825.乱天を超えて
「遅かったですね、ご主人様にノゾミさん」
「……はい、すみません」
“クラージマン・レヴナント”を倒した後、列車内のアンデッドは全て倒されたとアナウンスがあった。
ただ俺は、消耗した状態でノゾミに、最後尾の列車のベッドルームへと連れ込まれ……襲われた。
肉食系女子へと変貌したノゾミに食われまくれ、戻ってきたのは朝五時過ぎ。
色々察しているであろうトゥスカの笑顔は、当然と怖い物に……。
「剣、返してね」
「……はい」
大人しく、メルシュに“堕ちた英雄の魔剣”を返す。
「……おい、暗雲を抜けたぞ」
いきなり天気が良くなって、眩しい陽射しに列車内が照らされる!
「これって……突発クエストの範囲を抜けたって事なのか?」
「そう。だから、もうすぐ終着駅だよ」
メルシュの言葉に応えるように、無限の空に一際強く汽笛の音が響き渡る。
●●●
「“鞭化”――ハイパワーラッシュヒット!!」
“背負いし十字架はこの手の中に”で“エンジェル・エッグ”の群れを打ち壊しながら前進し続けるも、優に数百を超える数になかなか進めない!
「この数、完全に足止めが目的ね」
「残り三時間を切ったぞ! とにかく急げ!」
フミノさんもレンさんも焦っている。
目的地まで、もうすぐなのに!
属性攻撃をほぼ無効化する“エンジェル・エッグ”の群れが、こんなにも足止めに最適だなんて!
「――“咒血竜化”」
エルザさんが、紅の竜へ!?
『乗れ! 突っ切るぞ!!』
五人全員がエルザさんにしがみつき、目的地の浮き島目掛けて真っ直ぐ進む!
『グッ!!』
体当たりしてくる“エンジェル・エッグ”に、エルザさんの竜体が傷つけられていく!
私が囮になれば……いえ、それだとフミノさんとレンさんも道連れにすることに……。
『しっかり掴まっていろよ! ――“万有引力”!!』
エルザさんが“万有引力”を自分から遠ざける力として発動し、“エンジェル・エッグ”を押し出しながら前へ!?
「追ってくる! しかも速え!」
「“エンジェル・エッグ”の最高速度はエルザ様以上でしょう――“高機動移動砲台”!!」
四機の砲台を出現させるヘラーシャさん。
「チトセ様、MPを使い切りますがよろしいですか?」
「やっちゃって、ヘラーシャ!」
「了解です!」
四機の砲台から“魔力大砲”が何度も発射され、後続の“エンジェル・エッグ”を殲滅してしまった!
「よし、もうすぐだ!」
レンさんの言葉から数秒、大きな衝撃と共に、エルザさんが島へと降り立つ!
『ハアハア、ハアハア……」
「エルザ、良いよ」
チトセさんが衣服をはだけさせた直後、エルザさんがチトセさんの首筋に噛み付いた!
「そういえば、エルザって回復魔法だと逆にダメージ受けちゃうんだっけ?」
「ヴァンパイアロード、つまりアンデッドと考えれば、当然よね」
レンさんとフミノさんの横で、傷が再生していくエルザさん。
「……フー。助かった、チトセ。指輪の血だけじゃ足りなかっただろうから」
「どういたしまして」
「あの……吸血行為って、チトセさん以外でも可能なんですか?」
エルザさんに尋ねる。
「“吸血回復”のスキルに関しては、マスターであるチトセでなくても構わないが……お前は無理だぞ、イチカ」
「え!? な、なんでですか!?」
「だってお前の鎧、“浄化の銀鎧”だし」
“浄化”はアンデッドの天敵!
「ああ……なるほどです」
もう少しで、すいませんって言うところだった。
「落ち込むなよ、イチカ。とっとと“神秘の館”に戻って、飯食って休もうぜ」
「私は、先にお風呂を貰いたいです」
「私も。イチカさんはどうします?」
レンさん達に気を遣わせてしまう。
「私は……このまま寝てしまいたいです」
深夜から、ほとんど飛びっぱなしでしたから。
「じゃあ、早く戻りましょう」
「……はい」
最近の私は皆さんの……コセさんの役に立てているのだろうか……。
●●●
『現時点を持って、突発クエスト・乱天を超えよ! を終了とする!』
昼頃、全員が魔法の家の領域に戻ってきたのち、突発クエストの終了が告げられた。
『突発クエストをクリアした報酬として、全員にKPを10000ずつプレゼントします』
無機質な女性の声に切り替わった。
「KP? 第三回大規模突発クエストの時と同じ?」
○以下のEXランクと交換できます。
☆SS適合の指輪 3000KP
☆紅蓮神の指輪 3000KP
☆水蒸気神の指輪 3500KP
☆レースチェンジの指輪 4000KP
☆ダブルユニークの指輪 5000KP
☆ツインSSランクの腕輪 8000KP
☆世界樹の腕輪 6000KP
☆奴隷神の腕輪 6500KP
:
:
☆指輪+4の首輪 15000KP
☆その他+3の首輪 15000KP
☆万全能の首輪 20000KP
☆ウェポン・クラスター 30000KP
☆ザ・メダライズ・ヘイロウ 30000KP
☆ポゼッション・マニピュレータ 30000KP
☆アラストール・ガントレット 30000KP
☆メダルシリンダーガン 30000KP
「以前よりも選べる報酬が豊富だな。でも、一人10000KPじゃ半分くらい選べないじゃないか」
「そんなこと無いよ」
リビングにメルシュが顔を出す。
「ていうと?」
「奴隷の分は主に入ってるからね」
「本当だ。四万以上ある」
“奴隷神の腕輪”は念のため装備したままにしていたけれど、入っているのは正式な奴隷であるトゥスカ、メルシュ、ナターシャの分だけだろう。
「……この中途半端な数値はなんだ?」
「道中でマスターが倒したモンスターと、前回の大規模突発クエストの残りだね。そっちは、パーティー全体のポイントが、リーダーだったマスターの分になってるよ」
今回のクエスト報酬に合わせて変更されたのか。
「これからも、KPがクエスト報酬に使われそうだな」
「交換に必要なKPは、前回のと変わってないね」
こうなると、EXランクが充実したプレーヤーが増えそうだな。敵も味方も。
「ねぇ、ボス戦は明日にするって聞いたけれど、本当に良いの?」
尋ねてきたのはクミン。
「全員、かなり消耗してそうだったからな。その分、明日の朝早くにボス戦をするけれど」
「クミンは今日、ボス戦がしたかったの?」
メルシュの意地悪な質問。
「まさか。むしろ、無茶しないレギオンで安心したくらいよ」
疲れたように腰掛。
「次のステージに進んだ直後、また突発クエストに巻き込まれる可能性もあるしね」
「そんなに早く? 私なんて、この八年で巻き込まれた突発クエストは、今回を入れても九回だけよ?」
八年で九回なら、だいぶ少ないな。
「うちのレギオンは観測者に目を付けられてるから、いつ突発クエストに巻き込まれてもおかしくないんだよね」
「……そういえば、バウンティーハンターシステムの説明のときに、貴方の顔を見た気がする……」
「ああ、大型アップデートの説明の時か」
あの時も、説明していたのはオッペンハイマーって奴だったな。
統括者……他の観測者と違い、あまり薄っぺらさを感じない。
そういう意味では、俺をこのゲームに参加させた誘い人も、薄っぺらさがまだ少なめな気がしたな。