844.巨骨村
「……メルシュ」
突発クエストの様子を、謎の黒い異空間に用意されたソファーに座りながら見ていた。
あれほど俺に使うなと言っていた赤い神代文字を二十四も刻んで、あのアルファ・ドラコニアンを圧倒していくメルシュ。
劣等種や出来損ないなどと口穢く罵るその姿は、俺が神代文字と深く繋がって、自意識が希薄になっている時と重なる。
「メルシュ……お前は」
何かを隠しているとは思っていたけれど、今回の件でハッキリした事が一つ。
少なくともメルシュは、ナターシャたち使用人NPCのような、作られたAI人格じゃない。
「ご主人様、メルシュはいったい……」
「…………」
やがて、クエストの終わりが告げられる。
◇◇◇
『……な、なんだったんだ、アレは……』
隠れNPCが模造神代文字を使える? そんなバカな!
元人間から隠れNPCになった奴等ならともかく、なぜトライアングルシステムから作られただけの人格AIにあの力が扱えるんだ!
『こ、この事を一刻も早くお伝えせねば!』
でなければ、俺に無能の烙印が押される!
『その必要は無いよ、スティーブン』
『……お、オッペンハイマー様……なぜここに……――』
そうだ……ワイズマンの女から感じたあの怖気は、時折オッペンハイマー様から感じていたアレに酷似し――
『スティーブン。非常に心苦しいのだが、今回の突発クエストの映像は、私が許可するまで公開しないで貰えるかな』
『……へ?』
『君に試験的に使って貰った例の隠れNPC、メアリー・スーは次の大規模突発クエストの目玉の一つ。視聴者には、まだ伏せて置きたいのだよ』
『そ、そうですか……わ、分かりました……』
結局、NPCを一体も葬れぬまま色々プレゼントしてしまった形だ……私としても悪くない話。
『そういうわけだから。頼んだよ、スティーブン』
●●●
突発クエスト終了後、俺達は魔法の家の領域に戻り、ひとまずは休息を取ることに。
「……ユウダイ様?」
深夜、ようやく目覚めるナターシャ。
「無事か、ナターシャ?」
「はい……なんともありません」
死んだ人間に乗っ取られていたようだったから、心配だったけれど。
「シズカ……ネロが心配してたぞ」
骨霊祭りを祝えを見ていた面子には、ネロの本名がシズカだとバレたけれど、ナターシャは知らないはず。
「そうでしたか。後で謝らなければ」
謝罪は要らないと思うけれど……こういうところで天然が見え隠れ。
「突発クエストは、全員無事だったのでしょうか?」
「ああ。タマモはボロボロだったけれどな」
結局、タマモはあの謎のチート女と決着が着けられなかった。
クエストが終わるのがもう少し遅ければ、タマモの方が倒されていたかもしれない。
「……あの、ユウダイ様」
「どうした、ナターシャ?」
頬を赤らめ、上目遣いのナターシャは、どこかいつもよりも艶めかしく見える。
「その……今から、私を慰めては頂けないでしょうか? エッチな事が次々と思い浮かんで、非常にムラムラするのです♡」
「お、おう」
あのナターシャが、自分からムラムラとか口にするなんて。
キスを皮切りに、ベッドに押し付けて衣服を乱していく。
この日のナターシャは、別人なのではと思うほどに積極的で、下品に腰を振っていた。
◇◇◇
『……トライアングルシステム。やはり細工されていたか』
一度はデルタから離反したトライアングル側、日本DS側から提供されたシステム。
隠れNPCの人格、突発クエストや新要素の審査、ランダム要素の管理など、ダンジョン・ザ・チョイスの中核を担うシステムの一つ。
『利用されたか、日本DSの間抜け共……まあ、予想通りだとも』
オルフェに入れ知恵したのも、おそらくはトライアングル側の裏切り者だろう。
『神代文字を扱える人間の元に神代文字の使い手が集まるように、模造神代文字の使い手の元には模造神代文字の使い手が引き寄せられるだろう』
やはり、私の計画の要となるのは《龍意のケンシ》か。
『ハハハ――ハハハハハハハハハハハハ!!』
せいぜい利用させて貰うとするさ。
●●●
一夜明け、やたら早い時間に目覚めた俺が廊下に出ると、そこにはメルシュがいた。
「……いつからそこに居たんだ?」
「……ちょっと前から」
嘘っぽい反応。
「どうしたんだ、いったい?」
「……訊かないの? 昨日のこと」
「て、言われてもな」
模造神代文字を使えると言うことが、あまり良いことでないのは感覚的にも理解している。
その反面、使わなければ切り抜けられなかった状況だったのも事実。
模造神代文字をNPCが使えたという事が問題なのはなんとなく解るけれど、具体的にはよく分からない。
「俺からは特に。メルシュは、何か俺に言わなきゃならない事でもあるのか?」
「……特には無いよ」
やっぱり、何も言う気はないか。
何も言えないから、答えを出せないままずっと、ここに待機していたのだろう。
「あと二日で二ステージ分も進まなきゃならない。頼んだぞ、メルシュ」
「……うん、任せてよ!」
ようやく、いつものメルシュらしさが出て来た。
「ああ、そうだ。アテルとキクルから、今どの辺に居るのか、大規模突発クエストに参加する気があるのか、教えて欲しいって連絡が来てたよ」
「あの二人から? ……メルシュ、六十ステージから参加する予定って返しておいてくれ」
「もう送ってて、三日の夜十九時に、レギオンリーダーだけで話し合いたいって返事も来てた」
仕事が早いというかなんというか……まあ、メルシュらしいか。
○○○
皆が寝静まった頃、シレイアとサキ、フェルナンダの四人で【巨骨村】での買い出し、及びイベント消化に当たる。
○以下から購入可能です。
★魔除けの骸骨ホルダー 300000G
★獣骨の牙飾り 280000G
★修骨の指輪 150000G
露天商から、ライブラリを埋めとくために一つずつ購入。
武器屋では骨太系武具、カボチャやコウモリを使った料理レシピ、食材を購入。
「骨で武具を作って欲しいんだけれど」
この村特有の、骨専門の武具店に大量の骨素材を持ち込む。
この店は、提供した骨をランダムに強力な武具に変えてくれるお店だ。
「どんなアイテムを作るかは、俺が決めさせて貰うぜ」
○以下から選択してください。
★骨素材×500でAランク 武器 防具 アクセサリー 1000000G
★骨素材×1000でSランク 武器 防具 アクセサリー 1000000G
どんなアイテムになるかは、完全にランダム。
素材は今日の攻略と突発クエストで有り余っているため、六つ分お願いする。
「六時間後に来な」
制作に、一つにつき一時間掛かってしまう。
「じゃあ、六時間後だねぇ」
「この村にはプレーヤーも居ないようですし、このまま待ちますか?」
「なら、ここで肉でも焼いて、食って飲んで時間を潰すか」
シレイア、サキ、フェルナンダの会話。
「……悪いわね、模造神代文字を使ってしまって」
「お前が死んだら元も子もないんだ、別に良いだろ」
「そうですよ。今回の件で、私達も模造神代文字を使えることがハッキリしましたし、皆の前で使いやすい下地ができたじゃないですか」
サキのそれが一番の問題なのよ。
「私達が模造神代文字を当たり前のように使うようになれば、他の面子だって気軽に使うようになりかねないでしょ」
神代文字より模造神代文字の方が使いやすいなんて認識を抱いてしまったら、コセはますます神代文字を刻めない精神性になりかねない。
「まあ、私達は模造神代文字を基本的には使わないで良いだろう。それよりも、メルシュがクエスト中に発していた言葉の方が問題だ」
フェルナンダの言うとおり、私は私の情報を口にしすぎた。
「……皆には、全力で適当に流すしかないわ」
下手な嘘は、綻びを大きくする悪手でしかない。
「だねぇ……さすがに、まだ早すぎる」
「そういう問題ですかね~」
気付くと、四人で星空を見上げていた。
結局のところ、私は恐いだけだ――地球人類にとって、コセ達にとって……私達こそが真の悪魔であるという、その事実を知られる事が……。
20章 真の悪魔の片鱗 完