795.お門違いの才能
「うわー……」
結界を覆うように、人食いコウモリが張り付いている。
数はどんどん増える一方……この状態で結界が破壊されたらと思うと、ゾッとする。
「コトリさん……」
ノゾミが顔を出す。
「どうしたの?」
「状況が状況なので、話を聞きに――外に人が!?」
ノゾミの視線の先、女が何かを抱えながら飛行し、こっちに突っ込んでく――あの女が抱えてるの、大量の“ダイナマイト”!?
その形相から、声にならない声を発しているのが理解できてしまった。
――屋敷が激しく揺れ、遅れて急に爆音……十中八九、結界が破られたよね、これ!
あの女、理由は判んないけれど、私達を道連れにする気か!!
「ノゾミ、モモカ達の元へ行って守って!」
「は、はい」
一つ目コウモリが、敷地内に雪崩込んでくる!
「――みんな、結界回復までの五分、なんとしても持たせて!!」
急いで“マスターアジャスト”をセット!
「“悪夢支配”」
外にクオリアが!
「……凄い」
悪夢の霧が、一つ目コウモリを蹂躙していく!
「クマムさん、ナオさん、ノーザンさん、“地球儀”を守ってて!」
タイミングを慎重に見極めながら、窓を開けて外へ。
「クオリア! 五分持たせられる?」
「コトリ様、さすがにこのまま五分は厳しいです」
「じゃあ、五分間維持できるように手を抜いて! 私がカバーするから!」
「私も手伝うわよ」
ナオさんまで外に!?
「じゃあ、私の能力を突破した奴の対処を! “光輝支配”!!」
“生き様と死に様の向こう側へ”に与えた能力を行使して、クオリアの悪夢を掻い潜ってきた奴等を焼き殺す!
「“氷炎支配”!!」
凍える炎を操って、私達の穴を埋めてくれるナオさん。
「皆さん、あと三分半を切りました!」
「疲れたら僕達が代わります! いつでも言ってください!」
クマムさんとノーザンの声。
「まったく、優しい人達ばっかだな、このレギオンは!」
こんな状況なのに、幸せって感情が込み上げてきちゃうよ!
●●●
「ハアハア、ハアハア……なんとかなった」
「普通に……疲れた」
結界が再生するまでの五分、キャロルさんと一緒になんとか凌ぎきった。
精錬剣も消え、また使えるようになるまでには暫く休息が必要そう。
「お前ら……よくも」
無理矢理入れさせて貰った宿から、一人の男が出て来た。
「お、なかなか精悍な顔立ち。ポニーテールじゃないのが惜しい!」
何を言ってるんだろう、キャロルさん……座ったまま動かないし。
「よくも俺達を危険に晒しやがったな!」
「一匹も残さず始末した。文句を言われる筋合いは無い」
「今回はそういうことにしておいてやる――」
急接近からの居合い切りを、バク転で回避。
「装備セット1」
“波紋龍閃の太刀”を握る。
「やるな。同じ太刀使いとして、正々堂々勝負しようや」
「……疲れてるんだけれど」
「問答無用!!」
なかなかの連撃だけれど……。
隙を突いてわざと大振りを繰り出し、男を下がらせた。
「やるな。俺程じゃないが、アンタもなかなかの才能があるらしい」
「才能? ……この程度で?」
「は? 俺は中学で剣道四段。六段の相手にだって勝った事がある。県大会でも個人戦の常連優勝者だったんだぜ?」
だから何って感じ。
「現代剣道は、しょせんスポーツ。本物の殺し合いには大して役に立たない」
妙な癖があると思ったら、剣道の延長線で真剣を振るっていたからか。
「剣道と真剣はお門違い。その程度の違いも判らないの?」
「はあ? 俺はそれだけ才能に恵まれてるって言いたいんだよ。本当に才能があるやつはな――なにやったって凄ーんだよ! お前ら凡人と違ってな!!」
斬り掛かってきた瞬間、向こうの太刀に赤い文字が六!?
「――“斬鉄”!!」
私の“波紋龍閃の太刀”が、断ち折られた!?
「これが俺の実力――ブゲッ!?」
顎に膝蹴りを見舞う。
今ので、間違いなく砕けたな。
「得物を壊して油断したね……だから、殺し合いだって言ってるのに」
これが、試合想定のスポーツと実戦想定の古武術の違い……て奴だよ。
「よ、よぐも――しゅ、“瞬足駆け”ッ!!」
「次の行動に移るまでが遅いかな」
コセさんじゃ剣道ではこの人に勝てないだろうけれど、殺し合いだったらコセさんが絶対に勝つ。
脇に差した“切毒の紫花により縁切られ”に、抜かぬまま九文字刻む。
「俺を侮辱するやづは――死ね゛ぇぇッ!!」
紙一重で後ろからの面打ちを避け、神代文字の力を収束した掌底を腹に叩き込む!!
「き、汚ぇ……ぞ。格闘技……なんで……」
「先に文字とスキルを使った人が、どの口で」
骨ごと内蔵を潰したからか、お門違い男はくたばって光へと還った。
「……なんかイラつくな」
自分の実力を才能とか言われると、私の努力とか磨いてきたセンスが、全部誰かに与えられた紛い物呼ばわりされているみたいで――
「腹いせと安全確保のためにも……この宿に居る奴等、全員斬るか」
類は友を呼ぶって言うしね。
●●●
「死ねぇ、無神論者のクズがぁ!!」
白銀の風を纏う突き。
「“拒絶領域”」
円柱状の衝撃で、弾き飛ばす。
「――“飛王剣”!!」
十二文字分の力を乗せた斬撃を放つ。
「クズがぁッ!!」
模造神代文字と“正義支配”の合わせ技で、なんとか防いだか。
「マサヨシって名前らしいけど、本当に日本人か?」
日本人なら、日本人に対して無神論者なんて、罵声の類いで言ったりしないと思うんだけれど。
「私はフランス生まれの帰化人だよ!」
互いに武器に纏わせた暴威が炸裂し、距離が開く。
「どうりで、キリスト教のパクりなんてできるわけだ」
パリオリンピックは史上最悪のオリンピックで、世界中のキリスト教をブチ切れさせたとか、選手の食中毒とか、白人のアジア人差別がとか、オリンピックの時期になる度にネットで話題になるからな。
俺はオリンピックそのものが、二四時間テレビと同じくらいバカバカしいと思ってるけど。
「お前達のような野蛮な猿に、私が真の教養を教えてやろうと言うのに!」
「よくいる白人被れか。本当にくだらない」
両親が日本人なのか知らないけれど、少なくともアジア系の人達だろうに。
やたら白人を持ち上げて日本下げをしている奴等って、こういう奴等なんだろうか?
「正義を掲げるのは卑怯者とか抜かしたな、バカなクソガキ」
「アンタの信じる神は、人を口汚く罵っても良いらしいな、マサヨシくん」
「……アジアの猿が」
それ、自分にも刺さる言葉だと思うんだけれどな。
「なら貴様はなんなんだ! ここに乗り込んできたということは、七百人の信徒を皆殺しにするつもりだったんだろう? そこにどんな正義が! 大義名分があると言うんだ!!」
「――ねぇよ、そんなもん」
「……は?」
「まだ、正義を掲げれば自分は許されると思ってるのか? だからお前は、只の卑怯者なんだよ」
自分の行いを正当化するのは、自分が間違ってると指摘されるのが――大衆を敵に回すのが怖いだけだろ。
「俺の仲間が、家族が、このクエストで生き残り、奴隷にならずに済むために――俺はお前らを殺す」
ここに来たのだって、クエストが終わったあと《ジャスティス教》が存在するくらいなら、クエストにかこつけて潰した方が良いと考えていたからだ。
七百人も居るし、一カ所攻めて三分の一も始末できるなら手っ取り早い。
「信徒の人柄を聞いた今なら、尚のこと心は痛んだろうが、その信徒もお前が全員殺してくれたらしいからな」
「……黙れ」
「なんだ?」
「――黙れぇぇぇ!!」
意味が解らん。
「私の全力で殺してやる――オールセット2!!」
ようやく、あの詐欺っぽい服を捨てたか。
代わりに纏ったのが、真紅の鎧とはな。
「似合ってるよ、その格好」
「黙れ、下等生物。ここからが本番だ――“災禍の魔道騎士”!!」
奴の背後に真紅の上半身鎧が出現……大剣と杖を所持している?
「守護神? いや、ユニークスキルか?」
「後者だよ、バカガキ!!」
SSランクに模造神代文字、そしてユニークスキルか。
「良い訓練相手になりそうだ」