851.招かれざる客
「“昼夜逆転”」
“亜流手鍍人名覇砥”のサブ職業の力で、一時的に私だけ、午後と午前を入れ替えた状態に。
これで私は、“亜流手鍍人名覇砥”のもう一つのスキル、“究極の夜”が適用状態に。
「“三重魔法”――“暁光魔法”、デイブレイクレイ!!」
深き山森ルート終盤で立ちはだかった、古生代モンスターの群れをまとめて叩き潰す!
「“究極の夜”の効果で、本当に“古代の力”が発動しなかったみたいね」
「そこに、“殲滅のノクターン”で威力が倍化した魔法の直撃か。“古代の力”が無ければ、以外と脆いのだな」
ユリカとレリーフェが、吞気に分析しているし。
「さっさと行きましょ」
杖から鎌に持ち替え、山を下っていく。
「あら、もう終わり?」
古生代モンスターを退け続けるのは面倒だったけれど、意外と楽に辿り着けたわ。
「今……」
声にならない声で、誰かに呼ばれた?
「どうしたの、カナ?」
「さっき、何か聞こえなかった?」
声を掛けてきたユリカに尋ねる。
「……聞こえなかったと思うけど?」
「なら……気のせいかしら」
「では、一度戻って皆さんの状況を確認しましょう」
ドライアドのヨシノに促されるまま、私達は魔法の家に戻ろうと領域を鍵で繋げ――
「何か来る!!」
安全エリアであるにも関わらず、何かが急速に飛び込んできた!?
「“四重・暗黒球”!!」
進軍を阻もうと四つの暗黒の球を配置するも、減速すること無く避けられ――魔法の家の領域に入られた!?
「まずいです!」
「急いで追いましょう!」
スゥーシャとタマが真っ先に突入していく。
「ク! 本当にマズいわ!」
先に戻っている連中は、敵が入り込むなんてこと、ろくに予想なんてしていないはず!
●●●
「ハアハア、ハアハア」
今日の攻略中に思いついた事を頼りに“ウェポン・クラスター”で試行錯誤していたら、だいぶ消耗してしまった。
「ご主人様、そろそろ休まれては?」
「感覚的には、もう少しなんだよな……組み合わせを変えて見るか」
“ケラウノスの神剣”を外して、代わりに――なんだ?
「ご主人様、妙な感じがします」
「トゥスカもか」
自然と同じ方向を警戒している……偶然じゃない。
《人間に遭えた勢いで、考えなしに動きすぎたか》
頭に声が響くこの感じ――アルファ・ドラコニアンなのか!?
「誰だ!!」
臨戦態勢で警戒する!
《……私の声が聞こえているのか?》
予想外の、驚いているような感情が微かに伝わって来た。
「何者だ!」
《こっちだ、こっち!》
十数メートル離れた辺りから、小さな黒い影がピョンピョンと跳ねながら近付いてくる。
「ご主人様、どうします?」
「まずは正体を見極める」
どうやって入り込んだのか突き止めないと、同じような事が起きかねない。
《そう警戒するな、異世界の人間よ。私の声が聞き取れているのなら、敵意が無いことくらい理解できるはずだ》
現れたのは、真紅の鎧に身を包む……翼の生えた小竜?
「……もしかして、星獣なのか?」
アルファ・ドラコニアン以外で声が頭に響いて来たのは、二体の星獣くらい。
《おお! 星獣の存在を知っているの――》
バシンと、一瞬で叩き伏せられる真紅の小竜。
《な、なんだぁ!?》
「アウアウ~♪」
猫が玉を転がすように、叩き伏せた小竜を転がして遊びだすバニラ。
「……バニラー、取り敢えずやめてあげて」
後ろからバニラを抱きかかえ、トゥスカに預ける。
「アウアウアウッ!!」
バニラのオモチャ返して! とか言ってそう。
「ごめんね、バニラ」
トゥスカが頭を撫でると大人しくなる……ああしてると親子みたいだな。
《酷い目にあった》
「で、実際は何者なんだ、お前は?」
と訊いたところで、モモカやジュリー、カナやユリカ達が慌てた様子で集まってきてしまった。
《……私は星獣、その分身体だ》
★
急遽、この日の魔神戦を取りやめ、夕食前に全員を食堂に集めた。
《初めまして、人間達よ。私は、五体の星獣が一角である》
テーブルの上で話し始める星獣……。
「名前はなんて言うんだ?」
《我等に名など無い》
普通に困るんだけど?
「勝手に決めて良いか?」
《失礼の無い物であれば良かろう!》
「じゃあ、シンクで」
真紅のボディーからの連想。
《意味は判らんが、悪くない響きだ。それで行こう!》
これまで出会った二体に比べると、随分とフレンドリーだな。
「……ねえ、本当にソレと会話できてるの?」
怪訝な顔で尋ねてくるクミン。
星獣を知らない面子にメルシュ達が直前まで説明してくれていたみたいだけれど、当然の如く疑われているらしい。
「ああ。彼の事は、シンクと呼ぶ事になった」
「それで、なんでここに侵入してきたのかしら?」
人一倍警戒しているカナからの質問。
《デルタから身を隠し続ける事にも飽きてな。気付かれないよう、分身体を使って暇潰しでもしようと適当にブラブラしていたら、そこのエロ仮面嬢ちゃん達を見付けてな》
シンクの声が聞こえないメンバーのために、俺が通訳……エロ仮面嬢ちゃんの部分は省いて伝える。
《私の声に少し反応していたようだから、置いていかれぬよう、思わずこの領域に飛び込んで来てしまったわけだ》だそうだ」
「それで? 私達はこのゲームをクリアして、ダンジョン・ザ・チョイスその物を終わらせるつもりだが?」
ジュリーからの問い。
《ついてきたければ、何かしら貢献しろという事かな? さすがに、この分身体では大した事はできんぞ》だそうだ」
「とはいえ、本体で行動するのはマズいのだろう?」
今度はルイーサ。
《本体の存在を捉えられると、この世界のルールに縛られかねんからな。今現在は、六十ステージという場所で結界に閉じこもっている状態だ》だそうだ」
バニラの育ての星獣も、同じような事を言ってたな。
「どうにかできないのかい? メルシュ」
シレイアがメルシュに尋ねた。
「……要は、観測者に利用されないように別のルールに縛られれば良いんじゃないかな?」
「例えば?」
「テイマーのサキが“魔物契約”するみたいに……まあ、星獣はモンスター扱いじゃないみたいだから、この方法は無理だろうけど」
「……メグミちゃんのユニークスキルならどうお?」
サトミの言葉に、食堂内が静まり返る。
《なんなのだ、それは?》だそうだ」
「メグミぃ、試してみたらどうですかぁ?」
クリスが促す。
「フム――“竜陣”」
紅い魔方陣が出現する……が、どうにもならない。
「メグミの“星竜核”は、倒したドラゴンを取り込むという能力だ。このままでは意味ないだろう」
フェルナンダからの指摘。
「なら、いったん殺すか」
《分身体とはいえ止めてくれ! ここまで来るのに苦労したんだぞ!》だそうだ」
本当に、他の星獣よりも人間くさい奴だな。
「そもそも、星獣って呼ばれているのにドラゴン判定になるの?」
ユリカの問いに、全員の視線がメルシュへ。
「……システムと関係のない星獣に関しては、私にも判らないから」
さすがの“英知の引き出し”でも、イレギュラー的な存在である星獣絡みは判断不能と。
「そもそも、貴方はどうしたいのですか?」
クマムがシンクに尋ねる。
《暇なので、この分身体で同行させてくれ。ゲーム攻略とやらには協力できんが》だそうだ」
「協力できないとは――攻略には参加しないという事でしょうか?」
ノーザンの冷ややかめな声音。
《分身体とはいえ、デルタに見付かるのは避けたいのでな。この魔法の家の領域とやらには奴らの目はないようだし、君達の健闘をここで祈らせて貰おう》だそうだ」
……只の居候じゃねぇか。




