728.番狂わせな早朝
「ハァー――ぁ」
寝起きに大きな欠伸でた。さすがに、今夜はベッドで寝たい。
「起きたんだ、マリナ」
私が契約した隠れNPC、モーラのリンカが声を掛けてきた。
「リンカは寝たの?」
「少しは……」
素っ気ないな。まあ、リンカからすれば、死んだはずなのに隠れNPCになり、勝手に奴隷にされた挙げ句、過酷な大規模突発クエストの真っ最中。
私なら発狂しかねない。
「早くSSランクを手に入れて、安心できる場所へ移動しましょ」
なんだかんだで、この場所にもモンスターの襲撃が何度かあったみたいだし。
「……」
「なに?」
昨日から、私の顔をジロジロ見てくる。
「なんか……貴女の顔を見ていると既視感が……まあ、なんでもないわ」
気になる言い方だな。
「二人とも、一番奥に居たんだ」
眠そうなコトリが近付いてきて、チョイスプレートを開いた。
「朝六時を過ぎたけれど、何も起きないね」
「例のカウントか。リンカを開放したから当然でしょ」
「万が一もあり得ると思って。でも、他のエリアで同じ仕組みがあって、私達みたいに止められていなかったら、いったいどうなってたんだろう?」
あんまり考えたくないな、それ。
●●●
「起きてください、マスター!」
ヨシノに起こされてる?
「どうしたの、ヨシノ?」
「外、大変な事になってます!」
RVの外から戦闘音?
「撤退! 中に入って!」
カオリ達が、バカでかいRVの中に戻ってきた?
「ダメだ、数が多すぎるうえに囲まれていて、背を向けて移動なんてできる状況じゃない」
あのユイの姉であるカオリから、ハッキリと弱音が出るなんて。
「何が起きてんの?」
「隠れNPC、ジャック・オ・ランタンのシャドウ・グリードです。しかも、彼等は我々の進路の逆側から、次々と現れています」
ナースの隠れNPC、ナイチンからの情報。
コセ達が無尽蔵の隠れNPCシャドウと戦ったとは聞いてたけれど、カオリ達が撤退するレベルなのか。
「つまり、シャドウ・グリードに常に追い立てられながら進まなきゃいけないって事ね」
「いや、そのシャドウ・グリードだが、何割かがエリアの最深部に向かっていってる。どこも奴等でいっぱいだ」
強引に突破しようにも、リスクがデカいと。
「本調子じゃない者も多いし……私は、撤退を進言する」
冷めた表情のカオリ。
私とレリーフェ、それにスゥーシャも……まともに戦えるくらい回復していない。
「撤退って、いったいどこへ?」
「SSランクを二つ以上装備すれば失格になる。このルールを利用する」
――私達が居るRVが攻撃され始める!
「ど、どうやってよ?」
「“ツインリーダー”のサブ職業を使って、私とユリカのパーティーを一つとして認識させる。そうすれば」
タマと向こうのエルフのSSランクで、一つのパーティーに二つのSSランクがあるって扱いになるってわけね。
「……悪いわね、迷惑掛けて」
「どっちにしろ、私達だけじゃ詰んでた。失格になれるだけマシよ」
ユイより会話しやすい。
「みんな、私達の大規模突発クエストはここまでよ」
仲間を一人失い、クエスト中に手に入れたアイテムも全て没収されてしまうため、得る物は何も無い。
それどころか、誰かがクエストをクリアしないとAランク以下のアイテムを全て失う。
それでも、これ以上誰かが死ぬよりは――
「あとで、皆に……謝ろッ」
「ユリカさん……」
「ユリカ……」
勝手に涙が出て来て、嗚咽も止まんなくて……凄く悔しいんだ……私。
丸一日近く残し、私達の第三回大規模突発クエストは……終わりを迎えた。
●●●
「本当に大丈夫なんですか、ホタルさん?」
「問題無いと言っている」
倒れたホタルさんを休ませるにあたって、私達は昨日、早めに睡眠をとり、夜通し地下施設を進む事に。
「ホタル、もう最奥のエリアが近い。一度休もうぜ」
「……そうだな」
ケイコさんの提案に乗り、休憩する事に。
「コーヒー飲む人ー!」
ビーバー獣人のムダンさんが訊いてくれた。
「腹減ったな。なんか食いたい」
「レンちゃん、お腹が膨れると眠くなるわよ。野菜スープで我慢しましょう」
コセさんが用意してくれていた具がほとんど無い優しい味のスープを、フミノさんが紙コップに移して手渡してくれる。
実体化した直後でも、飲みやすい手頃な温度。
消化に良いし、栄養も取れるしで、いつ襲撃を受けるか分からないこの状況では重宝していた。
「……そのスープ、貰って良い?」
「ええ、良いですよ」
フミノさんがオゥロさんに、鍋から紙コップに移したスープを手渡す。
「……ああ、旨。胃に染みる」
幸せそうなオゥロさん。
「お返し。これ、キクルが焼いたパン」
オゥロさんが、私のパーティーメンバー全員に手渡してくれる。
「バターロールですか?」
パンを半分にちぎると、小さく刻まれた野菜やお肉がいっぱい入ってる。
塩と胡椒、それに生姜? も効いていて美味しい。
「キクルってのはパンも焼けんのか」
「市販の酵母はくせーとか言って、自前の酵母にこだわってるんだよ、アイツ。顔に似合わず細けーんだ」
ケイコさんがチーズを差し出してくれる。あ、これ燻製チーズだ。
「これもキクルさんが?」
「いや、俺だ。卵とか、はんぺんも美味いぞ。今は無いけど」
意外な趣味。
「お前達、ちょっと食べ過ぎじゃないのか? 動けなくなるぞ」
「チーズくらい、大して腹にたまらねーよ。ていうか、それを言うなら……」
ケイコさんが視線を向けたのは、小柄なチトセさん。
「はい、チトセ様」
「ヘラーシャの料理、美味しい!」
熱々チーズとベーコンを挟んだマフィンに、温かなハチミツきな粉ミルク。
コセさんのスープにシチューのルーを入れ、そこに昨日のあまりの蒸し野菜に裂いた胸肉を投入して……美味しそう。
「皆さん、プリンもありますよ~」
楽しそうなヘラーシャさんが、悪魔に見えてきた。
マズダーさんも、デカいベーコンを頬張ってるし。
「お前達、偽エイリアンが来るぞ!」
ちゃんと見張ってくれていたエルザさんの叫び……あの人、手にワイン持ってない?
「楽しい食事の邪魔をしやがって」
「せっかく良い気分だったのによ」
ケイコさんとレンさん……。
「軽い休憩であって、食事を取るはずじゃなかったのに……」
「ハァー、お互い苦労するな」
ホタルさんが同情してくれた!?
「……このままSSランクを手に入れて、ゆっくり食事をしましょう」
「……そうだな」
少しだけ、ホタルさんとの距離が縮まった気がする。
「……へ?」
偽エイリアンの集団が、飛んできた無数の湾曲した刃物で……切り裂かれた?
『チ! ここまで来て女の集団か。邪魔くさい奴等だ』
現れた一団は、四人の獣人パーティー。
その先頭に立つのは、獣型の全身甲冑を纏う男。
あの姿、私はライブラリで何度か見ている!!
「《ハイベルセルクズ》の――“ファング・ザ・ビースト”」
エトラさんのレギオンを壊滅させた奴等が所有する、獣人専用のSSランク!!




