815.飛べ、重装甲戦車!!
「これ、甘!」
甘党のキャロルのお眼鏡にかなう果物か。
自力飛行ルートの途中で立ち寄った、面積七メートル程の小さな浮遊島、兼、安全エリア。
そこに自生する薄緑色の果実を一つ、もぎ取って食す。
「食感は、柔らかい林檎? 香りはベリー系。マスカットっぽいけれどストロベリーっぽい感じもするな」
うん、これ好きかも。
「こっちに赤い実もある。けれど、一回り小さい?」
「そっちは熟す前の若いのだよ。“コマラの未熟実”。薬の材料に使うんだ」
シレイアさんが教えてくれる。
「へー。普通、赤い方が熟してそうなのに逆なんだ」
林檎とかピーマンとは違うと。
「う、酸っぱい!」
でも、苦いわけじゃないし、香りも強い。
むしろ、熟したコマラよりもマスカットっぽくて私好み! 食感もコリコリしてて良い!
「これ、貰っちゃお」
“コマラの未熟実”を全部採取。
「薬でも作る気かい、クミン? それなら、チトセのSSランクで……」
「違う違う。これを蜂蜜漬けにするのよ!」
ドイツだと、そうやって果物を長期保存するってやってたわ!
「今まで色々試したけれど、イチゴの蜂蜜漬けが一番美味しいのよね~」
林檎も悪くないけれど、それ以外はイマイチだったな。
「クミンはフルーティーな甘味が好きだもんね。僕はクッキーとかケーキ、西洋菓子が好きだけれど」
「お酒が入ってるのはダメなんでしょ? 本当、そういう所は見た目通りのお子ちゃまよね」
あれで二十四歳とは思えない。ていうか、出会った十六の頃から全然見た目が変わってないし。
「そろそろ出発しないか? 只でさえ寄り道しまくってるんだし」
ロフォンからの指摘。
「良いじゃん! そのおかげで、こんな美味しい物が食べられたんだし!」
「責めてるわけじゃない。ここまでに“浮遊鉱石”を幾つも見付けられたしな。ただ、今は時間が無いのも事実だろ?」
たった一週間で、実質、五ステージ分の攻略をしなければならない私達。
八年掛けてここまでやって来た私達からすればあまりにもバカげた話だけれど、《龍意のケンシ》のメンバーはそれが可能だと、全員が心の底から信じている。
「まあ、何が起きるか分かんないし、早めに距離を稼いでおきますか」
「もう、僕がリーダーなのに~」
キャロルのこういう所が、私達のレギオンが解散と結成を繰り返した理由なんだけれど……それがプラスに働く場合もあるから……本当、世界の真理って……矛盾だらけだなぁ。
●●●
「皆さん、“空賊”です」
飛行車の操縦を任せていたサキからの報告。
「モンスターより先に来たか」
中座席の右壁にあるレバーを引き、戦闘モードに移行。飛行車の天井や壁から機器が飛び出し、ちょっとしたゲーミング空間のように。
「なんだそれ?」
モーヴに尋ねられる。
「この飛行車の武装を、使用するための物だよ」
運転しているサキは、前下部の機銃しか使用できない。
「左はお願い、エリーシャ」
「了解です」
私同様に複数のモニターなどの機器に囲まれているエリーシャが、左翼側の武装の操作を始める。
「ジュリー姉、私はなんか出来ないの?」
「後ろの座席にも似たようなのがあるけれど……じゃあ、これを使って」
実体化したサブ職業メダルをクレーレに渡す。
「これって?」
「昨日買っておいた、“重火器兵”のサブ職業だよ」
それがないと、この重装甲飛行戦車に付いているような火器は使用できない。
「おおー! 判る、解るぞ!」
クレーレがおかしくなった。
「モーヴ姉、ちょっと詰めて」
「ええ、せめぇんだけど……」
後ろ座席の真ん中に座った直後、天井のレバーを引っ張って機器を展開するクレーレ。
「火器は、使用するのに私達のMPを消費する。半分以下にならないように気を付けて」
そう言っている間に、“空賊”達が乗った世紀末風飛行車が私達を囲いだしていた。
「エレジーさん、私達より後ろに行ったのはお願いします」
サキが他車に指示出し。
『りょ、了解です!』
ブループラズマ飛行車を今運転しているのは、エレジーだっけ。
この重装甲飛行戦車にも、背後に攻撃出来る武装は無い。
「おっぱじめるよ!」
右側面に装備されたミサイルランチャー、その上部にある180度可動式のレーザー砲を操作し、世紀末飛行車を狙い撃つ。
「楽勝」
飛行車三台、きっちり三発で撃ち落としてやった!
「おりゃぁ!!」
クレーレが叫んだ瞬間――前側からの激しい衝撃に見まわれる!?
「おお、一発でデカいのが吹っ飛んだ!」
「お見事だよ、クレーレちゃん」
後部座席のクレーレが操作できるのは、車の上部にある戦車砲だけ。
デカいのって事は、“空賊船”でも撃ち落としたのかな。
「エリーシャ」
「こちらは終わりました」
「サキ、後ろの様子は?」
「ミキコさんが、“マキシマム・ガンマレイレーザ”で一掃しましたよ」
リエリアじゃなくて、ミキコが使ってるんだ。
「そっか……これで、少しはランクの高い飛行車が手に入ったはず」
クマム達三人が乗り込んでいるド・ノーマル飛行車よりは頑丈だし。
「サキ、次の安全エリアまでどのくらい?」
「このペースですと、なにも無ければ二十分くらいですかね」
なかなか良いペース。NPCが操縦してくれれば休憩らしい休憩も要らないし、思っていたよりも早く着けそう。
――突然、世界が止まった!?
『我が名はアインシュタイン』
「アインシュタイン?」
あの有名な物理学者と同じ名前?
『これより、ボス扉手前を除く五十六ステージ全域を――突発クエスト・乱天を超えよ! その対象とする!!』
このタイミングでの突発クエストだって!?
●●●
『今回の突発クエストは単純、本来の攻略難易度が少し上がる程度の物ッだ!』
気取った変な喋り方。
『つまり、普通にボス扉があるエリアに辿り着けられれば、クエストはクリア』
以前、クマム達が巻き込まれた渡河船と似たタイプか。
『ちなみに、クエスト期間は今から二十四時間。その間にボス扉のエリアまで辿り着けなければ――ゲームオーバー。白骨死体になるまで、永遠にこの無限の空を落下し続けてくれたまえ~』
相変わらず、観測者共は私達を見下したような態度で!
『もちろん、クリアした暁には、豪華なクリア報酬を渡すと約束しよう』
「当たり前だっつの」
『ああ、それと――クエスト中、全てのSSランクは使用禁止だ』
「あ!?」
スゥーシャの声!?
「“ゲイボルグ・ディープシー”が消えちゃいました!」
「私のも、武器欄から消えちゃってます」
慌てているタマ達だけれど、そりゃそうでしょとしか――
「まずいぞ、ユリカ。“偽レギ”まで消えてる!」
レリーフェの言葉に、自分の装備を急いで確認。
「……コピーした“マスターアジャスト”もか」
この前の上級国民戦争の時は、SSランクは実体化出来ないだけで装備事態は出来てた。
つまり、今回の場合は“SSランク解禁の首輪”を使ったとしてもどうにもならない。
『クエスト説明はここまで。キッチリカッチリ二十四時間後、クエストは終了とする』
「……やってくれるじゃない」
「どうする、ユリカ?」
「時間的には全然余裕があるけれど、もう寄り道してアイテム回収している場合じゃないわね」
見渡す限り上も下も白い雲しかなかった大空に、暗雲が漂い始めた。天気は変わらず晴天のままだって聞いていたのに。
「ペース配分を気にしつつ、最速でゴールを目指すわよ!」