731.再戦の亡霊
『……』
「グダラさん……なんかキクルさん、機嫌悪そうだね」
ウララに耳打ちされる。
「まあ、昨日の相手が精神操作の使い手だったから」
嘘ではない。あの一戦から、明らかにキクルの様子がおかしい。
ただ、シェルターの中にあった書類を見てから、一段と思い詰めるようになったのは確か。
その書類に書かれていたのは、児童相談所とかが、相談しに来た親からほとんど強制的に子供を取り上げて、外国に養子縁組して売り飛ばすという物だった。
胸糞悪い話なのはそうだが、なぜキクルがあんなにも荒れているのかは、私にも解らない。
「おい、後ろから偽エイリアンが――」
バルバザードからの警告――身体が……動かない?
私だけじゃなくこの場の全員、偽エイリアン共まで動きを止めている!?
『現時点を持って、地下エリアの防衛プログラムが最大レベルに引き上げられました。エリアの管理者達が直接、侵入者の排除を開始します』
それだけ言い、時が戻る。
「管理者達が直接?」
偽エイリアンを片手間で始末する。
『アイツらは……』
最深部へと続く通路から、隠れNPCシャドウが現れる!
「見覚えがあるのと無いのが居るわね~」
サトミの吞気な声。
「チラホラ、五十ステージより上の隠れNPCシャドウも混じってるな」
バロンのミレオが情報をくれる。
『珍しいスキルを手に入れるチャンスだな』
キクルが、あまり自分からは使いたがらない神代文字をいきなり刻んで……。
「グダラさん。危うい殿方をお支えするのが、伴侶の役目では?」
雪女のヒョウカに諭される!
「それくらい! ……そうだな。ヒョウカも手伝ってくれるか?」
「あら、これは意外なお返事」
可笑しそうに……女狐め。
「まあ、お前とは仲良くやりたいとは思ってたさ」
最近のキクルは、レイナに手を出してからどんどん節操が無くなっていってるし!
「では、とっとと片付けましょうか」
「当然!」
あのバカ旦那に最初に惚れたのは、この私なんだからな!
●●●
「エリアの管理者が直接……か。果たして、何が来るのやら」
マリサとネファークのパーティーと共に鍾乳石の部屋を抜けて暫く、既にエリア最深部近くまで来ていた。
「……この音、なんか聞き覚えある」
聞こえてきた駆動音に、アオイが言及した?
「何か来たぞ、ルイーサ」
ネファークの視線の先から、黒いボディーの機械が飛んでくる。
「……なるほど。管理者が直接っていうのは、コイツらの事か」
アオイの命を奪い、私にトラウマを植え付けた存在。
「――“アイアンバリエーションズ”」
個体によって違うパーツを装着し、魔法ダメージを半減させる“黄金障壁”、武術のダメージを半減する“白銀障壁”、おまけに高速飛行する機械の巨体。
しかも、操っているのが……。
『ノルディックのクズども。せいぜい、俺達の狩りを楽しませろよ?』
『久し振りの奴隷狩りだ!』
『このロボットじゃ、苦しめられずにうっかり殺してしまいそうだ。俺達にもアバターが使えればよ』
つまらない三流台詞をベラベラと。
「雑魚どもを殲滅して進むぞ」
『赤毛の女、俺達を雑魚だと言ったのか?』
『やはり、ノルディックは低能だな』
『仕方ないだろう。地球人類は先天的にも後天的にも、洗脳しやすいよう、おつむを脆弱にしてあるのだから』
ムカつく事をベラベラと。
「トカゲ共を、これ以上粋がらせるな!」
「「「「おう!!」」」」
●●●
「“光線魔法”――アトミックレイ!!」
神代文字六文字分の力で、ようやく半壊させられる程度。
「ムカつくわね」
九文字なら一撃で戦闘不能にできるだろうけれど、以前よりも“アイアンバリエーションズ”の強度が上がっている。
「姉ちゃん、準備出来た」
「よし、いったれ!」
アオイが“トリプル薬液スピアー”を手に、両手盾持ちの一番硬い奴を狙う。
『ひき肉になれ!!』
「“幻影”」
迫る巨盾を、“幻影”と入れ替わって回避。
『バーカ!! お前ら脆弱なノルディックを殺すのに、剣やミサイルなんて要らねぇんだよ!!
「――“悪魔熊の腕”」
左腕を禍々しい熊の腕に変え、鉄塊を殴りつけてひれ伏させるアオイ。
あの子は、なんでああいうスキルを好むのか。
『その程度じゃ、コイツにはなんのダメージも!』
「“水銀武術”――マーキュリーストライク」
突き刺した内側から“腐食液”を注ぎ、あっという間に半壊させるアオイ。
『な!? 腐食は効かないはずじゃ!』
「効かないのは装甲だけでしょ。お前みたいなのをゲーム脳って言うん? レプティリアン」
『――貴様ぁぁ!!』
「悔しかったら直接来いよ。鉄クズ操って粋がる事しかできない――弱虫のくせに」
アオイの怒りが、かつてないほど酷い……。
「なんだ、硬いだけで大したことないじゃん」
「物量で攻められでもしないかぎり、問題にならないね」
「この空間が狭いからな。私達にとっても厄介だが、向こうもろくに動けない」
サナ、クロニー、ネファークの会話。
「とはいえ、攻め続けられたらキツい。さっさと行こう」
マリサの提案に従って、三パーティーで奥へと進む。
●●●
「……ここが最深部」
暗い金属の通路を超え、私達が辿り付いたのは……眩しいくらいの光に満ちた大きな機械部屋。
「兵器か何かのヤバい実験をするための場所……て感じ」
ツェツァの意見。
床は白く、奥の壁は銀一色で煌めいている。
「SSランクは、あの壁の向こうみたいです~」
「どうやら、奥の壁を破壊して進む必要がありそうですの」
コツポンとサカナからの情報なら、力尽くで突破するしかないか。
「“六重詠唱”、“爆裂魔法”――エクスプロージョン!!」
ツェツァが、十二文字分の力を込めた魔法を壁にぶつける!
「……嘘でしょ」
「これが最終砦というわけか」
あれほどの威力でも、壁を突破出来ていない。
大きく抉れてはいるものの、亀裂と呼べる程の罅は無い……しかも、只でさえ硬いのに、とんでもない分厚さのようだ。
「時間が掛かりそうね。リューナ、こっちは私のパーティーで引き受けるから、後ろを見張っていてくれない?」
消耗したクオリアを気遣ってくれているのか。
「ああ、任せろ」
単純な火力なら、ツェツァ達の方が高そうだしな。
「……来ないね。他のパーティーも、クオリアが戦ったアルファ・ドラコニアンも」
サンヤのセリフ。
ここに辿り着いて暫く経つも、やってくる者は一人も居ない。
部屋の外からは、だいぶ前から戦闘音が響いているが。
「もしかしたら、この部屋にはモンスターが入って来られないのかもな」
でなけば、ここに居る私達を最優先で狙わない理由はないはず。
「……誰か来ます。人間の足音」
クオリアがいち早く気付いた。
「――見付けたぁ~」
返り血だらけで現れた一人の男が――ノゾミを見て不気味に笑った!?
「あの人は……」
ノゾミが怯えている?
「知ってるのか、ノゾミ?」
「“王冠平街”で、私を狙って襲ってきた人です!」
四十五ステージ――コセ達が妙な視線を感じた場所!!
「ようやく再会できたね、ノゾミ。あの日からずっと、君に遭いたくて仕方なかった!」
なんか急に唄いだしたうえに、妙な踊りまで。
「この唄……ヒンディー語か?」
「でもね、美しい君にも一つだけ足りない物がある~。それは――」
コイツ、たちの悪いストーカーだな。
「君が――経産婦じゃない事さ」
「「「「……は?」」」」
むしろ経産婦じゃない方が良いだろ。狙っている男からしてみれば。
「だからノゾミ――僕が経産婦にしてあげるから、産まれてきた子供を丸焼きにして一緒に食べよう。そして幸せの絶頂の中で、君の内臓をえぐり出させてくれ!! ヒャホーイ!!」
――コイツは、ルーカスと同等かそれ以上の度外道だ!!
「リューナ、コイツさ」
「ああ、とっとと片付けるぞ」
視界に入れているだけでも不愉快だ!
「――待ってください」
ノゾミが前に出る。
「……私が殺します」
そこにいたのは、私が知るノゾミではなかった。




