い寒いは関係ないけど、採取なんかは雪や雨だとやりにくいもの。
この周囲の森と北の山向こうの近海は粗方探索したので、そろそろ次の段階に進みますか。
指輪のアイテムボックスの中に数十年は保つ量のストックも出来たし。
蜘蛛の魔物の吐いた糸から作った服とマントに着替えるとパオをしまう。
空間転移と結界の陣を刻んだ虹色魔石を地面に置いて、一年過ごした湖のほとりを離れる。
ここは気に入ったから拠点として残しておく。
魔石に魔素を充填したり、骨休めに帰って来る事を考え、お風呂や土魔法で造った家はそのまま。畑も一度すべての作物を収穫して成長に少し時間のかかる物に植え替えした。
この一年人に会う事はなかったけど、念のため結界は残しておく。
西の樹海の上を飛びながら全周囲に探査をかける。
敵意と人工物に反応するように。
暗くなると樹海に降りて夜営をする。
珍しい植物を採取したり出会った魔物をストックにしたりしつつ、のんびり進んでいくと大河にぶち当たった。
そこからは大河に沿って進む。
大抵、大河沿いに集落が出来るものだから。
大河に住む魔物達も中々興味深い。
ワニもどきの魔物からはかなり良い魔石が採れた。
樹海が薄くなり、草原に変わる辺りで、獣道とは違う痕跡を見つけた。
拠点を出て40日後の事だった。
道って言うか宿営地?
地面が均してあってカマドの跡がある。
あちこちに杭の跡があるのはテントを張った跡なのかな。
土地の記憶を辿る。
5日程前にここで夜営した者が数人いたのがわかる。
布や革製の衣類を着て、木製の台車に荷物を積んで徒歩で移動するのね。
武器らしい物も持っている。
剣に弓、ナイフ、鉈。
魔物を狩りに来たって感じ。
この辺りにいる魔物だと猪や鹿や熊もどきか。
怪我した者がいるらしく薬草で手当てをしてる。
魔法を使っている様子は無い。
数日毎に、人が来て夜営して去っていく。
皆、似たような感じ。
なるほどね。
これだけ魔素のある世界で魔法が全く無いとは考えられないけど、何かしらの制限があるのかもね。
この世界、大きい魔物が多いから人もどでかいかもと思っていたけど、皆二メートル以下。姿もいわゆる人族。彫りが深いし髪の色は茶色、金色、緑、赤。目の色は濃い茶色。肌は浅黒いけど日焼けしてるせいかな。
これならそうそう私の外見が浮くことはないね。
会話も拾ってみたけど、うん、ぜんぜんわからん。
まぁ、場面から類推出来るけど。
接触する前に意識を探って言葉や慣習を修得しよう。
数日この辺りで待ってればやって来る人がいるでしょ。
ここを観察出来て見つからない場所に移動しよう。
百メートル程離れた木の上で待機。マントに魔物除けのエンチャントがかけてあるから襲われることは無い。念のため認識阻害もかけて狩人達を待つ。
数日後、夜明け前に東から6人の集団が空の台車を引いてやって来た。
慣れた様子でキャンプ地を整えると、夜明けと共に森に入って行く。
小さな使い魔を飛ばして狩人達を観察。
森に入ってしばらくしたら狩人達は罠を設置したり、薬草を採取したりしながら獲物を探す。獲物を発見して、6人で連携しながら罠に追い込んで行く。昼過ぎまでに兎もどき2匹と鹿もどきを狩って、その場で血抜きをしてからキャンプ地に戻った。
キャンプ地戻った彼等は獲物を台車に積んで食事の支度を始めた。
ここで解体はしないのね。
何やら微妙な匂いを撒く道具を使い魔物除けにしている。小さな魔石がついてるから魔道具なんだろう。
食事は堅そうなパンと森で採取した実や植物と干し肉で作ったスープ。調味料を使っている様子は無かったから干し肉に塩味でもついてるのか。
食事が終わると2人残して辺りでごろ寝。
火の番と見張りを交代でするのね。
寝入った人達の記憶を観て行く。
彼等はここから数時間ほど離れた集落に住む。狩りと農業以外に目立った産業は無い100人に満たない小さな集落だ。似たような集落がこの地方にはいくつもあるらしいがほとんど交流は無い。開拓団として数年前に集落を作ったが、開拓はあまり進んでいない。集落から徒歩で1日程離れたところに1000人規模の村があって、そこに獲物の素材を買い取る店がある。更にその村から3日程のところには町があって役所なんかもあるらしい。年に一度役所から役人がやって来て税を取り立てていく。今年の取り立てまでに素材を沢山売って現金を作らないと税が払えない。去年農作物が不作だったから。
この国には王様や貴族様がいるが見た事はない。
王様や貴族は自分で魔法が使えるらしい。庶民は魔石を使った魔道具で魔法を使うが魔道具は高価だからそうそう買えない。
この地方の領主は町から一ヵ月位のところにある大きい街に住んでいる。領主の名前はリリエンなんとかというがよく知らない。王様は更に遠い王都にいる。この地方はサージカルというらしいが東の辺境と言う方が一般的。
貨幣は金貨、銀貨、銅貨、鉄貨。
鉄貨100枚で銅貨一枚。銅貨100枚で銀貨一枚。銀貨100枚で金貨一枚。
生まれてこの方金貨は見たことない。集落では基本的に物々交換だから納税以外で現金は使う場面はない。
町で一ヵ月一家4人暮らすのには最低でも銅貨80枚位必要。町では一番安い宿が一泊銅貨2枚、食事が鉄貨50枚位。
兎もどき一匹で銀貨1枚、鹿もどきで銀貨5枚、薬草は大きい籠一杯で銅貨50枚位になる。魔石は別途の買い取りで安い物でも銀貨1枚、物によってはもっと高額で買い取りしてもらえる。
集落の税の不足分が銀貨30枚位だからあと数回狩りを頑張らないといけない。
夜が明けてもう一度森で狩りを始めた男達に知識のお礼に狩りのお手伝いをそっとする。
狼もどきが狩人達を狙っていたから、石を飛ばし頭にぶつけて失神させた。
狩人達は驚いていたけど、失神した狼にとどめをさすと大喜びしていた。
狼もどきは狩人達だけではお互い無傷で狩れない危険な魔物だが、その分高く売れる。今回ほとんど傷の無い状態で棚ぼたで手に入れたこの狼は町で銀貨10枚にはなるだろう。
喜びあう狩人達から離れて、私は先に進む事にした。
狩人達の記憶から基本的なこの辺りの知識を得て、集落や村は避けて町に向かう事にした。途中人を見かけたら知識の補足をする。衣装なんかも浮かないように狩人の記憶にある旅人が着ている物に似せて変化させた。
荷物が全く無いのは不自然だから、狐もどきの革で肩掛け鞄を作った。
幾つもの世界を転移してきた永い永い時間の中、培ってきた魔法で魔素さえあれば大抵の事は出来るようになった。
何しろ時間だけは無限にあるのだから。
死ぬ事と思う通りに界渡りする以外の事はなんだって出来ると言って過言では無い。何をどうすれば死ねるのか、界渡りしなくなるのかは、さっぱりわかりませんが。
何しろ身体が蒸発しても木っ端微塵に粉砕されても再生するのだ。再生と回復の違いは過程にある。
回復の場合は苦痛は無い。
再生の場合、ほんとにねー、細胞一つ一つ再生する過程で死んだほうがマシって思いを延々とするのだ。
死なないけど。
そんな苦痛をこれまで三度経験した。
四度目が無い事を切に願っている。
界渡りは突然だ。
おそらく何かしらの条件があるのだろうが、それが何か見当もつかない。
数十年で起こる事も有れば、三千年以上間隔が開いた事も。
そもそも、同じ宇宙空間の別の星に飛ばされているのか、次元が違うのか、過去の世界なのか、はたまた、未来の世界なのかも、何もわからない。
全く違う世界にある日突然たった一人で飛ばされて生きていくしか無いってだけ。
何故、何のために?
考えて、嘆いて、呪って、憤激して、狂気に囚われた事も有れば、絶望に押しつぶされた事も有る。
そのあげくに受け入れた。
どうあがいても、何をしてもしなくても、それは起こる。
あらがいようがない。
永い永い時間の末に辿り着いた境地。
避けようの無い事だから。
生きていくしか無いのだから。
出来るだけ困難の少ない様に備えておく。
今回の世界は魔素がある。
空気があり、親しみの持てる動植物が存在して、人の創る文明がある。
易しい世界だ。
これまで過ごした世界の中には、不死と言われる種族もいた。
厳密には不死ではなく、寿命が長いだけだったり、特定の条件が揃うと死ぬ事もあったが。
異世界召喚の魔法が存在する世界もあったし、世界を超えて転生した人にも出会った。神と呼ばれる種族もいたし、私自身が神と称される事もあった。
界渡りがなぜ起きるのか、ただの人として生まれた私が何故不老不死になったのか、いくら調べても誰に聞いても答えは出ない。
世界を巡る。
世界の移りゆく様を俯瞰しながら。
気の向くまま、時に交流を持ち、出会いと別れを繰り返して。
そうして今日も私は生きていく。