740.生と死の狭間
「“四重魔法”、“桜火魔法”――フレアブロッチェブラスター!!」
タマモの魔法が、銀色の壁を焼き融かしていく。
「拍子抜けだな。まさか、なにも居ないとは」
エトラのぼやき。
辿り着いた最後の部屋にはSSランクまでの道を阻む壁があるだけで、邪魔してくるモンスターもなにも居ない。
エトラじゃなくても、拍子抜けしちゃうのは仕方ないね。
「うちの魔法でも、なかなか削れんね」
「“レギオン・カウンターフィット”が使えれば、消耗を気にせずにぶっ放すのに」
「時間が惜しい、私もやる! “古代兵装/六門竜砲”!」
エトラの奴、杖に神代文字を九文字刻んで、威力を全力で高めてるし!
「止めなくて良いんですか、コトリ?」
ケルフェに尋ねられる。
「まあ、時間を掛けてられないのは事実だし」
ミカゲ達。追ってこないって事は、まだ戦ってんのかな。
「ぶっ壊れろ!!」
六つの砲撃が一点に収束――淡く発光する銀の壁に大きな亀裂が入り、僅かに貫通した!
《――ようやくか》
向こう側から、脆くなっていた壁が吹き飛んでく――
「マリナ!?」
この心配げな声、リンカの? ――マリナが倒れて……頭に破片が当たったのか!
「これは……まずいなぁ」
余裕の無いタマモの声からして、やらかしてくれた敵の正体は判ってる。
「タマモ、リンカとマリナを連れて下がって! エトラとカナさんも、三人の護衛と後方の見張り!」
神代文字が使えて大して消耗していないカナさんには、退路の確保に回って貰う。
「だが敵は!」
「――さっきのでMPと精神力をだいぶ消耗したでしょ! 大人しく下がれ!」
「……すまん」
エトラに強く言いすぎた……私も、それだけ余裕が無いって証拠か。
《なんだ? たった二人で俺に勝つつもりか?》
壁の向こうから現れたのは、アルファ・ドラコニアン。
この威圧感――実際に対峙すると凄まじい!
トゥスカ達、よくこんなのとまともに戦えたな! 私なんて、対峙しているだけで肌が粟立つかのよう!
「戦える、ケルフェ?」
「……マリナが倒れたのが痛いですね」
返事になっていない返事……それだけ、ケルフェも余裕が無いって事か。
《雑魚の相手は面倒だと思い、壁の向こうに配置させたが……暇すぎて死にそうだったぜ》
壁の奥、大がかりな動力炉みたいなのの中心に浮いているのがSSだと思うんだけれど……アレって、ブラウンカラーのクレヨン?
《どこを見ている!》
刀身の中心に長い空洞がある剣で、奴が斬り掛かって来た!
「――“殴打撃”!!」
九文字刻んだ状態の黒棘白金棒、“生き様を視ること死に様の如く”で打ち返す!
《ガハハハハ!!》
軽く衝撃波を浴びせられ、動きが鈍った所に連撃を仕掛けられる!
「私は無視ですか? ――“穿孔脚”!」
ケルフェの蹴りに飛び退く赤蜥蜴。
「ハアハア……助かったよ、ケルフェ」
「礼なら後で……」
二対一じゃ分が悪い。私達が二なのに。
「“人格分離”」
魔法使いの私を呼び出す。
「いっつもいっつも、面倒くさい状況で私を呼び出して」
「そりゃそうでしょ」
キツい状況でもなきゃ、わざわざもう一人の自分なんて呼び出さないし。
「神代文字、刻めるよね?」
「当然!」
黒白の杖、“後ろ暗い生き様が染み付いて”に九文字が刻まれる。
神代文字が刻まれた瞬間、やっぱり私の精神的負担が増した。
訓練でも文字を共鳴させる事はできなかったし、もう一人のありえたかもしれない私は、結局は私そのものという事なんだろうな。
《三人になったか。まったく、おかしな舞台を用意した物だ。いったい、どこのバカの発案なのやら――“魔綱玉”》
剣の刀身付け根の玉部分からせり上がった光が、空洞を通って、切っ先の玉へと到達――鋭利な光の刃へと転じた?
《さあ、この世界特有のシステムを用いた戦闘を――愉しませて貰おうか!!》
「“連盾障壁”!!」
文字の力が浸透された六角障壁群で、アルファ・ドラコニアンの攻撃を止めるケルフェ。
「“障壁支配”!」
“連盾障壁”を変形させ、拘束してしまう!
「今のうちです! SSランクを!」
「――ナイス、ケルフェ! “瞬足”」
急いでクレヨンを回収しにいく!
《――ふざけるなよぉぉッ!!》
障壁を、不可侵の力で粉々に!?
《お前達には――俺を愉しませる義務があるんだよぉぉッ!!》
私目掛けて突っ込んで来る!!
「“鬼の神力”!!」
こっちも不可視の力をぶつけ――全然止まらねぇし!
「“跳躍”空衝”!」
ルイーサの“瞬足”跳躍”を参考に、跳び上がると同時に空中を高速移動!
「“劇毒弾”!!」
《つまらん攻撃をするな!》
背に向かって放ったけれど、剣の振りと一緒に放たれた衝撃波で弾かれる!
「“六重詠唱”、“光輝魔法”――シャイニングレイ!!」
やさぐれ私による魔法攻撃。
《効くかよ、こんなもんが!》
念能力による防御……九文字でも足りないなんて、理不尽過ぎる。
「“ニタイカムイ”、“砂鉄磁鞭”――“砂鉄鞭術”、アイアンサンドラッシュヒット!!」
手数で攻め立てるケルフェ。
《軽いわ!!》
剣と衝撃波の合わせ技で、砂鉄の鞭が霧散させられた。
「――“閃光の如き生き様”!!」
金棒の亀裂から白い光を噴出させ、超スピードを得る!
「“殴打撃”!!」
アルファ・ドラコニアンが消え――後ろに回り込まれた!?
「“空衝”!!」
間一髪、首を落とされずに済んだ――けれど、両脚が切り飛ばされ――――これ、このままじゃ死んじゃう。
――殺される前に、殺さなきゃ――――あの時みたいに。
《……なぜ、十二文字も刻めないお前が》
九文字の光が、輝彩色の輝きを放っている。
もう一人の私の存在によって、擬似的な十八文字状態になっているらしい。
“人格分離”で呼び出した彼女が消え、引き換えにもう一人の私の想いと私が溶け合っていく。
――自分の肉体を再構築。切断された脚を元通りに。
……私って、思っていたよりもずっと……まとも側の人間だったみたい。
《……く、クク! お、おもしれー。お前に勝てば、俺は最強のドラコニアンを名乗れ――》
――瞬間移動で懐に潜り込み、“殴打撃”を見舞う。
《――ガハッ!!》
《この武器だと力不足だな》
“生き様を視ること死に様の如く”に十二文字刻み、“生き様と死に様の向こう側へ”と昇華。
《――“覚悟の死生観”》
“閃光の如き生き様”と、“英雄の如き生き様”の複合能力を発動――白と黒の光を金棒の亀裂から噴出し、全身に纏わせる。
《劣等種に――この俺が負けるかぁぁッッ!!》
超高速と瞬間移動を繰り返し、アルファ・ドラコニアンの頑丈な肉体を滅茶苦茶にしていく。
《ぅうあああああッッ!!》
全身から衝撃波を発生させる、可哀想な劣等種。
《“鬼の神力”》
スキルに念能力を上乗せし、衝撃波を突き破ってアルファ・ドラコニアンの正面の鱗をはぎ散らす。
《お、俺が……手も足も……》
《さすがにしぶと――》
力が――抜ける。
「ハアハア、ハアハア、ハアハア、ハアハア」
上手く呼吸ができない……神代文字どころか、意識まで飛びそうッ!!
《……つまらない幕切れだったな》
アルファ・ドラコニアンが、近付いてく――大火力の砲撃が、アルファ・ドラコニアンに直撃。
「コトリから離れろ、蜥蜴野郎!!」
エトラ……無茶して。
《雑魚共が、群れなければ何もできない虫けらのくせにッ!!》
『1番エリアのSSランクが回収されたのを確認しました。よって、現在1番エリアに居る皆様は第三回大規模突発クエストをクリア。依頼達成です』
《……は?》
「……さすが」
ケルフェが、SSランクを掴み取っていた。
《――貴様らぁぁッッ!!!!》
アルファ・ドラコニアンの叫びと共に光に変わりだす自分の身体を見て、ようやく意識を手放す……。




