866.触れられたい
「本当に良いのか?」
「ええ、やって」
精錬剣を試すため、私はコセと一緒に館の外へ。
なぜか、クミンも付いてきたけれど。
「……」
“名も無き英霊の劍”を構えるコセ。
「――“超同調”」
コセと私の意識が、ジンワリと溶け合い始める。
「……止めないで」
表層意識よりも先に進もうとしないコセ。
「解ってるのか? これ以上先に進んだら……」
「穢される覚悟なら出来てる」
「穢されるって……まったく」
コセが、私の中に深く入ってくる。
無理矢理覗き込まれているような不快感が、私の中からコセを排除しようと反応しそうに!
「落ち着け、ミキコ」
コセの強くて優しい声音に、少しだけ安心感が広がっていく。
やっぱり、デカ鰐との戦いで至った境地が、昨日の件で揺らいでしまっている。
「……来て、コセ」
――十一歳の時だった。
私をよく可愛がってくれていた叔父が、私の身体をベタベタと……常識的に、触れてはならない女性の部分を触れてくるようになったのは。
それが気持ちよくて、気持ち悪くて……恐くて拒めなかった。
でも、ダメなことをされているっていうのはなんとなく解っていたから……私はある日、勇気を出して母親の後ろに逃げ込んだ。
その日以来、叔父は家には来なくなった。
それから月日が立ち、私は他の女子よりも男子に対して、距離を取っていることに気付く。
それどころか、男性に強い嫌悪感を抱いている事にも。
気を抜くと、罵詈雑言を浴びせたくなる衝動に駆られてしまうくらいには、私は男子が……男性嫌いになっていた。
仕方なく触れなければならない時なんて、叫ばないように自分を律するのに、途轍もないストレスを感じずにはいられなかったくらい。
思春期真っ只中になると症状はどんどん酷くなっていって、男が視界に入ったり、声が聞こえてくるだけでも頭がおかしくなりそうで……。
テレビやネットなんかで、お尻や胸をちょっと触られたくらいで大袈裟とかいう話を耳にしたりすると、コイツらには人の心が無いんだって嫌でも理解させられた。
一度、友達に打ち明けた事があった。
自分が叔父にされて、それからどんどんおかしくなっていった事を。
その時に返ってきた言葉は、「そんなことくらいで?」だった。
悩みがあるなら聞くって言うから、勇気を出して打ち明けたのに……。
その後間もなく、友達だった子は私と距離を置くようになり、次第に私を異常者扱いする話を広めて……私は不登校になった。
学校を休んでも、家には父親がいて不快だった。
父親が入った後の湯船には入れなかったし、トイレだって別にして欲しくて、おまるか何かを本気で買おうかどうか悩むくらいにはイライラして……。
私が不登校になって暫くすると、両親からは陰口まで叩かれるようになり……不登校になった理由も聞かず、私の気持ちに一切寄り添おうとしない身勝手な言い分に感情が爆発して――私はなんで自分がこうなっているのか、父親の弟に何をされたのか、全部ぶちまけてやった。
「ねえ、コセ。その後、私の両親はどうしたと思う?」
「……何も、しなかったんだろ」
「フフ……普段、常識がどうのとか人一倍気にいている親のくせにね」
そう、何もしてくれなかった。
親に何が出来たのかとも思うけれど……せめて怒って欲しかったのに……アイツらは沈黙して、しかも無意識に記憶から抹消することを選んだ。
私の告白から数日後にその件を恐る恐る訊いてみたら、本気でなんのことか分からないって反応をされたときは、愕然としたものよ。
自分の両親が、こんなにも弱くて情けない人間だなんて思わなかった。
その後間もなく、私はダンジョン・ザ・チョイスの世界へ。
一人で苦しむ方を選択して、暫くは一人で攻略を続けて……私は敬愛できる人物、タマコ様に出会った。
私の苦しみを理解し、受け入れてくれたタマコ様。
でも、一緒に居れば居るほど、私と《ザ・フェミニスターズ》の皆との隔たりが見えてきて……神代文字を刻めるようになった頃には、ここは違うって感覚が、ハッキリと付きまとっていた。
それに私は……タマコ様が抱える苦しみに、目を向ける事が出来ていなかった。
私に、誰かの苦しみを受け止めてあげるだけの余裕が……強さがあったら。
「あんたって……こんなに背負ってたんだ」
手を出した女の人生に、こんなにも真摯に向き合って……ついでに、一途なところがあるっていうのも……複雑だけれど、ちょっとポイント高い。
二人の意識が、意志が――剣の形に収束していく。
「堂々たれ――“雄偉なる威風の単刀直入”」
コセの手の中に、私の意志を彼の器の形に押し包んだ――偉大なる威風の剣として顕現!
「……出来た」
コセが……私を受け止めてくれたんだ。
「ミキコ!」
剣を消し、よろけた私を支えてくれるコセ。
「……やっぱり、嫌じゃない」
「大丈夫か、ミキコ?」
「ねえ、いっぱい触って」
今のコセになら、私の言葉の意味が伝わっているはず。
「おっぱいとか、お尻とか、太股とか」
コセの手を取って、左太股に触れさせる。
「いや、さすがにここじゃ……」
クミンが見てたの、忘れてたわ。
「……私の部屋……行こ♡」
耳元で小さく囁くと、コセにお姫様抱っこされて、“砦城”へと一直線に連れて行かれる。
「おーい、ミキコー! どこ行くんだよー!」
あ、ザッカルとの約束、すっかり忘れてた……けど、ま、いっか♡
●●●
十六時、大規模突発クエスト開始十一分前になる直前。
「僕が参加するわけじゃないのに、緊張してきちゃった」
キャロルが、心にも無さそうな事を。
全員が食堂からキッチン、リビングに掛けて集まっている状況……食事の時ですら手狭に感じるのに、全員が武装しているとさすがに圧迫感が。
「行ってらっしゃいませ、ユウダイ様」
「気を付けて、ご主人様」
ナターシャとトゥスカを皮切りに、次々と送り出す言葉が。
「マスター。あの魔剣は万が一の切り札として渡した物だから、必要が無ければ使わなくて良いからね」
「ああ、解ってる」
メルシュに優しく微笑む。
○第四回大規模突発クエスト、開始十一分前となりました。
○参加者以外の方の転送を、先に開始いたします。
俺とバトルメイド化していない使用人NPCだけを残し、皆が一斉に消える。
《また留守番か。つまらんのう》
テーブルに乗るシンク。
「見付かったらヤバいんだろう?」
《多分な。とはいえ、私の相手をまともにしてくれるのがモモカだけでは……飽きてしまうのだが》
「バニラだって相手してくれるだろう?」
《オモチャのように扱われるのだぞ! まったく、アイツはいったいどんな教育をしていたんだ!》
バニラの育ての親である、柳眉な星獣の事を言っているのだろう。
簡単にだけれど、俺達の軌跡は一通り説明してある。
「無茶言うなよ。会話すらできない関係だったんだから」
フランクだからなのか、星獣であるシンクに威厳を感じなくなってきてるな。
「……このクエストが終わったら、暫く攻略は休もうと思う」
まあ、明日も忙しそうだけれど。
《そうか、気を付けるのだぞ》
「ああ」
なんて言うか、近くに気安く話せる相手が居るのは良いな。
異性でも同性でもない、マスコット味のある人外って立ち位置が、俺にはちょうど良いのだろう。
○時間です。参加選手の転移を開始します。
「それじゃ、行って来ます」
《おう……いってらっしゃい》
ぎこちないいってらっしゃいに、少し笑みがこぼれた。




