710.結ぶべきでない縁
「この駅で、大体半分の道のりなの?」
「ああ。んで、このエリアのルートは一度、全てこの広大な駅に繋がっているから、早めに離れるべきだろうね」
ネロさんとシレイアさんの会話。
「例の同盟相手と合流しなくていいわけ?」
ハユタタさんの質問。
「このエリアに味方が居ない可能性もあるからね。格上集団とぶつかる方が恐ろしいよ。まあ、決めるのはリーダーさ」
私に視線が集まる。
「――チ!」
突然のユイさんの殺気と奇抜な動きに、動揺が走――
「あっぶな……」
『まさか、完全な不意打ちで見切られるとはな』
銀色のサイボーグみたいなボディーに、黒いローブを纏った男の人?
「真下からの喉への一突き、前に見た」
『お前達、四十七ステージの突発クエストに参加していた……見られていたというわけか』
ユイさんは知ってるみたいだけれど、私は誰か分からない。
『しくじった時点で、チャンスは潰えたな――“六連瞬足”』
あの人は危険!
「“氷結砲”――“追尾命中”!!」
……蛇のようにくねった凍結道に、サイボーグさんの姿は見当たらない。
「仕留めた?」
「殺した際のアイテム入手が表示されないせいで、簡単には判断できないね」
今回の突発クエスト限定特殊ルール。地味に厄介。
「念のため、凍らせてしまった入り口のルートに繋がらない道を行きたいですね。シレイアさん、ルートの選定をお願いします」
「あいよ」
シレイアさんの案内の元、暗い通路の一つを進んでいく。
「来たよ、ツグミ」
「“魔力砲”――“連射”」
前方から押し寄せる異形の人型モンスターを、無限のMPに任せて殲滅。
「やっぱ、SSランクって反則だわ」
「囲まれない限り……出番無い」
ハユタタさんとユイさんが何か言ってる。
「別れ道か」
辿り着いた小部屋には、左右と正面に道が続いていた。
「最短ルートは?」
「正面だよ」
シレイアさんの答えを聞いたネロさんが、正面に向かって歩き出す。
「……行かないの?」
誰も前に進んで居ない事に気付いて、振り返るネロさん。
「そっち……嫌な感じする」
どうやらユイさんも、私と同じような感覚を持っているみたい。
「嫌な感じ?」
「……たぶんこの先に、曰く付きの物が置かれているんだと思います。そういうの特有の感覚があるので」
「曰く付きって、呪いの人形とかそういうの?」
「はい。前に、コセさんに嫌われると災いが起きるような話をしましたけれど、それよりもずっと強い、人を不幸にすることに悦楽を見出したような代物。人が何代も掛けて清めなければならないほど危険な、呪物の気配です」
日本の神社やお寺にはそういった曰く付きの代物が持ち込まれ、供養を頼まれる。
私が韓国に行きたくない理由の一つが、自分達の国から盗まれたという大義名分の名の下に、お隣の窃盗団がその曰く付きの代物を知らずに盗んで、ろくに封じてもいない状態で一カ所に集めているからだ。
ヨーロッパも、非業の死や常軌を逸した人間が多いから、呪いのアイテムが生まれやすい。どっちが鶏でどっちが卵か判んないけれど。
たぶん、コセさんがその気になれば、呪いのアイテムを自作できてしまう。その逆も。
「そういう物とは、縁を持つだけで危険です……正直、これだけの距離があっても、あれらに関する会話はしない方が良い」
「うん……左に行こう。右も、ちょっと嫌な感じするし」
「そうですね」
私もユイさんの意見に賛成する。
「左は一番遠回りになるが、右は確かに正面ルートに合流するカ所があるか」
「ツグミ!」
セリーヌさんが、急に声を荒げた?
「て、手を繋いで……こ、恐い」
「……ハイ、良いですよ♪」
セリーヌさんは、本当に可愛いです♪
「……ハユタタ、私達も手ぇつなぐ?」
「…………うん」
●●●
「……まさか」
「よりによってアイツらかよ」
「むしろ、彼女とイチカさんの関係を知っているからでしょうね」
駅を超えて進んだ先で戦闘を繰り広げていたのは、これまでに幾度も遭遇した“偽エイリアン”とホタルさん達のパーティー。
「はああッ!!」
“ガリバーの眼”と“古生代の戦棍”の二刀流で戦う古代騎士、ホタルさん。
「“六腕”――幻影拳!! 崩壊拳!! 暴風拳!! ――爆裂拳!!」
甲手と機械の腕から連続パンチを繰り出し、敵を確実に葬っていくアスラの隠れNPC、マズダーさん。
「“カパッチリカムイ”――“怨霊剣術”、エクトプラズムスラッシュ」
紫のオーラを纏いながら、指輪武器の大剣でまとめて両断する梟鳥人のオゥロさん。
「ハッ! 数ばっかの雑魚共が!」
雷の弾丸を銃から撃つ、レンさんに似た恰好の不良っぽい人、ケイコさん。
「“マジックシリンダーガン”、Sランク。単一属性魔法を込めて銃弾にできる銃だな」
エルザさんが教えてくれる。
「“水魔法”――ウォーターバレット」
偽エイリアンに混じって襲ってくる蜘蛛に水の散弾を浴びせる、ビーバー獣人のムダンさん。
「只の水魔法なのに、“マジックパワースパイダー”が苦しんで仰向けになっていく?」
「“薬液付与の魔法水杖”。杖にセットした薬液の特性を、単一水属性魔法にのみ付与できる杖ですね」
今度はヘラーシャさんが教えてくれた。
「……ホタル、イチカ達だ」
ケイコさんが気付いてくれた。
「……なんだ、見ていただけか? 同盟相手なのに」
挑発的な言葉を投げかけられる。
「ならば、最低限の敬意は払ったらどうだ、ホタル?」
私の次にホタルさんと付き合いのあるエルザさんが、仲裁に入ってくれた。
「……良いだろう」
私が朝鮮人と分かった途端、あのホタルさんがこうまでキツい態度を取るようになるなんて……。
「私達は、このまま真っ直ぐ進む。お前達は別のルートを進め」
「ルートを分ける理由はなんです?」
チトセさんがホタルさんに尋ねる。
「人数が増えれば進軍スピードが下がるうえ、二手に別れればどっちかが全滅しても最奥に辿り着ける可能性が残るだろう」
遠回しに、私達とは……私とは一緒に進みたくないと言われてしまう。
「ホタル……五人でのローテーションがキツくなってきているのは解ってるだろう? イチカ達のパーティーにはNPCが二人居るし、一緒に行動したほうがメリットは大きいだろ」
ケイコさんの言葉に、苦虫をかみつぶしたような顔になるホタルさん。
「あの……一緒に行くにしろ、別々に進むにしろ、そっちに行くのはやめません?」
あの通路の先、凄く嫌な感じがする。
ホタルさんの殺意が、ソレに引っ張られているようにも。
「……お前は、いちいち私を――……なんだ、この感じ?」
突如ホタルさんが身体を震えさせながら、進む予定だったルートへと視線を向けた?
――一瞬遅れて、私も強い悪寒に襲われる!?
「この感じ……アルファ・ドラコニアンに似て非なる……」
「ヤバいのが……来る」
チトセさんを始め、この場の全員が身構えた瞬間……ソレは現れた。
『ギ……ギヒヒヒヒ――ギョヘヘヘヘへへぇぇぇぃぅぁああああああ!!!!』
歪みに歪んだ笑顔を貼り付けた、仏壇に置かれていそうな小さな金の仏像。
その身体から赤と青の血管のような物を勢いよく伸ばし、床や壁へと即座に浸食させながら浮き上がり、グググググと大きくなっていく!!
――全身が、私の脳髄にまで訴えかけてくる。
コレは……絶対に出会ってはならない――厄災そのものだと。




