711.雄偉なる十字架と背負いし十字架
『まさか、アレが自ら動き出すとはね』
オッペンハイマー様の声には、隠しきれない愉悦が滲んでいるように見える。
『アレは、私が韓国から回収させた物の一つですね』
大金を使って、その手の犯罪組織に集めさせた呪いの物品。
他にも、精神を苛む骨董品からミイラ、絵画、人形、刑務所で使われていた懲罰道具、拷問危惧などを、幾つかのエリアに集中して配置しておいたのですが……。
「面白い事象だね。このクエストにはあれらの力を抑える自然環境などが無いからね。人の負の感情を欲し、テリトリーを自ら抜け出したか」
あの光景を見ても、オッペンハイマー様は平気らしい。
アレらを集めたのが私とはいえ……この身体には、さっきから怖気が止まることなく襲ってくるというのに。
『良いのだよ、アルバート君。その怖気に、恐怖に身を任せて狂えば。それが、この星を支配する我々の――正しいあり方なのだから』
『お、お気遣い……痛み入ります』
頭が……身体が……もう、私はダメなのかもしれない。
●●●
「なんだ……コイツ」
黄金の仏像みたいなのが現れたと思ったら、不気味な変貌を遂げやがって!
もう、イチカに怒りをぶつけている場合じゃない!!
「――“宝石爆弾”!!」
“宝石倉庫の指輪”から取り出したルビーを投げ、火属性の爆発を浴びせる!
『ギギチィィッ!!』
全然ダメージを負っていないうえに、二色の血管から派生した黒い触手で襲ってきた!?
「“鞭化”――“聖炎水鞭剣術”、バーンセイントウィップブレイド!!」
触手の群れを切り裂いたうえ、切断面を燃やすイチカ――アイツに助けられるなんて!!
『ギギギ♪』
コイツ、ますます不愉快に顔を歪ませ――ッ!!
「装備セット2――“神代の戦略砲”!!」
“愚かしきは縋り付くかつての栄光”に十二文字刻み、戦斧の先端から――私の最大火力を撃ち込む!!
『ギ……ギギ』
「ハハ……左半身を吹き飛ばしてやったぞ」
なのに……怖気が止まらないッ!
恐ろしい名作ホラーゲームをプレイしている時より、ずっと酷い感覚に肌が粟立つ!
『ギョ――ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺピィィィいいいいいいいいいいいいいいいいbへhvxっgfdfっghっjっっghjんrで4jgh!!!!』
――神代文字を、維持できない!!
「ホタルさん!?」
「ハアハア、ハアハア」
……私は、いつ膝を付いた?
イチカに名前を呼ばれるまで、意識が遠退いていたような……クソ!!
「しっかりしろよ、ホタル!!」
ケイコが、神代文字を刻めるマガジンをセットしている“マジックシリンダーガン”を連射し、牽制している。
「アイツ……」
私が与えたダメージが、もうほとんど残っていない……。
「触手は――俺様に任せろ!!」
神代文字を刻んだ二丁ガトリングで、血管触手を潰していくチトセ……あの可愛らしい子、あんな過激な性格だったのか。
「“聖炎水魔法”――バーンセイントスプラッシュ!!」
「食らってください!!」
イチカの魔法に、ムダンの“倍増薬液ミサイルランチャー”四発分の“溶解液”が決まる!
『ギギギヒイィィッッ!!』
「ほとんど効いてない?」
それに、私やチトセが与えたダメージと違い、二人の攻撃による傷は……ほとんど一瞬で再生していないか?
「隠れNPCシャドウ・グリードの本体みたいに、神代文字無しの攻撃があまり効かないタイプ?」
イチカのやつは、グリード本体と戦闘をしていたんだったか。
チ! 私が知らない情報を!
「神代文字主体で攻撃するぞ!」
あの化け物をここで仕留められないと、何人死ぬか分からない!
「なら、切り札を切ります――オールセット1」
イチカの手に、枝のような武器が?
「本気かよ、イチカ!」
「レンちゃん。こういう時のために、コセさんが託してくれた物でしょ?」
コセが託した?
「背負い立て――“雄偉なる十字架はこの手の先に”!!」
●●●
“ディグレイド・リップオフ”を依り代に、コセさんとの絆で生み出した十字剣を顕現!!
「――“随伴の十字架”」
十字架を無数に生み出し、神代文字の力を宿して――不気味な仏像へと殺到させる!!
「“剣化”」
十字架の爆発が巻き起こる中、“背負いし十字架はこの手の中に”を大剣にし――二振りの剣に十二文字刻む。
『ギギギッ!!』
血管触手はともかく、本体へのダメージはほぼ無し。
神代文字無しではほとんど効果が無いのであれば、小手先の攻撃は無意味。
「“二刀流”、“聖炎水剣術”――バーンセイントスラッシュ!!」
即席で作られた触手のガードごと、交差させた剣で切り払う!
切り裂いた触手が、一瞬遅れて青白く引火。再生を阻害する。
「“二刀流”、“聖炎水大地剣術”」
グニャグニャになるほど歪んでいた黄金像の顔が、怯えを抱いているように見えた。
「バーンセイント――グランドプリック!!」
黄金像の胸に精錬剣を突き刺し、聖なる水を内部から燃やし点ける!!
『ギ――ギュバァァぁぁっぁぁ!!!!』
口が裂け、牙の付いた大量の黒い触手を放出してきた――が。
「――貴方のような人間のしつこさは、よく知っています」
左手の“背負いし十字架はこの手の中に”を触手ごと顔面に突き刺し、頭の内部からも燃やしていく。
『ギ……ガギ……ギィ…………』
黄金像の身体が炎に包まれた段階で、死体を振り捨てる。
「……身体が消えないから、生死を判断しづらいですね」
十数秒ほど様子をみましたが、ピクリとも動かないため精錬剣と神代文字を解除。
「――グッッ!?」
神代文字で律していた緊張を解いたからなのか、一気に疲労が込み上げて膝を付いてしまう。
「ハアハア、ハアハア」
「――イチカ!!」
――黒い触手が、私を庇ったホタルさんの鎧を貫いて――――
『……ギギィ――――!!!!』
死を悟りながら、最後の嫌がらせのためだけに死んだ振りを!?
「テメーッ!!」
レンさんが、“邪悪すらもぶっ潰せ”でトドメを刺してくれる。
「が……」
「ホタル!」
「ホタルさん!」
すぐにムダンさん達が回復魔法を掛けていくも、目を覚まさないホタルさん。
「おい、ホタル! ……すまない、お前達は先に進め」
ケイコさんはそう言ってくれるけれど。
「私を庇って怪我をさせたのです、残りますよ……」
それに、さっきの戦いで私もまともに動けない。
「この先に、広くて一本道の空間がある。休むにしても、そこへ移動してからにしないか?」
エルザさんからの提案。
「解った、そこへ移動しよう。マズダー、ホタルを運んでくれ」
「了解」
仲間に指示を出していくケイコさん。
「イチカさん、ヘラーシャの肩を借りてください。キツいんでしょう?」
「いえ、私は……はい、お言葉に甘えます」
そうだ、意地を張っている場合じゃなかった。
私に敵意を剥き出しにしていたホタルさんを見ていたら……少しだけそう思えた。




