816.突発クエスト・乱天を超えよ
「……あっという間に暗くなったな」
クエスト開始から三十分ほどで、真っ白だった空が暗雲だらけへ。
次第に風も強くなってきて、雷の音も耳に届くように。
「飛行車組も大変だろうけど、自力飛行組は大丈夫だろうか……」
地上で嵐に遭遇するよりも、明らかに危険な状態。
「心配なんですか?」
俺が座っていたソファーに腰掛けてくるノゾミさん。
「……変ですか?」
ノゾミさんらしくない問いに、湧き上がった黒い感情が声に滲みそうになった。
「すみません、変なこと言ったのは私ですよね」
自嘲気味な笑みを浮かべるノゾミさんは、どこか痛々しくて……。
「私、不倫相手の子供なんです」
「……へ?」
急になにを……。
「県知事だったんですよね、父親が。母はお金に飛びつくタイプの人だったんで、お金さえ貰えれば都合の良い不倫相手でもなんでも良いっていう人で」
外の天気と降り出した雨の音も相まって、重い感情に蝕まれる感覚が――
「高級マンションの上の方に部屋があって、お金で困ることはまずなくて、良く言えば放任主義だった親のおかげでゲームばっかりやってて」
「ノゾミさん? どうして急に……」
「ある日、父親がスキャンダルで県知事を辞める事になって――私達は当たり前のように捨てられました。母もお金にしか興味ないから、さっさと見切りをつけて……私を捨ててどっか行っちゃって」
ノゾミさんが、なにを考えているのか分からない。
「――何十人も女が居るコセさんは、本当に皆を愛せているんですか?」
……時折、疑問に思っていた事ではあった。
俺はハッキリと、トゥスカを一番だと、心の底から思っている。
なら、それ以外に対しては?
確実に一段は下がる皆への想いは、果たして愛と呼べる程の物なのかと。
「私、リューナさん達を救った貴方に、前々から興味がありました」
「……救った?」
「二十ステージまで辿り着いたリューナさん達は、心が荒んでしまい、私には何もしてあげられない状態でした。でも、貴方とカナさんが現れたあの日、明らかに私達の運命は変わったんです」
運命が変わったって……。
「――私に、“超同調”を使ってください」
「それは……危険かもしれない行為ですよ?」
「色々考えてましたけれど、もう決めたんです」
ノゾミさんが身を寄せてきて、顔が近くに……。
「知りたいんです、貴方の皆への気持ちを。そして、私の貴方へのこの気持ちが、愛と呼べる程の物なのかを」
ああ、そっか。ノゾミさんは、なによりもまず……自分を信じられないんだ。
「……あのさぁ、さすがに今はどうなんすかね?」
サンヤの声が、今にもキレそう!!
ていうか、普通に皆に見られてるし!
「アハハ……すいません、なんか暴走しちゃいました」
気まずそうなノゾミさん。
「まあ、いいや。それより、今のうちに交代で睡眠を取っちゃって」
メルシュが話の流れを変えてくれる!
「ノゾミ、コセ、クオリア、先に子供達と寝とけ」
リューナの指示。
「……そうだな」
列車がボス扉のあるエリアに着くのは、明日の朝頃。
他のルートと違って、確実に目的地に辿り着ける列車で何かヤバい事件が起きるなら、真夜中から朝方に掛けてになるだろうな。
「お言葉に甘えるよ」
ノゾミさんと同じタイミングでの仮眠だけれど、モモカ達と一緒なら切り替えられそうだ。
「レミーシャ、ベッドルームの見張りは頼んだ」
「はい、リューナ様。お任せください」
なんの見張りだよ! と言いそうになったけれど、事件が起きたときの警護的な見張りね。
「……フー」
モモカとバニラが、この場に居なくて良かった。
●●●
「クソ、とうとう雨まで降り出してきやがった」
レンさんから文句が出る。
只でさえ暗いのに、この風と雨でますます目を開けていられなくなってきた。
「もうすぐ安全エリアだ。そこまで頑張れ」
ヴァンパイアロードのエルザさんからの情報。
既に道のりは半分を超えているから、ペースとしては余裕がある方ですけれど。
「見えているのに遠い」
安全エリアになっている浮き島にはドーム状のバリアのような物が張られており、発光しているため、この暗闇でも見えやすい。
「もうすぐです、頑張りましょう!」
雨と風で、実感よりも体力を奪われているはず。
あの浮き島の大きさなら、全員が休めそうですし。
「――上だ!!」
エルザさんの叫びに視線を向けると、巨大なドラゴンが暗雲を突き破って落ちてくる!?
「“聖炎水魔法”――セイントバーン!!」
「“蜃気楼”、“有象嘘象”――ハイパワープリック!!」
私の白い炎で燃え上がる大型ドラゴンを、巨大化した鏡の竹刀で打ち飛ばしてくれるフミノさん。
「反撃が来ます!」
「任せて! “反面鏡”、“蜃気楼”――“有象巨象”!!」
巨大化させた“反面鏡”が受けた特大ブレスが跳ね返り――暗がりの中、ブレスの光に照らされながら身体を貫かれるドラゴンの姿が見えた。
「今のうちに行きましょう!」
六人全員で、なんとか安全エリアの浮き島へと逃げ込めた。
「かなり大きいドラゴンだったな、今の」
「“スカイドラゴン”。メグミが狙ってた奴だ」
レンさんとエルザさんの会話。
メグミさん、SSランクと一緒に手に入れた例のユニークスキルの関係で、ドラゴンに遭いたがってたからなぁ。
「さっきはナイスだったよ、イチカちゃん」
「いえ、フミノさんの方こそ。私は足止めも出来ませんでしたし」
「イチカちゃんの炎がなかったら、ドラゴンの全体像を把握できなくて、上手く打ちとばせなかったよ」
フミノさん、この間までは私のことさん付けだったのに……それに、大規模突発クエストの辺りから、やたら私を褒めてくれる気がする。
「あ、ありがとうございます」
「時間的には夕方か。どうする、イチカ?」
レンさんに尋ねられる。
「それは、これからの攻略の方針ですか?」
「まあな」
「……今日はここで、一眠りしてしまおうかと」
「良いんですか? 夜までにはまだ時間がありますよ?」
疑問を感じている様子のチトセさん。
「この暗さじゃ、どっちにしろ視界は悪いですし。次の安全エリアの浮き島が、ここくらい広いとも限りません」
ここまでの浮き島の中には、六人が横になるのも不可能な程小さい物も多かった。
「ここのステージは元々、安全エリアから魔法の家に戻れないからな。悪くない選択だと思うぞ」
エルザさんが背中を押してくれる。
「その代わり、明日は今日よりハードになるでしょう。食事を取って寝て、起きたらできるだけ早く出発します。たとえ深夜でも」
できれば、朝方くらいには目的地に到着しておきたい。
なので、起きる頃には、この豪雨と風が少しは弱まってくれれば良いんですけれど……期待しない方が良いでしょうね。