820.飛行船内部
「個室も広いんだな、飛行船てのは」
木造で少し天井が低い物の、大きめのベッドや一通りの家具があってもなかなか広々としている。
四角い窓は雨で濡れて、外の様子は暗いこと以外は判らない。
「モーヴさん、向こうに共同お風呂がありましたよ。今のうちに、皆で一緒に入りません?」
クマムに誘われる。
「私は後でも良いよ。全員が一斉に入るわけにもいかないし、雨で濡れた奴等から先に入れてやってくれ」
「分かりました。フフ、優しいですね、モーヴさん」
「お、おう」
クマムの純粋な笑顔に、思わず照れてしまう。
「優しい……ね」
去っていくクマムの姿の残滓と、過去が重なる。
肌の色が原因か、私の優しさを受け止めてくれる人間なんて誰も居なかった。親でさえも。
「当たり前のように私を受け入れてくれる……本当、幸せ過ぎてどうにかなってしまいそうだ」
これが当たり前だなんて思っちゃいけない。
そう思った瞬間、アイツらの優しさに溺れて、私をゴブリンと蔑んだ奴等と同じ所まで堕ちていってしまう気がするから。
『モーヴ~、聞こえてたら管制室まで来て余~』
ナノカの声が、船のアチコチから聞こえてきた?
階段を登ってデッキに出た後、飛行船前側にある操舵室へと言われた通りに向かう。
中には、ナノカとノーザンの二人だけ。
「他の奴等は風呂か?」
「はい、そうです」
人一倍生真面目そうな牛獣人のノーザン……コイツは、誰に対しても一歩引いた態度を取る。
正直、私にとって良くも悪くも程よい距離感。
「で、呼び出した理由は?」
「トラブルが起きないうちに、余以外の人間にも飛行船の操縦を経験して貰おうと思って」
差し出された二つのサブ職業、“操舵手”と“機関士”をセットする。
「おお」
船の操作法が一気に理解できるように!
「“機関士”は二つしかないから、いざというときは融通しあうんだ余」
「今は私とナノカが使ってるのか」
「いえ、僕とモーヴさんです」
「うん?」
二つしか無いのに?
「余は、この飛行船の運用知識は全部覚えたから、もう必要ないんだ余」
今、私の頭の中に浮かぶややこしい知識を、この短時間で全部!?
さすが隠れNPC……なんでもありだな。
「ほい、よろしく」
いきなり操舵輪を離した!?
「ちょ、おい!」
急いで回る操舵輪を掴み、飛行船の姿勢を正す。
「危ないだろうが!」
「慌てないで余」
『聞こえていますか、ナノカさん?』
この冷淡な声、エリーシャか。
『スカイロードのバブルがモンスターに破られそうです。こちらで対処しますか?』
スカイロードのバブルって、暫くすると復活していたあれか。
「ちょうど良い。こっちでなんとかしてみる余」
『了解しました』
通信が切れる。
「で、どうするんだ?」
「一応、この飛行船にも武器はあるから、それで対処してみる余。左は余がやるから、右はノーザンがよろしく」
「で、できるかな?」
珍しく、ノーザンの可愛らしい一面が見られたな。
「レーザー砲をオートモードに。ノーザンは、金が掛かる大砲で大型を狙うんだ余」
「は、はあ……」
私以上に戸惑ってるな、ノーザン。
「正面からデカいのが来たら、モーヴが撃退して余」
「は、どうやって?」
私は操縦担当じゃないのかよ!
「船首下部から大型大砲を出せるから、それでやっつければ良いんだ余。一発1000Gだから、撃ち過ぎて破産しないように」
「金が掛かるってそういう……」
なんか世知辛いな。
「……そう言えば、ジュリー達ってどこに居るんだ?」
アイツらの飛行車、どこにも見当たらないぞ?
●●●
「うわー、凄い音がしてるんね、上」
店で買ったポテトチップスを食べているクレーレ。
私はフィッシュ&チップスにタルタルソースをたっぷり掛けて頬張る!
「ドライブしながら食べるジャンクフードは、やっぱり美味しい~」
パパ達と一緒に出掛けた時に感じていた、こういう感覚が好きだった。
「ぅぅ、モモカちゃん達にア~ンてしてあげたかった」
中座席左に座るサキが、駄々をこねている。
「ハンバーガー、ウマー! エリーシャ姉も食べてる?」
操縦席のエリーシャに絡むクレーレ。
「いいえ。万が一の時に備えてなければなりませんので、手を塞ぐような真似はできません」
「堅いなー。なら、私が食べさせてあげる~」
「……」
差し出された揚げ物を、口周りをベタベタにしながら無言で食べ続けるエリーシャ。
「……フフ」
サキじゃないけれど、ここにコセやモモカが居たらと思ってしまう。
「もう夜もだいぶ遅いし、予定通り、私は仮眠を取るよ」
そのために、一番後ろの座席に一人で座った……隣に誰も居ないのが寂しいなんて思ってないよ。
「おやすみ、ジュリー姉」
「おやすみなさい、マスター」
「おやすみなさいませ、ジュリー様」
「おやすみ、皆」
眠っている間に目的地につく。それも、ドライブの醍醐味だよね。
まあ、今この飛行車、飛行船の船底に“蜂蜜魔法”のハニーボンドでくっついてるだけなんだけれど。
●●●
「まさか、前の安全エリアからこんなにも次の安全エリアが遠いなんて」
もう四時間以上、この吹き荒れる突風と轟く雷の中を飛び回っている。
「ユリカさん、向こうに島が見えます!」
タマが教えてくれるけれど、私じゃ目視できない。
「タマ、案内をお願い!」
「判りました! “噴射”」
蒼いランスで先行してくれるタマのおかげで、私も島を見つけられた……けど。
「ヨシノ、あれって本当に安全エリア?」
「いえ、安全エリア特有の発光が無いので違うかと」
「だが、そろそろ体力的に限界だ。少しは休まないと身が持たない」
空中で止まれば突風に流されかねない状態だったから、ご飯も食べられていない。
「警戒しつつ、身体を休めるしかないか」
ヨシノに負担が掛かる事になっちゃうな。
タマを筆頭に、全員が島に降り立つ。
「安全エリアじゃない割には、かなり大きめね」
ここに来るまでに見付けた安全エリア以外の浮き島は、ちょっとした岩から短水路プールくらいの大きさばかりだったのに。
「あそこの木々の影にテントを張るか」
レリーフェがそう口にした瞬間、足元が揺れ出した!?
「全員、散会しろ!」
私達が居た地面を突き破って現れたのは、“ジャイアントワーム”!
「え、嘘!?」
「さっきまで、モンスターの気配なんて全然無かったのに……」
スゥーシャとカナが驚いている理由に“ライブラリ・グラシズ”で気付き、軽く絶句したくなる。
「……クソッタレが」
この島、いったい何百体のモンスターがいんのよ!!