770.ピエロのネロ
「処刑時間までもうすぐか」
処刑場に選ばれた二番区の広場にて、十字に貼り付けにされた仲間が八名。
偽物のハユタタの姿は無い。
「こっちだよ、ナオ」
「ミキコ! リエリア!」
私達を捜していた二人に声を掛けると、すぐに寄ってきた。
「遅かったじゃない」
「念のため、ハユタタの居る水槽を確認してて」
「どうだったの?」
「昨日と変わらず、中で眠ったままだったわ」
一人だけ吞気に……というのはさすがに酷いか。
「これより、大罪人共の処刑を開始する!」
始まった!
「この者達は、私の船を沈めようとしただけでなく、屋敷に侵入して盗みを働こうとした! よって、現時点をもって、ここに居る八名を処刑する!」
槍を持った兵士達が、一歩前へ。
「その証拠に、昨日の朝、我々の手から逃げたのち、二人一組で各地に潜伏。乱闘騒ぎに怪しい行動の目撃情報も多数あります!」
側近がデタラメ補足。
「アイツら、自分達で身の潔白を証明しろとか言っておいて」
泳がせて、変な行動を住民に目撃させるのが目的だったってわけ?
「更に、この者達の仲間が四名、私の船の破壊工作を未だに続けておる!」
「公開処刑が終了しだい、その者達を指名手配とする!」
「ま、待ってください!」
痩せた男性NPCが、兵士達とツグミ達の間に躍り出た?
「私は、彼女達に助けられた者です! 私以外にも助けられた者が何人も居ます! 何かの間違いでは?」
「そうだそうだ!」
「彼女たちは、親身になって俺達を助けてくれたんだぞ!」
NPC住民達が、次々と声を上げる。
「貴様ら、この船の船長である私が嘘を付いているとでも言うのか!! 二番区の船底が破壊され、この船が沈没の危機に瀕したのは紛れもない事実であるぞ!!」
嘘の中に真実を混ぜ込んで、説得力をだそうって魂胆か。
「だ、だがよ……」
「彼女達が犯人とは……」
「もう良い! 処刑を強行せよ!!」
――私達の身体が光り輝いて……いきなり、吹っ飛んだ兵士達が目の前に……。
あの一瞬で、処刑場の真っ只中に強制転移されたんだ!!
「お、おい! アレを見ろ!」
吹き飛んだ兵士達の姿が、見たことないギルマン系モンスターの姿に!?
「モンスターと入れ替わってたんだ!」
「彼女達は無実だ!」
「今のうちに助けろ!」
NPC達が、貼り付けにされていたメンバーを助け出していく。
「ハー、ようやく自由になれた」
「十倍返しでぶちのめしてやる!」
ネロとセリーヌが戦意を漲らせる。
「……誰かー、助けてー」
ユイとシレイアだけ、NPCが助けようとしていない……なんで?
●●●
私とネロで、ユイさんとシレイアさんを解放する。
「なんで私達だけ……」
「……ユイさんて、二日目に住民を助けたりしました?」
「ううん。誰も助けずに捕まってた」
「一日目は、何人か助けたけれどね~」
思わずネロに視線を向けてしまう。
「ハァー。そうね。アンタの人助けは無駄じゃなかったわよ、エレジー」
ネロも、一連の繋がりに気付いたようですね。
「クッ!! ……もういい――船の住民を、皆殺しにしろぉぉ!!」
船長の叫び。
『『『ギャォォォ!!』』』
「“ダーティーギルマン”。ギルマン系の中では強い奴だ余!」
「とっとと片付けて、この一連の事件を終わらせましょう!」
「「「おう!!」」」
クマムさんの言葉に、身が引き締まる!
「“暴風斧術”――サイクロンスラッシュ!!」
兵士の鎧ごと、“ダーティーギルマン”を両断!!
動きが臨機応変で連携能力もあるものの、倒せない強さじゃない!
『――“水流弾”』
水の弾丸が襲い掛かって来て……ネロと共に皆から離された?
「今のスキル、奴か!」
「みたいですね」
空より、あの時の半人半蛇の巨女が落ちてくる。
『エレジー、ネロ……お前達は、私が殺すッ!!』
このむき出しの憎悪は……只のモンスターが生み出せる物とは思えない。
「貴女、いったい誰なんですか?」
『……――アハハハハハハハハッ!! そっか、気付いてないんだ! そうよね。それくらい鈍感じゃなきゃ、私達を殺した女と一緒に居られるはずないはよね~ー!!』
「……へ?」
ネロに殺された? 私を知っている? ――まさか!?
「貴女は……ニシィー?」
九ステージで出会った、赤と白の長髪が特徴的だった人魚。
『ようやく気付いた? ――裏切りの尻軽女がぁぁッ!!』
鋭い指による攻撃を、ハルバードで逸らす!!
「裏切りなんて……」
『リョウさんを殺したギルマスと行動してるのに? 私達を殺したクソ女と仲良くしておいて? ――ふざけてるんじゃないわよぉぉッ!!』
身体に、力が入らない……。
『――チ!!』
突然退いた?
「その慌てよう、私の戦術が“即死”だって知ってるみたいね」
ネロの投げナイフを避けたのか。
『あのクソキモい観測者から、一通り聞いたわよ。取り引きも持ちかけられたわ――装備セット1』
黒い本を手にした?
「取り引き?」
『このクエストで貴女達を全滅させたら、代わりの身体を私とリョウ様に用意してくれるってね!』
「そんな……十三人も殺して、自分と彼の二人だけ生き返ろうと?」
そんな恥知らずな考え……。
『うるさいッ!! いつもいつも清楚ぶって、アンタのそういうところが大嫌いだったのよ! 皆ねッ!!』
私……皆に嫌われてたの?
「ああ、ウッさ!」
ネロ……。
「醜い女のぶっちゃけとか、本当に萎えるわ~。誰得なんだっての」
『――――全部、お前のせいだろうがぁぁぁッッ!!』
「だから、ほら。殺して良いよ、私のこと」
「……ネロ?」
なにを言ってるの?
『……なに? 罪滅ぼしのつもり?』
「は? 私はお前らみたいな薄っぺらい恋愛ごっこしてる奴等、見てるだけで虫唾が走るんだっての。そんなカス共を殺して罪悪感? バッカじゃねぇの」
『――――死ねぇッッ!!』
ニシィーさんのするどい指が迫る中、ネロは腕を広げたまま目を瞑って――あの時も、リョウに後ろから刺されて死んだときも、彼女は自分の命に頓着していなかった。
「――“暴乱惨禍”」
ニシィーの鱗に包まれた腕を、削り断つ。
『――ぁああああああああッッッッ!!!?』
「……エレジー? なにしてんの?」
自分でも分からない――解らないけれど!!
「――貴女は死なせない!! このゲームをクリアして消滅するまで、絶対に死なせないッ!!」
あんな、達観したような……諦観したような顔で死んでいく人間の姿なんて――死んでも見たくない!!
『――クソッ!! クソクソクソクソクソクソクソクソぉぉぉッッッ!!!!』
悲痛な叫びが響き渡る。
『まだ生贄が足りないけれど、やってやるわ!! ――“皆既日食”ッ!!』
彼女が抱える黒い本が不気味に発光しだした瞬間、天が急激に暗く……。
「太陽が黒く……」
『さあ、来なさい!! ――“アポピス”ッッ!!』
日食で黒く染まった太陽から――どれだけの大きさなのか想像もつかないほどの大蛇が、私達を睥睨していた……。