812.無尽虚空
「……あれ?」
ボス戦を終えて転移した先に広がっていたのは……見渡す限りの空?
「なんだここ?」
いつもの祭壇の上から見えるはずの地平線が、どこにも無い。
あるのは、祭壇麓の狭い陸地と、海のように広がる……白い雲海。
「陸がほぼ存在せず、残りは無尽蔵の空。それが【無尽虚空】です」
先に来ていたウララの説明。
「陸が無い……落ちたらどうなるんだ?」
「どこかに叩き付けられる事も無く、永遠に落ち続けるよ。自力でどうにか出来ない限りね」
メルシュから怖い情報が飛び出る。
「まあ、運が良ければモンスターに殺して貰えるかもね」
「本当に怖いから、メルシュ」
さいあく、餓死するまで永遠に空中落下し続けるって事か。
「というわけだから、適当に空の散歩とかに行かないでね。もしこの浮き島を見失ったら、戻って来られなくなっちゃうから」
「「「……はい」」」
もしかして、皆の安全のためにわざと言ってる? まあ、事実しか陳列してないんだろうけど。
★
「本当は、サトミ達が手に入れた素材で新しい武器を作りたいところだけれど」
「先を急がないといけませんもんね」
メルシュとトゥスカの会話。
「らっしゃい!」
○以下から購入可能です。
★虚空座標機 100000G
★飛行魔法のスキルカード 50000G
★飛行車の指輪 400000G
★魔法の箒 10000G
★天使の翼のスキルカード 70000G
小さな店の品揃え。
「空を飛ぶためのアイテムばっかりだな」
このステージに来るまでになんらかの飛行手段は手に入れていそうな物だけれど、万が一のために用意した救済措置って所か。
「五十六ステージの攻略って、浮遊バイクとかは使えないのか?」
「あれは、地面から数十センチ浮く仕様ですので。空中を自由に飛び回れるわけではないのです」
ナターシャが教えてくれる。
「だから、ここにバイクは無いのか。で、何を買いに来たんだ?」
「“虚空座標機”。取り敢えずパーティー数分ね」
五十五ステージの“重力コンパス”同様、攻略に必要なアイテムか。
「“飛行車の指輪”は買わないのか? モモカとバニラを安全に運ぶ物が欲しいんだけれど」
もし落ちたりはぐれたりしたらと思うと怖い。
「一つは買うけれど、その辺は問題無いよ」
「どういうことだ?」
「この浮き島から進むルートは三つあってね。あ、ちょうど来たみたい」
メルシュが上空へと視線を向けた瞬間、汽笛の音が聞こえてきた?
「空を……蛇が突き進んでる?」
妙な事を言い出すシューラ。
「いや、あれは列車だ」
レトロな列車が空を横断し……祭壇の裏側へと消えていく。
「“虚空列車”。お金は高く付くけれど、比較的安全に先へ進める手段だよ」
「列車が空を飛ぶ様を、この目で見られるとはな」
遠目ながらも、凄い迫力だった。
「明日は朝早くから攻略だから、早く帰ろっっか」
「おう」
モモカは明日、あれに乗るのか……良いな。
●●●
「俺の飛行車は高ぇぞ」
サキとクレーレ、モーヴの三人を伴い、職人気質のおじいさんが居る工房を尋ねていた。
「1000万G払う」
依頼を受けて貰うため、10000000Gを実体化して見せる。
「……良いだろう。なら質問に答えろ」
この問いかけへの返答で、どんな飛行車が手に入るのか決まる。
「どれくらい乗れるのが良い?」
「五人」
「スピードは?」
「それなり」
速ければ速い方が良いなんて言ったら、一人乗りにされかねない。
「戦闘力は?」
「最高」
「防御力は?」
「最高」
「良いだろう、明日までに仕上げてやる」
さて、これで目的の物を作って貰えるはずだけれど。
「どんな乗り物ができんだろ? 楽しみだな~」
無邪気にはしゃいでいるクレーレ。
「明日は、その飛行車ってので冒険するのか?」
モーヴからの問い。
「そのために、これから“ドライバー”と“重火器兵”のサブ職業を購入しに行くよ」
「“重火器兵”?」
「何それ、ジュリー姉?」
「フフ、明日のお楽しみだよ」
●●●
「ここが地下鉄駅……」
朝早く、祭壇裏にある入り口から階段を使って下りてくると、そこにはヨーロッパっぽい地下鉄が広がっていた。
「ユウダイ様、人数分のチケットを買ってまいります」
「ありがとう、ナターシャ」
「ファ~――んん……」
いつもより眠そうなモモカ。
昨夜、モモカ達が俺のパーティーに入る事になったのがよっぽど嬉しかったのか、バニラと一緒にはしゃいでたんだよな。
一番狙われるであろう俺とは今まで組ませないようにしていたから、モモカとバニラと同じパーティーになるのは、二十ステージで離れ離れになって以来か。
「あれ、リューナ達は?」
今回、俺とリューナのパーティーが同じ虚空列車で進むことになっていた。
「おーい、駅弁を買ってきたぞー」
リューナ達が、それぞれ複数のお弁当を。
「駅弁て、日本独特の文化じゃなかったっけ?」
「そんな事はないぞ。台湾は日本の影響で独自の駅弁文化があるっていうし、車内販売自体は大抵の国にあると聞いたことがある」
物知りなリューナの解説。
「まあ、日本ほど種類が豊富なのは珍しいらしいがな」
チケットを購入したナターシャが戻ってくる。
「車両指定されてるから、早めに乗り込んでおいた方が良いよ」
メルシュに諭された。
「ああ……座席指定じゃなくて、車両指定?」
「パーティーごとに、一車両丸ごと貸し切りになるんだよ」
「“ツインリーダー”で同じパーティーになってるから、私達は全員が同じ車両だな」
リューナ、なんかはしゃいでないか?
「ご主人様、モモカとバニラが眠そうです」
バニラをおんぶしているトゥスカ。
「早いとこ、二人を休ませてやるか」
チケットに書かれていた五番車両の前にいき、駅員にチケットを見せて乗り込む。
「……もはや部屋だな」
固定のテーブルに椅子、ソファーまである。
「後方がベッドルームだね。二段ベッドが四つ」
「八人しか寝られないのか」
本来は、一つのパーティーで一車両想定だろうしな。
アイテムでパーティーの最大人数を増やした場合を想定して、多めの八つだったんだろうけれど。
「どうせ一晩しか利用しないんだ。私は徹夜でも構わないぞ?」
「交代制にするって手もあるしね~」
リューナとシューラの考え。
「ここのソファーでも寝られそうですし、問題無いのでは?」
「バニラとモモカは同じベッドを使うでしょうし」
ノゾミさんとトゥスカも問題に思っていないらしい。
「皆さん、NPCは眠る必要が無いってこと、忘れていませんですの?」
ネレイスのサカナの言葉に、ようやく思い至る。
「NPCを除けば十人。モモカとバニラで一つで良いなら、足りないのは一人分か」
「なら、私がソファーで寝ますよ。これ、ソファーベッドみたいですし」
「それでしたら私が!」
ノゾミさんとクオリアの意見。
「誰かが一緒に寝るってのも、手じゃないかねぇ?」
いやらしい笑みを浮かべるシューラ。
「ベッドはシングルサイズだから、二人だと狭いですよ?」
レミーシャの意見。
確認してみると、ベッドルームの通路の左右にベッドが置かれていた。
高さも横幅も、あまり無さそうだ。
「トゥスカが“幼児化”すれば、誰かと一緒に寝られるじゃないか」
「ええ……」
嫌そうなトゥスカ。
「シューラ、お前……小さくなったトゥスカと寝たいだけだろ?」
「……なぁんの話かな~」
下手なとぼけ方を。
「あー……忘れてるかもしれないけれど、列車内ではなんらかの事件がランダムなタイミングで起きるから、どっちにしろ交代制にするよ?」
メルシュの発言により、この不毛な争いに終止符が打たれた。