705.劣化する過去
「おはようございます、ご主人様」
「おはよう、トゥスカ」
暗い巨大倉庫のような場所で寝泊まりし、深夜二時過ぎに目を覚ます俺達。
タイムリミットまで、まだ丸二日ある。
出汁の効いた優しい味のスープで喉を潤し、肉とパンをよく咀嚼して腹ごしらえ。
「メルシュにナターシャ、見張りありがとな」
二人はNPCだから眠る必要が無いため、寝ずの番をしてくれていた。
念のため、指輪で夜鷹や古代竜亀も呼び出していたけれど、昨夜は何も起きなかったようだ。
「うーん、この寝心地は久々だったね」
俺とトゥスカが久し振りに毛布にくるまって寝たためなかなか寝付けなかったのに対し、シューラは早々に眠っていた。
年ゆえの図太さの差だろうか。
「慣れてるんですか?」
「デルタに捕まる前は、自家製ベッドに一人で寝てたからね。素人仕事だったから、寝心地は最悪だったよ。ガハハハハ!」
そういえば、レリーフェとシューラって元々知り合いなんだよな?
「レリーフェとは別のタイミングで捕まったのか?」
「アイツは、騎士団長として作戦行動中に捕まったらしいからね。村にいった時に長から騎士団の調査を頼まれて、そしたらこの様だよ」
村にいった時?
「同じ村に住んでいたんじゃないのか。普段はダークエルフの村とか?」
「……いや、アタシはレリーフェと同じ部族の村の外に住ませてもらってたんだ。ダークエルフの村もあるにはあったけれど、デルタにとっくに壊滅させられちゃってたしね」
「……すまん」
「良いよ。アタシは、あの村にはなんの思い入れも無いしね」
「故郷なのに?」
「…………」
これ、知らず知らずのうちに地雷を踏んでる?
「……ダークエルフには二種類いるんだよ。ダークエルフの間に産まれるタイプと、エルフの中から産まれるタイプと」
スープを飲みながら、目線を合わせずに淡々と答えていくシューラ。
「ダークエルフの村は元々、数百年前にエルフの中から産まれたダークエルフの集まりなんだよ。アタシは後者だったから、ダークエルフの村に移っても馴染めなくてね」
「それは……なんとも厄介そうですね」
他種族を見下しがちなエルフから生まれ、迫害されたであろう者達が集まったダークエルフが世代を重ねた所に、両親がエルフのシューラが身を寄せるとなれば……なにが起きたのか、容易に想像がつく。
「色々見て回ったのち、故郷の近くに一人で住むようになったのさ。言っておくけど、長にはちゃんと許可を貰ったよ」
「はあ……」
てことは、生まれはレリーフェと同じなのか。
エルフと違って、ダークエルフの髪色は故郷に左右されないようだ。
「……レリーフェは良い奴さ。叔母とは知らずに、アタシに良くしてくれる。あの子とも親友になっていたようだし」
あの子?
「レリーフェを泣かせるんじゃないよ。なんてったって、アタシの可愛い姪っ子だからね」
「……ああ、約束するよ」
旦那が居たような話を以前聞いたけれど、各地を放浪していたなら……あまり上手くいっていなかったのだろうか。
◇◇◇
『一日目から脱落するパーティーが出るとはね、アルバート君』
共にモニターを眺めるオッペンハイマー様に、声を掛けられる。
『到達ステージ相応に、けしかけるモンスターの数やランクは抑えたのですが』
ステージ差による装備とスキルの差は、いかんともしがたい。
『七十二時間の生中継。世界中の王室の方々も視聴しているそうだよ』
『アニメや漫画好きのセレブほど、今回の見せ物は目が離せないようです』
出回っている創作物のほとんどがハッピーエンドか、哀愁漂う結末。
だからこそ、復讐にもっともらしい正当性を持たせて惨たらしく虐殺する“なろう系”は、日本以外の国の方が人気がある。
『本番は二日目から。多くのプレーヤーが接触し、皆様が望むような醜い争いへと、本格的に発展することでしょう』
既に下位ステージのプレーヤーが、上位ステージのプレーヤーの餌食にあっている。
賢い下位プレーヤーは、地下エリア上層でモンスター狩りをし、カウントシステムで確実にSSランクを手に入れるつもりらしい。
さすがに、そこまで甘い設定にはしていませんが。
プレーヤーに甘い汁を吸わせなければならない本来のゲーム開発者達とは違い、我々はプレーヤーを苦しめるためならある程度の事は許されている。
『カウントシステム引き換えのSSランク、オッペンハイマー様に丸投げするかたちとなってしまいましたが、大丈夫でしたか?』
『ああ。君から相談を受けたSSランクはそちらから回したが、おかげでSSランクを大量に用意するアイディアを思いついたよ』
アイディアを思いつくなど、まるで高周波存在みたいな事を。
無から知を生み出すような真似は、奴等にしかできないのだから。
『そういえば、エリカとピーターが用意した例の武器、さっそく使いこなしている者達が居るようですね』
オッペンハイマー様達によって用意された、三百越えの武具。
『ああ、非常に喜ばしいね。このクエストがどのような終わりを迎えるにせよ、その後のダンジョン・ザ・チョイスの様相が大きく変貌するのは――間違いない』
本当に、この方は何者なのやら。
●●●
「……何これ」
プレーヤーと遭遇するエリアに入って暫く、バカでかい空間に入るからどんな所かと思えば……。
「ここ、まるで外じゃない」
ぱっと見、青空と草原が広がっているように見える。
「空はホログラムみたいな物でしょうね。人口太陽の光で、この草原は維持されているのかと」
ヨシノの解説。
「草原なら、ヨシノの独壇場ね」
「だと良いのですが」
遠くから戦闘音が聞こえてくる。
「他のプレーヤーが居るようだな。それも、私達の進路方向から少し外れた位置に」
「無視して先行しているプレーヤーと挟み撃ちになるような事態は避けたいけれど……」
レリーフェも私と同意見らしい。
「行きましょうか」
六人全員で、戦闘音がした方向へと進む。
「見付けた」
さっきまで戦闘があったのだろう、四人の死体の傍に三人の獣人の男。
「まずいな。私達が居るのは、奴等から見て風上」
「匂いでバレるって?」
レリーフェの言葉を肯定するように、その声は聞こえてきた。
「――姐さん? 姐さんじゃないっすか!!」
「へ?」
あの獣人の男、私を知っている?
「ユリカさん、“始まりの村”で一緒に戦った人達ですよ!」
タマに言われて、ようやくその正体に気付く。
「ああ、アンタ達か」
「姐さーん!」
駆け寄ってきた三人のうちの二人は、確かに私と組んだ二人だった。
「お久しぶりです、姐さん! 相変わらずの素敵なおっぱいですね!」
「やっぱ、姐さんのおっぱいはすげーや!」
「再会して早々に言うのがそれ?」
相変わらずだな、この二人……いや、そうでもないか。
「それで、姐さんはあのギルマスに追いつけたんですかい?」
「ええ、今はレギオンを組んでるわよ」
「おお! ソイツはめでた――」
――気安く肩を組まれそうになったため、その腕を払う。
「ど、どうしたんですかい、姐さん?」
「バカ。女に気安く触ろうとするからだよ」
「――アンタ達は、随分目が濁ったわね」
「「…………」」
一気に、柔和だった空気がグニャリと歪んでいく。
「ひ、ヒデーなー、姐さんは」
「こんなナイスガイを捕まえてよー」
「今のアンタ達の目――エルフ以外を見下していた男にそっくりよ」
「「――“ホロケウカムイ”」」
「――“神代の炎爪”」
二人が動いた瞬間、私の黒爪杖、“煉獄は罪過を兆滅せしめん”に十二文字刻み……かつての戦友二人を殺した。
「アンタはどうする?」
面識が無い三人目に尋ねる。
「……殺してくれ」
膝を付く獣人の男。
「もう、悪いことして生きていたくねぇんだ」
「……そう」
一人で前に出て、男の首を刎ねようと杖を振り上げる。
「――“回転瞬足”」
ナイフを持った状態で、背後に回り込まれた?
「……なん……で」
振り返ることなく、“神代の炎爪”で獣人の男を突き刺して抜く。
「神代文字を刻んでいるとね、周りの状況がなんとなく解るのよ」
殺意や下卑た感情にも敏感になる。
「クッ……ソ……」
「……かつての戦友二人が、こんなに落ちぶれてたなんてね」
「ユリカさん……」
「行くわよ、タマ」
消えぬ死体を置き去りに、私達は前へと進む。




