755.横穴へ
モーヴを迎え入れた次の日、ホーン族の奴隷商館があった空洞の底から無数にある横穴の一つを選択し、パーティーごとに進む。
「昨日はツグミとお楽しみだったんだって?」
シューラの下世話な声音。
「なんだ、焼き餅か?」
少し意地悪。
「……そ、そういうわけじゃ」
図星だったのか?
「敵襲ですよ、二人とも」
トゥスカからの警告。
現れたのは、大きな蜥蜴の集団?
「“コモドドラゴン”。色によって司る属性が違うけれど、口内に毒があるのは共通です」
使用人NPCであるナターシャからの情報。
「良いよ、ここは私がやるから」
メルシュが左腕の機械装身具、“マス・ホログラフィック”を掲げる。
「――“有象支配”」
青緑色のモザイク欠片が集まり、四体の……トロールになった?
「ぶち殺してきて」
半透明なトロールが、半透明棍棒で大蜥蜴を薙ぎ払い出す。
「……メルシュ、なんでトロール?」
「なんとなくだよ、なんとなく」
同じ言葉を繰り返している所が、普段のメルシュらしくない。
「その“有象支配”っての、なんでも作り出せるものなのかい?」
シューラからの質問。
「ライブラリに記録されている物の見た目だけだけれどね。私がシューラの弓を作っても、オリジナが持つ特殊能力は無いよ。弓としては使えるけれど」
「おう、なるほど」
モザイク光の弓を受け取り、使用感を試して納得するシューラ。
「万能と言えば万能だけれど、火力には乏しい感じか」
「そうだね。銃とかは、形は真似られても設定通りの火力が出せるわけじゃないし。無理に撃てても手間が無駄に掛かるだけって感じ。だったら――」
四体のモザイクトロールが形を変え、八振りの浮遊モザイク剣と成り、蜥蜴たちにトドメを刺していく。
あれ、この間の戦いで俺が使った浮遊剣と、形状が一緒だな。
「こうして、形状だけで殺傷力のある武器か、身体能力が優れたモンスターを作った方がマシかな」
「重さはどうなのです? オリジナルと一緒なのですか?」
トゥスカからの鋭い問い。
「重さは一緒ではあるけれど、完成するまでは実態が無いから破壊されやすい。て所が弱点かな。初動も、他のSSランクに比べると遅いね」
“マス・ホログラフィック”は、いわばモザイクを生みだす能力。続いてライブラリ内の物を作り出すのは、おそらく副次的な効果なのだろう。
同じSSランクでも、生みだす対象が気体、液体、固体の順で僅かに遅いし。
そこに重さ、硬さ、大きさ、形の要素も加わる。と、様々な精錬剣を扱ってきた俺は感じていた。
「じゃあ、さっさと進もう」
モザイク剣を消して、進むことを薦めてくるメルシュ。
「ここ、小さな横穴があるけれど、なんなんだい?」
シューラが指摘した通り、ここから見えるだけでも四カ所、俺達では屈んでも入るのが難しい穴が見えていた。
「そこは、小柄なフェアリー族専用の宝箱ですね。内部は多少入り組んでますが、奥になんらかのアイテムがあります」
「まあ、フェアリー族じゃなくても、モモカやバニラくらい小柄なら、問題なくアイテムを回収できるんだけれどね」
ナターシャとメルシュの言。
「トゥスカなら行けるんじゃないのかい?」
「「「へ?」」」
出るとこ出てるぶん、俺よりも穴に入るの大変だと思うんだけれど?
「お前達、すっかりトゥスカのスキル、“幼児化”を忘れてるだろう?」
「「「あ!」」」
俺が“女体化”を手に入れた事を忘れたくて、すっかり失念していた。
「じゃあ、トゥスカ。頼む」
手に入れられるアイテムを逃す手はない!
「は、はい……“幼児化”」
見覚えのある姿になるトゥスカ。
「い、行ってきます」
俺が“女体化”するのが嫌なように、トゥスカも“幼児化”するのが嫌なんだろうな。
「気を付けてな、トゥスカ」
屈んで頭を撫でてしまう。
「が、頑張ります、ご主人様!」
「……こんな娘がほしいなぁ」
「い、行ってきます!」
慌てた様子で、横穴に四つん這いで入っていくトゥスカ。
「なんで慌ててたんだろう、トゥスカ?」
「コセ坊……アンタ、自分の娘にもご主人様って呼ばせる気なのかい?」
「……へ?」
シューラからの意味不明な指摘。
「――ち、違うぞ! そういう意味で言ったんじゃなくて!」
むしろ、俺はお父さんって呼ばれたい! ご主人様もパパも嫌だ!! ……娘からはパパでも良いか。
●●●
暫く横穴を進み、突き当たりを上へ、Uターンするように上がると、最奥で宝箱を発見。
「罠は……無いみたいですね」
開けてみると、Eと書かれた袋が三つ。
「“E級武具ランダム袋”ですか」
今更Eランク……まあ、横穴は結構な数がある上に、安全に手に入れられるようですし、面倒なのを除けば、こんな物でも納得ですかね。
「……勝手に開けちゃえ」
私を“幼児化”させた事に対し、小さな嫌がらせをしてやります!
「あ!」
一つは“ディグレイド・リップオフ”が出た!
「本来ならメルシュに渡すところですけれど……」
レギオンが所持するSSランクも増えましたし、今回は私の我が儘を通させて頂きます!
●●●
「青いメダル、見付けたよ!」
モモカが穴から戻って来た。
「やったな、モモカ。ありがとう」
サブ職業を受け取ったのち、頭を撫でてあげる。
「ガウガウ!」
別の穴から、バニラも帰還。
「バニラも良い娘、良い娘」
「アウ~♪」
私のように指輪を受け取ってから、バニラの頭を撫でるモモカ。
親の姿を見て子供は育つ、か……責任重大だな。
「二人とも、次の穴で最後だよ。頑張ってね」
テイマーのサキの言葉に勢いよく返事をし、二人が穴の中へ。
「私がもうちょっと小柄だったら、穴に入れるのに! でも、早くジュリー姉みたいにバインバインになりたいし!」
意味の無い苦悩に悶えている、雪豹獣人のクレーレ。
私達は既に洞窟の最奥、安全エリアがある森の手前までやって来ていた。
「さて、五十ステージも大詰めだけれど、ここからが本番とも言えるな」
「ジュリー様、新手です」
使用人NPCドワーフ、エリーシャが教えてくれる。
「“雷支配”」
SSランク、“ケラウノス・ミョルニル”の力で雷を生み出し、ドラゴノイドの集団に浴びせて手前の数体を始末。
「エリーシャ、サキ、クレーレ、消耗を抑えつつ、残りに対処して」
「「「了解!」」」
三人が戦闘体勢へ。
「私は良いのか? この指輪を装備している者は、敵を直接倒した際に入手できる経験値が増えるんだろ?」
この前のクエストで手に入った“功績者の指輪”を見せながら、尋ねてくるモーヴ。
「今は外しておいて」
“功績者の指輪”は、直接倒した場合に手に入る経験値とお金を1,5倍にしてくれる反面、パーティーメンバーが倒した分の経験値とお金は0,8倍になってしまう。
“共有のティアーズ”とは良くも悪くも効果が重複しないけれど、メリットを生かそうとすればするほどモーヴに負担が掛かる事になるため、Lvがある程度上がったら使わせないつもりだ。
「森の方が出て来るモンスターが多いから、今は体力を温存しておいて。代わりに」
彼女に“ケラウノス・ミョルニル”を差し出す。
「私に? 貴重な武器なんじゃなかったのか?」
「代わりに、できる限り一人でモンスターに対処して」
まさか、買った段階でモーヴのLvが40しか無いとは思わなかった。
あとから、【始まりの村】の獣人同様、Lvを強制的に変えられていると知ったけれど。
元々はもっとLvが低かったらしいし……モーヴが戦力として当てにできるのか、ちょっと怪しくなってきていた……。