768.死者の書
『――死ね、クズ共!!』
ラミアっぽいモンスターのウザい叫び。
「“影鰐・六重”」
まずは動きを止める。
『チ!』
影鰐を警戒して、高い場所へと退いた?
見えない位置に行かれると、影鰐のコントロールがイマイチに……。
『“水流弾”!!』
水の弾が、連続して落ちてくる!
「“旋風撃”!」
防御してくれるエレジー。
「“跳躍”――“暴風砲”!!」
一気にケリを着けに行ったか。
『“魔力障壁”!!』
エレジーの攻撃を防ぎきった!?
『……これ以上は無理か!』
あっという間に入り組んだ場所へと逃げ込み、見失う私達。
「さっきのモンスター、喋ってましたよね?」
「私達のこと、わざわざクズって呼んだ? ……もしかして、元プレーヤーがモンスターになったパターンかも」
そのモンスターがもって無さそうなスキルを複数使ってたし、この二日で遭遇したモンスターの中では明らかに異質。
「追いましょう。数少ない手掛かりです」
「いや、先にクマムと合流するよ」
「え? でも……」
「もう見失っちゃったし。それに、私に考えがあんのよ」
●●●
「“威風棒術”――プレステージスイング!!」
一番区にて、襲ってきた賊を撃退する。
「あ、ありがとうございました!」
賊に攫われかけていた女性にお礼を言われ、去っていく。
「ミキコさんは優しいですね。真っ先に飛び出していって」
美人人魚のリエリアが、ニコニコ顔でそう言う。
「ああいうの、人一倍嫌なの」
男が無理矢理、女に言うことを聞かせようとする状況が……それに怯えて、何もできない女の方も。
「それにしても、随分と落ち着いているわね、貴女。明日の今頃には、私達は死んでいるかもしれないのに」
私は一度死んでから、自分の死にどこか頓着しなくなっているけれど。
「まあ、私も一度死んでますし」
心読まれた!?
「それに――コセさんとエッチしてから、もう思い残すことは無いって感じで~♡」
この色ボケ空気……私にとっては猛毒と同じだわ。
「……そんなに男が良いの?」
「はい♡ 私、一人暮らしが長かったですし、お父さんとお母さんみたいなおしどり夫婦になるのが夢だったので~♡」
訊くんじゃなかった。
「ミキコさんは、男の人に興味とかないんですか?」
「無いわよ」
むしろ、私の人生に男なんて居て欲しくない。
「それで、どうします? さっきから、変な人達とモンスターを相手にしてばかりですけど」
そのたびにお礼を言われたりするから、個人的には悪くないとはいえ、ろくに情報が集まっていない。
「引き続き情報集めするしか無いわね。気になったのは、“死者の書”という物の噂だけれど」
「誰かが、この“渡河船”にその“死者の書”を持ち込んだという話ですか?」
名前からしていかにも物騒だけれど、今回との関連性は不明。
そもそも、どこを調べれば良いのかも分からないし……引き続き、地道な聞き込みを続けるしかない。
「“死者の書”って、どっかで聞いたことある気がするんだけれど……漫画か何かだっけ?」
創作物で何度か、その単語を見掛けた気がする。
「エジプトが舞台の洋画に出て来てましたね」
ツグミとセリーヌが顔を出す!
「エジプトが舞台? 今回のクエストは、エジプト神話か何かがモチーフってこと?」
この世界出身のリエリアとセリーヌが、キョトンとしている。
「私も詳しくないのでよく分かりませんが、その洋画だと、“死者の書”を使って死人を蘇らせようとしていました。生け贄を使って」
生け贄……不穏な単語が出て来た。
「“魔石の撒き餌”っていうのを手に入れたし、モンスターの襲撃が増えてるって話も……二番区の船底が食い破られたって、明らかに船を沈める気で何者かが動いてるわよね?」
「はい。もしかしたら、この船の人間を生け贄に、何かを蘇らせようとしているのかも」
どんどん大事になっていく。
「つまり私達は、“死者の書”を持つ何者かを捕まえなければならないのかも」
これまで集めた情報が繋がっていく。
「誰か! 誰か助けてくれぇぇ!! 息子がリザードマンに攫われたんだぁ!!」
ボロボロのNPC男性の叫び。
「生け贄用に連れ去られたとか?」
吞気なセリーヌの推測。
「あれは私とリエリアで対処するわ。ツグミ達は、“死者の書”の持ち主を捜して!」
「はい、お任せを」
「待ってください、ミキコさーん!」
NPCから聞いた場所へと、リエリアと一緒に急いで向かう。
●●●
「真っ暗ね」
発見した路地を進んだ先に見付けた地下への入り口を、ノーザンと共に進む。
「……臭い」
生臭さと煙草臭さが入り交じった匂いに、むせ返る。
「「“生活魔法”、クリアエア」」
自身の周囲の空気を洗浄。
「――氷炎脚!!」
影から襲ってきた奴を、カウンターで蹴り飛ばす!
「コイツって、“アサシンスケルトン”?」
レギオンの誰かが遭遇してたのか、ライブラリに載っていた二刀流の骸骨モンスター。
「どんどん出て来ますね」
部屋の奥から、スケルトンを中心にアンデッドモンスターが次々と。
「さっさと片付けるわよ、ノーザン」
「ええ――“獣化”」
牛の人獣となったノーザンの猛攻で、あっという間に数を減らしていくアンデッドの軍勢。
「後ろからもか――“氷炎魔法”、アイスフレイムカノン!」
出入り口を凍らせて、退路を断つ。
『出口を塞いでどうするんですか……」
「帰りに吹っ飛ばせば良いじゃない。ほら、さっさと進むわよ」
不気味な暗がりを進むこと暫く、下り階段の先には……やけに機械的な部屋が。
「……あれ? あの中に居るのって……」
「なんでここに、ハユタタがいんの?」
今朝、あの偉そうな船長に捕まっていたはずなのに?
「気を失っているみたいですね」
部屋の水槽の中に囚われているみたいだけれど、どうやって助ければ良いのか――て、ノーザンがいきなり斧を振りかぶって!?
「ダメみたいですね」
ノーザンの一撃が、光によって弾かれた?
「――氷炎連拳!!」
私も破壊できないか試すも、衝撃を吸収するような感触に無駄だと悟る。
「ゲーム的な、破壊不可能なオブジェクトってわけか」
となると、何か解放の条件があるはずだけれど……。
「強き者を、“死者の書”の生け贄とする」
ノーザン、何かの紙を読み上げているの?
「それって、ハユタタがその生け贄に選ばれたってこと?」
「そうなのでしょう。でも、ハユタタさんがここに居るって事は、あのデブがここに運ばせた事になりません?」
デブって、あの船長とかいう男のことを言ってる?
「確かにそうね。戻って皆に知らせてから、今朝の屋敷に乗り込ん……あれ?」
水槽の裏に、まだ扉がある?
「ナオさん?」
ドアを開けると、そこには大きな窓が付いた物置……。
「窓の向こうに、二番区の船?」
船を連結させている大きな金具も見えるし、向こうにも同じ窓があるみたい。
「もしかして、ここを通ってハユタタは連れて来られた?」
「行ってみましょう。真犯人の証拠を得られるかもしれません!」
証拠も無しに乗り込んでも、時間を無駄にしてしまうだけか。
「そうね」
この事件、さっさと解決してゆっくりしたいもの。