869.偉大なる英雄VS殺意の権化
「本当に何も居ないな」
ひたすら広い一本道を駆けるも、モンスターもプレーヤーも、遠目に見掛ける事すら無い。
「“大地弾”」
道の左側に向かって放つと、土が剥き出しの地面から三メートルほど離れた辺りで見えない壁に直撃。
「見えない壁ってのは、地味に厄介なんだよな……なんだ?」
土の地面が円状に広がっている部分に差し掛かる。
「――ようやく来たわねぇ!」
正面奥で紅い光が立ち昇り、長い黒髪の女の姿に変わっていく……身体が動かなくなった?
「お前が、チートNPC?」
「お前とか生意気言ってんじゃないわよ、クソプレーヤー!」
端整な顔が、一瞬で醜悪に歪んだ……。
「私はチートNPC、メアリー・スーの一人!」
メアリー・スーの一人ってことは、隠れNPCと違って、同じタイプが複数居るのか……メアリー・スーね。
前に見た奴と、髪型とその色以外はよく似ていて、着ているドレスもピンクではなく青という違いしか無いように見える。
ただし、武器は細剣ではなく、両手に身に着けたガントレット。
「ルール上、仕方ないから私のチートスキルを教えてあげるわ!」
わざわざチートなんて言うんだ。例の〔全反射〕に匹敵するスキルのはず。
「よく見ておきなさい――〔殺意の波動〕ッ!!」
黒いオーラを全身から吹き出し、目が白くなって髪は逆立ち……全身ムキムキのマッチョになってしまった!!
『ハハハハハハハ!! 今の俺のステータスは、全て三倍。全ての攻撃の威力二倍。全ダメージ半減となるのだぁ!!』
声音が、完全に野獣のそれ。
『全てのOPと引き換えに発動し、発動中はOPが回復しなくなるが、些細な事よ』
一人称と口調も変わってるな。
「持続時間は?」
返事を期待せずに尋ねる。
『無い――俺の気分しだいだ!』
……斜め下の答えをありがとう。
『さあ、始めるぞ!!』
身体が動くようになる!
『死ねぇぇ!!』
“超噴射”なみの勢いで、ゴリマッチョが突っ込んで来た!!
「――“拒絶領域”!!」
早過ぎる初撃に、日に二度しか使えない貴重なスキルを使用する羽目に!!
「出し惜しみしてられないな」
背の“サムシンググレートソード”を抜いて、十二文字刻む。
出し惜しみ云々はブラフ。
どんな形でかは判らない物の、今の俺は大勢の人間に見られていると思った方が良い。
隠れNPCや使用人NPCにも見られている以上、ライブラリに記載されない精錬剣のアドバンテージはデカい。
俺はこのクエスト中、できれば精錬剣は使用しないと決めている。
「“大地支配”!!」
『――ハァァァァッッ!!』
岩石の杭を無数に飛ばすも、纏う黒い噴出オーラだけで砕かれた!?
『俺の攻撃を防ぐなんて――生意気が過ぎるぞぉぉ!!』
「お前の方が生意気だよ」
このブーメラン会話、弟と喋っている気分になって反吐が出そうだ。
『どりゃぁぁ!!』
“見切り”を意識して、大振りの徒手空拳を避け続ける。
敵が懐に飛び込んで来ている今は、本来はカウンターで返り討ちにするチャンスなのに、生半可な反撃ではこっちが死ぬことになると勘が告げて来やがるし!
「“神代の盾”――シールドバッシュ!!」
神代の力を込めて炸裂させ、後退させる。
『――太陽拳!!』
ガントレットの能力なのか、球体のエネルギーとして飛ばして来ただと!?
『“太陽砲”!!』
――根性で回避した直後、背後から仕掛けられた!
「クソ!」
待機させて置いた“ウェポン・クラスター”を思念で呼び寄せ、エネルギーの奔流を受け消させる!
『技崩系の能力か』
今のは“技崩のバステロイドソード”の能力で、“太陽砲”を問答無用で打ち消させた。
『“太陽法術”――ソーラーバレット!!』
「無駄だ」
魔法の散弾は、“ウェポン・クラスター”に全て吸い込まれていく。
“フリーリー・オービットソード”の他、“魔術師殺しの剣”、“竜殺しの大剣”、“効能狩りの剣”、数合わせの計六振りを組み込んだ防御系、メタ特化となっているのがこの“ウェポン・クラスター”の正体。
『メタ大剣ガン盛りのクソ武器かよ!! ……だったら、直接ぶん殴ってグチャグチャにしてやるしかねぇなぁぁ!!』
などと奴がふざけた事を口にしている間に、新しい装備を“偉大なる英雄の天竜鎧”の左腕に装着した。
『“マルチギミックの偽腕”?』
銀の機械仕掛けの巨腕は、俺の左腕と完全に一体化している。
『そんなAランク装備如きで、どうにかなると思ってるのか? ――舐めるなぁぁッ!!』
正面から突っ込んで来るか。
「“偉大なる黄金の翼”、“飛翔”――“超噴射”!!」
剣を捨て、鎧に十二文字刻んだ状態で突撃――正面から拳をぶつけ合う!!
「――大地拳!!」
『――太陽拳!!』
ゼロ距離武術のぶつけ合いに、肩がぶっ壊れそうな痛みに襲われるッ!!
「神代の力を流し込んだのに……」
威力はほぼ互角なものの、肉体強度の差で俺の方がダメージを受けているようだ。
魔神・門番から得たサブ職業、“専門職”の能力で、戦士である俺の武術の威力はかなり上がってるんだけれどな。
『太陽――大輪拳!!』
メタ“ウェポンクラスター”では武術を霧散できないため、弾き逸らさせた!
「魔人大輪拳――“稼働拳射”!!」
“マルチギミックの偽腕”の能力の一つを行使し、偽腕の前半分を――ロケットパンチを発射!!
『“殴打撃”ッ!!』
再び、正面から拳を打ち付け合う形に!
「“回転”――“拳腕噴射”!!」
『や、やめ――』
スキルの重ね掛けで威力を激増――アトミックパンチで、メアリー・スーの右腕を挽肉に変えた。
『――ギャアアアアアアアアッッッッ!!!!』
「ハアハア」
まさか、序盤からこんなに消耗させられるとは。
『――“瞬間再生”ッ!!』
「おいおい……」
アルファ・ドラコニアンと同じ能力を。
『殺……してやる――殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる――コロしてやるぅぅぅぅッッ!!』
「……マズいか」
戻ってきた“マルチギミックの偽腕”の損傷が酷くて、今にも装備が解除されそうだ。
「――噛み合わないな」
“六腕”のように多く、“大地肩腕”のように使いやすく――神代の力のぶつかり合いにも耐えられて、様々な戦況に対応できるような――――万能な偽腕が欲しい。
「……あれ?」
いつの間にか、“マルチギミックの偽腕”がシルバーからブラウンゴールドカラーとなり、形状も変化――“偉大なる修羅の原子腕”へと変わっていた。
「……我ながら、欲深だな」
頭に流れ込んでくる多機能に、理解が追い付かない。
『太陽大輪拳ッ!!』
左腕のガントレットは魔術師殺し系っぽいデザインだからか、右腕に着いていたガントレットのように武術を飛ばしてこない。
「――来い」
“偉大なる修羅の原子腕”にのみ、十二文字を刻む!
「“神代の拳”」
『死ねよ――虫けらぁぁッッ!!』
三度猛スピードで迫ってくるメアリー・スーに対し、俺も“超噴射”と“飛翔”で前へ!!
『――――ゴハッッッ!!!?』
俺の左拳が、先にメアリー・スーの腹を抉り上げるように打ち抜いた。
「――“稼働拳射”」
原子腕の前半分を飛ばし、上空へと打ち上げる!
『た、助け……許し――』
「――魔人大輪拳!!」
ゴリマッチョと化していたチートNPCが爆発四散し、光へと還っていった。
「……ハアハア、疲れた」
今回のクエスト、予想以上にキツい……。




