752.マスターアジャスト
寒さの厳しい山の麓、ホーン族の男と人魚の女性が、一人の女の子と共にヒッソリと暮らしていた。
女の子が十を超える頃には、両親は身体を壊して他界。
山で一人、女の子は数年の歳月を過ごし――デルタと呼ばれる一団によって捕まり、ダンジョン・ザ・チョイスに奴隷として送り込まれる。
それが、俺が“超同調”を使った際にリエリアの中で垣間見た、彼女の生い立ち……。
★
「うわ……凄い匂い」
聞き慣れない声に、意識が覚醒していく。
暗いベッドの隣では、リエリアが静かに寝息を立てていた。
ガチャリとドアが開くと、そこから山猫獣人のサンヤが顔を覗かせる。
「……やっぱりヤってたすっか」
「ああ……ごめん」
彼女とはそういう関係じゃないのに、見苦しい物を見せてしまった。
「別に良いっすよ。私もそのうち抱いて貰おうと思ってるし」
「へ?」
「そんな事より、もう夕方っすよ」
「そんなに?」
昼飯も食べずに、何時間ぶっとうしでリエリアを開発していたのだろう?
……甘やかされるままに、夢中になりすぎた。
「モモカとバニラがこの船に近付くのを止めるのに、みんな苦労してたっすよ」
「ああ……助かったよ」
結局、途中で遊ぶのをすっぽかした形になっちゃったか。
「リューナ達はどうなった?」
NPCやジュリー達と一緒に、SSランクの申請権を使った新しいSSランクのアイディアを練っていたはず。
「あんまり上手くいってなかったっぽいすけど、今は四度目の審査待ちらしいっす。今回は審査時間が長いから、たぶん通るだろうって」
上手くいけばSSランクを半永久的に数十種類、手に入れたようなものだけれど……どうなるかな。
「……シャワー浴びたいから、ボートから出ていてくれない?」
「気にしなくて良いっすよ?」
「いや、気にしろよ!」
ここのシャワールームは丸見えの硝子張りだし!
★
「狂い殺せ――“雄偉なる氷獄の狂乱仁義”」
リエリアと結ばれた次の日、早朝からリンピョンと共鳴精錬を試していた。
「これが、私とコセの……」
黒と青に彩られた狂気の剣を見詰め、呆けている兎獣人。
「やりましたね、リンピョン!」
「あ、ありがとう、カプア」
新たに十二文字刻めるようになったカプアとも、共鳴精錬は成功。
「ギオジィ! 私ともやろうよ!」
雪豹獣人のクレーレが乱入してきた!
「いや、それは……」
「私だって十二文字刻めるもん!」
それはそうだけれど、“超同調”が精神セックスするような物と言われてからは、十五にもなっていないクレーレはちょっと遠慮したいというか……。
「ノゾミ姉だって、そう思うよね!」
「へぇ!?」
背後に隠れるように佇んでいたノゾミが、急な名指しに慌てふためく。
「ノゾミさん、十二文字刻めるようになったんですか?」
「はい、この前の大規模突発クエストの時に……」
精神セックスの件、ノゾミさんも知っているから、あんなに赤面してるんだろうな。
「あの、無理しなくて良いですからね」
付き合ってもいない相手と、精神セックスするのはさすがに気が引けるし。
「……まあ、そうですけど」
なんだ、そのどっちとも取れる微妙そうな反応は。
「コセ! 例の申請が通ったぞ! 実物も届いた!」
リューナやジュリー達が駆けてくる。
「それで、どんな性能になった?」
なかなか上手くいかないから、当初とは随分違うコンセプトになっていったらしいけど。
「そうだな。まずは見てくれ」
手の平の上に乗るサイズの……銀パーツ?
「コレの名前は、“マスターアジャスト”」
説明しながら、リューナが青いサブ職業メダルをセットした?
「今セットしたメダルは、“逢魔魔法使い”。そしてコレを――」
リューナが自分の剣、“終わらぬ苦悩を噛み締めて”に押し込み――呑み込まれていく!?
「行くぞ――“逢魔支配”!」
夕暮れを思わせる不気味な闇が剣から噴出し、球体、槍、斧のような形状になったのち、消失する。
「……SSランクの支配能力を付与したのか!」
「最初は精錬剣、“ディグレイド・リップオフ”が半永久的に手に入るSSランクを作ろうとしたんだが、なかなか上手くいかなくてな」
「途中で、普段から剣を使わない人間には、精錬剣より使い慣れた武器の方が良いよねとなってね」
リューナの補足をするジュリー。
「なら、使い慣れた武器を、実質SSランク化してしまえば良いって事か」
「当然、制約もありますの」
ネレイスの隠れNPC、サカナが語り出す。
「セットできるサブ職業は属性系統がある物のみで、セットする武具に属性系統がある場合、同じ属性系統のメダルしかセットできないんですの」
「なるほど。汎用性がある分、他のSSランクと比べると支配能力に特殊性は無いと」
それぐらいの制約が無いと、さすがに万能過ぎるか。
「もう一つ、EXランクは同化の対象外だからね」
この間までなら、大して気にならなかった制約だな。
「ただし、“レギオン・カウンターフィット”同様、“ディグレイド・リップオフ”でコピーしても能力は損なわれないぞ!」
ジュリーの言うとおりなら、NPC以外は、使いやすい専用のSSランクを手に入れられるような物なんじゃ……。
ますます、“ディグレイド・リップオフ”を集める必要が出て来たな。
「凄い物を作ったじゃないか」
リューナの頭を撫でる。
「……恥ずかしいぞ♡」
「コセ。私やメルシュ、コトリだって意見を出し合ったんだぞ!」
珍しいジュリーのやきもちアピール。
「はいはい」
ジュリーの頭も撫でる。
「ところで、メルシュとコトリは?」
「ああ、コトリがメルシュを呼び止めてたな」
コトリが?
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「ハアハア、ハアハア」
日課のランニングを終える。
「精が出るね、ケルフェ」
コトリが近付いてきた。
「その手のカードは?」
「“超同調”のスキルカードだよ。この前のクエストで、何枚か手に入ったんだってさ」
「わざわざ貰ってきたのですか?」
「ちょっと、面白い事を思いついたから」
そういう割に、コトリの表情は浮かない。
「悩みがあるなら、この前のように聞きますよ」
「……恐いんだよね、コセさんと“超同調”で繋がるの」
「両親を殺したことを知られるのがですか?」
「うん、まあ……」
説明が難しい類ですか。
「私に“超同調”を使ってみますか、コトリ?」
「……良いの?」
それが目的で、カードを貰って私のところまで来たのでしょうに。
「使ったが最後、貴女は私の嫉妬深さを目にする事になるでしょうが」
「ケルフェの嫉妬なんて、可愛い方だと思うけれどね~」
少しは気が晴れましたかね、コトリ。