794.卑怯者の正義
『――コセ!』
ドローンの接近に気付いて身構えると、リューナの声が聞こえてきた?
「その声、リューナか?」
『手短に話すぞ! すぐに結界内部に入れ! 北東側の空からとんでもない数のモンスターが迫ってる! 下手をすると、強制ゲームオーバーになるかもしれない!』
事前に集めていた情報と幾つか一致する。
「リューナ、生き残っているプレーヤーの数は?」
『は? 千六百人前後だ』
「チンタラしてられないか」
視界の端に、リューナが言っていたモンスターを視認。
「今から教会に乗り込む」
七百人殺しても、まだクエストは終われないけれど――
「……なに?」
《ジャスティス教》の教会を覆う結界が、破壊された?
『結界はおよそ五分で復活する! 急げば間に合うぞ!』
「助かる!」
ドローンを置き去りに、教会へと急ぐ!
●●●
「結界の中は、安全だと信じたいが」
コウモリみたいな不気味なモンスターが、南西に位置するこの辺りにも飛来し始めた。
どうやら、コイツら自体は非力で、結界に傷すら付けられないらしい。
問題は……その数。
「……地獄絵図って奴っすね」
サンヤの視線の先に映されていたのは、あのコウモリの群れに食い殺されていくプレーヤー集団。
精錬剣かSSランクがなければ、今外に居る連中は生き残れないだろうな。
「奴等が現れたのがおよそ17時。いつまでこの襲撃は続くのか」
ユリカの疑問。
「見た目がコウモリなのを考慮すれば、夜の間だけだとは思うが」
この状況だ。夜の間はプレーヤーに攻め込まれる心配は無いだろうが、寝ている真夜中に突然コウモリに居なくなられたら困るな。
眠らなくて良いNPCが居ない以上、交代で見張りを立てる必要があるか。
「……まずいです! ジュリーさんの居る屋敷に女性が二人、攻め込んで来ました!」
ヒビキの報告!
「すぐにコトリに連絡を!」
『大丈夫、もう対処したから』
コトリからの通信。
『ただ、状況が状況だったから、ジュリーさんはサトミさん達の方に送ったよ』
あのコウモリ軍団がいる状況で防衛戦をするより、さっさと退避させる方を選んだか。
『でも、たったいま陣地を奪われたから、私達はこのクエストから抜けられなくなっちゃった』
「こっちの説得が間に合っていればな」
状況が状況だったから、人獣共の本拠地、その結界内部に逃げ込めたケルフェ達。
だが、向こうは別チームに移る事にはかなり消極的なようで、未だに揉めているのが、私が操作するドローン越しに見えていた。
「クソ! 一つ目コウモリに、私の“偵察ドローン”が破壊された」
リューナが頭を抱え出す。
「コセに最低限の情報は伝えたが、こっちの状況はあまり話せなかった」
『今はどこに?』
「教会に乗り込みに行った」
私達が陣地を五つ確保していたのを知らなければ、もっとも数が多いレギオンを狙うのは当然か。
「ねえ、《ジャスティス教》のプレーヤー人数……どんどん減ってない?」
サンヤの指摘に、私達は目を疑う。
「コセが殺しまくってるのか? それとも、内部に入り込んだコウモリに?」
いったい、向こうでなにが起きているんだ?
●●●
「狂い殺せ――“雄偉なる氷獄の狂乱仁義”」
リンピョンの精錬剣を作り出す。
「“随伴の氷獄”」
破壊されていた教会の玄関扉を氷で塞ぎ、一つ目のコウモリ? の侵入を防ぐ。
「……静かだな」
既に内部に入り込んでいた一つ目コウモリを氷漬けにしながら、奥へと進む。
豪奢な祈りの間と思われる場所に辿り着くと、奥の方で……青白い光が大量に立ち昇っていくのが見えた。
その中心に立つ、一人の男の姿も。
「あんた、マサヨシだっけ?」
“地球儀”は、最奥の巨大ステンドグラスの前か。
「……ああ、いつぞやの。外は大変だったでしょう。ゆっくりしていってください」
格好は、前に見た法王風のままか。
「信徒の方が見当たらないようですが?」
「皆、この事態に不安を募らせているのですよ。なので、奥に引きこもってしまいまして」
「――それで、何人殺したんだ?」
いい加減、このつまらない、無意味な会話を終わらせたかった。
「…………さあ?」
袖の裏に隠していた、赤紫色の派手な柄の細剣を向けられる!
「――“正義支配”ッ!!」
白銀色の風のような物が、刃となって襲ってきた。
「天に誓います――“雄偉なる極輪の花華を散らしてでも”」
クマムの精錬剣の力、“随伴の天風”で――正義の刃を弾き消す!
「……SSランクだと!? だが、首輪は……」
まあ、驚くよな。
「“正義支配”……確か、第三回大規模突発クエストのKPと引き換えられるSSランクだったよな?」
「あのクエストに参加していましたか。私は争いが嫌いなので、最初からKP狙いでしたがね!」
懲りずに同じ手か。
「能力の練度は今一つらしいな」
白銀の多重風刃を破り、そのまま“地球儀”を天風で狙う!
「やめろぉ!!」
必死に支配能力で守るマサヨシくん。
「信徒は皆殺しにしたのに、自分の命は可愛くて仕方ないらしいな」
「――奴等は信徒などではなぁぁいッ!!」
いきなり化けの皮が剥がれたな。
「私は、全員が生き残れる方法を提示した……陣地を四つ奪えば、七百人の信徒全員が生き残れるとぉ!! なのに奴等は、それでは奪った“地球儀”のチームを犠牲にしてしまうと! 残された者達が奴隷にされてしまうと! それは教義に反すると言って――この私の言うことに逆らい始めたんだぞぉぉッッ!!」
「お前が考えて広めた教義なんだろ? なら、お前の自業自得だろ」
「――私の宗教だぞ!! 私だけが神の声を聞けるんだぞ!! 私の言葉は神の言葉だ! 私が作ってここまで大きくした宗教なんだッ! ――私が常に正しいに決まっているんだぁぁッ!!」
「キリスト教のパクりのくせに、何を偉そうに」
「…………なに?」
「シスターとブラザーって、キリスト教のカトリック特有の呼び方だろ? 《ジャスティス教》じゃなくて、《パクりカトリック教》って名前の方が良かったんじゃないのか?」
宗教とか詳しくないけれど、気になってイチカやリューナに確認していた。
「……――――うdkちvrjうおbてxdfぁbmのpっへsっdwfvjっhう゛っckrbっz゛ぁfッッッ!!!! …………オールセット3」
マサヨシくんの右手に、赤紫色の逆三角盾が出現。
「殺してやる……殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる――私の正義を証明するためにぃッ!!」
盾に、赤い文字が六つ刻まれる。
「正義なんて物のために、自分を慕っていた人間を何百人も殺したってのか?」
「そうだッ!! 正義であればこそ、神はあらゆる罪をお許しになるのだからなぁッ!!」
赦しがたいな。
「正義なんて言葉で自分の行いを正当化しようとしてる時点で――お前は只の卑怯者なんだよ」
精錬剣に、十二文字を刻む。




