850.火花の幻
「オリャーッ!!」
デカい剣と鈍器みたいな盾を振るい、バチバチと鳴るデカい木の実を叩き潰してくれる美女。
「そんなに慌ててどうしたのだ、ヌルン?」
名付け親のロフォンが、僕のパーティーの新入りに尋ねた。
「さっきのは“バチバチシェード”。バチバチと鳴り始めた五秒後に爆発するんだよ……ていうか、我の名前はもう少しどうにかならなかったのか? ロフォン……」
呆れとイラつきが混じった眼光で、自分の契約者を睨むガイアソルジャーの隠れNPC、ヌルン。
「うん? 似合ってるじゃないか」
この辺のセンスがね、ロフォンはアレなんだよね~。
「……おい、リーダー」
「僕に言われたって困るし」
僕だって、名前自体は悪くないと思ってるしね……目の前の彼女には似合ってないけれどさ。
「ロフォンのネーミングセンスはともかく、さっさと進むわよ」
クミンの仕切りに従って上り坂を進んでいくと、段々と平坦な地面へと変わっていく。
「フー! 良い景色」
山の頂上に出たのか、どこまでも続く青々とした山々が目に入る。
「二つ目の安全エリアまで、難なく着けたね~」
シレイアさんの言葉。
「なんというか、ここ数ステージの中では拍子抜けするくらい楽だったわね」
クミンもそう思ってたかん。
「ちょーっと、楽すぎて怖いよね~。それなりに特殊宝箱もあったし」
まだ夕方前だけれど、この時点で三分の二も進めてるとかさ。
「残り三分の一。ここからが本番らしいから、気を引き締めないとね」
「やっぱそうなんだ。よろしくね、クミン」
「アンタがリーダーなんだから、本来はアンタがメルシュの説明を聞かなきゃいけないんだからね?」
「クミンがこのパーティーの参謀なんだから、別に良いでしょう~」
僕、細かいこと憶えるの苦手だし~。
○○○
「“恒星の大犬”!!」
煌々と輝く犬がリンカの槍、“白色恒槍シリウス”から放たれ――“黒鬼”に食らい付き、身体の半分を一瞬で噛み千切った。
「まだまだ!」
下山中に出現したBランク以上の多種多様な陸上モンスターの群れを、“恒星の大犬”が次々と仕留めていく。
「張り切ってんね、リンカ」
声を掛けてくるコトリ。
「張り切ってるっていうか、ちょっと自棄になっているように見えるんだけど……」
昨夜の突発クエスト後から、リンカから妙に焦っている感じが……。
「この辺の特殊宝箱からの回収、終わりました」
ケルフェとタマモが、森林から戻ってくる。
「おい! そろそろ後退しとけ、リンカ!」
ホーン族のエトラが叫ぶ。
「まだ行けるわ!」
両手にそれぞれ槍を握り、器用に操ってモンスターを仕留め続けるリンカ。
「クッ!!」
“アルミラージ”の不意打ちに、シリウスが弾き飛ばされた!?
「――“大氾濫槍”ッ!!」
すぐに立て直し、トロル、グレートオーガ、バーバリアン、ワイルドワーウルフ、グラップラーベアーまで、次々と必死に片付けていく姿は……痛々しくも美しい。
「さすがに、そろそろ限界そうね」
このままじゃ、いつまでも進めそうにないし。
「少々、強いのが来ましたえ」
モンスターの群れを薙ぎ払いながら現れた巨軀のモンスターの一撃に、余波だけで吹き飛ばされてくるリンカ!
「“レジェンダリー・ミノタウロス”。レジェンダリーの中でも、総合能力は高めのやつやね」
「時間を掛けてはいられませんね――オールセット2」
偽レギを手に、素早くリンカの前に出る馬獣人のケルフェ。
「気合え――“雄偉なる剛直の気魄の如く”!!」
ケルフェらしい、地味で実直そうな大剣が権限する。
「“随伴の剛直”」
“レジェンダリー・ミノタウロス”の斧を、吹き荒れるエネルギーで受け止めるケルフェ。
「――はああああッ!!」
触れることない剣の突きから放たれた一撃に、額に赤い宝石持つ黒ミノタウロスが吹き飛ばされる!
あれが、ケルフェの精錬剣の能力……シンプルに強そう。
「“砂鉄大地剣術”、アイアンサンド――グランドスラッシュ!!」
高速の踏み込みと共に振り下ろされた一撃により、“レジェンダリー・ミノタウロス”が消滅。
「これが精錬剣……神代文字無しで」
私が治療している横で、何か浮かれているように見えるリンカ。
これまでにだって精錬剣の力を目の当たりにする機会はあったのに……やっぱり、昨日の突発クエスト中になにか、リンカの中で大きな変化があったんだ。
「まったく……」
契約者である私が相談に乗ったりするべきなんでしょうけど……こういうの苦手なのよねぇ……。
●●●
「これで、転移してから六つ目の滝ですね」
空中を歩いて河を下ること数時間、ようやく五十八ステージの終わりが見えてきた。
河から魚モンスター、鋭利な鰭を持つ“ブレイドフィッシュ”が一斉に飛び出して来る!
「“煌々たる雲海の黄昏”!!」
突っ込んでくる魚共を、煌めく暗雲の中へと突っ込ませて自滅させていく。
「“天雷王剣”! “神鉄王剣”!」
自分だけ浮遊剣が無かったナターシャが二本の大剣を操り、雲海を逃れたブレイドフィッシュを二枚に卸してくれる。
「ありがとう、ナターシャ」
「どういたしまして、トゥスカ様」
笑顔で返してくれる彼女に、改めて違和感。
これまでの彼女なら、すまし顔で「当然の事をしたまでです」とか言いそうなのに。
ご主人様達と共に六つ目の滝の下、そこから十メートルほど進んだ岩の上に降り立つ。
「メルシュ、ポータルがありませんが?」
「五十八ステージの大詰め、モンスターの大群との強制戦闘が始まるよ!」
そんな話、聞いてませんけど?
「サブ職業セット2――“鋼の騎士団”!!」
二十体の鋼マネキンが出現し、私達を囲うように陣形を組んだ? ――直後に、水面に無数の気配!
「“ブレイドフィッシュ”に“魚雷フィッシュ”か」
マネキン達の“ロイヤルロードシールド”に激突した魚、そのおよそ半数が次々と爆発していく!
「“大地肩腕”」
「“火山弾”!」
「“混沌弾”!」
ご主人様を始め、各々が魚モンスターに対処していく。
「――黄昏脚!!」
マネキンの包囲を飛び越えてきた“アトラクトサーモン”を、橙色の脚甲、“荒野の黄昏に歩みは止めず”に三文字刻み――蹴り殺す!
“爆走のロイヤルグリーブ”に代わる私の新たな脚甲は、黄昏系統の威力を上げてくれるのです。
「……凄いですね、ナターシャ」
ロイヤルマネキン達が、それぞれバラバラかつ柔軟な動きで、的確にモンスターに対処している。
彼女が身体を乗っ取られた際に手に入れた後遺症ユニークスキル、“多重並列思考”のおかげなのだろう。
“鋼の戦士長”との親和性もあって、彼女は今二つのユニークスキルを所持している。
「ここから更に数が増える――出番だよ、シューラ! 守護神を使って!」
「あいよ――“守護神/果心居士”」
シューラの背後より、オレンジ色の布を巻き付けたような、上半身だけの人物が現れる。
「――御神火の火花を散りばめな!」
魚だけでなく、ザリガニタイプのモンスターまで周囲から現れだした頃、この岩場の周囲一帯を幻想的な火花が包み込む。
“守護神/果心居士”の能力は、自由自在の幻だという。
その能力を気に入ったシューラが、わざわざ“守護神の指輪”を装備してまで使い出したのだけれど……なんの殺傷力もない果心居士を、わざわざなんでとは、当初思っていた。
「――“有象嘘象”!!」
幻を本物に換えるあのスキルとの組み合わせを知るまでは。
大量に現れていた水棲モンスターが爆発するように火花で黒焦げとなっていき、ようやく襲撃が止む。
「まだ居るな」
ご主人様が、偽レギを構えた!
「来る!」
下流の水面が一気に膨れ上がり――巨大なワームが突っ込んできた!?
「“レジェンダリー・スチールバグ”!? ――マスター!」
「遍く世界よ――“雄偉なる世界は祝福を謳う”」
リエリアとの精錬剣を顕現した直後、青き雷を浴びせて動きを止めるご主人様!
「“青雷大地剣術”、ブルーサンダー――グランドスラッシャー!!」
神代の力も込められた一撃で、黒い鋼鉄の巨大ワームを切り殺してしまう!
「お、今のがポータルを出す条件だったみたいだな」
岩場の中心に、見慣れた装置が出現する。
「じゃ、一度館に戻ろうか」
メルシュの言葉に従い、夕刻の空を背に私達は帰還した。
新たな精錬剣……ご主人様は、どんどん前に進んでいくな。




