699.竜王の御霊山
「……ドラゴンが飛んでる」
祭壇の上から見える範囲でも、黒い小さな影が八つは見えた。
周りは高い山々に囲まれ、雰囲気的には東洋を思わせる。
「祭壇を下りるとドラゴンに襲われる恐れがあるから、気を付けろ」
ジュリーの言葉を訝しむ。
「すぐ下は町みたいだけれど?」
石畳や、昔の中国っぽい家々も見える。
「近くに行けば判るけれど、下の町は只の廃虚だ。そのことに気付けないと、延々とドラゴン系のモンスターやワイバーンに襲われ続けることになる。魔法の家にも入れないしな」
オリジナルプレーヤーかワイズマンがいない場合、とんでもない落とし穴に嵌まる可能性があったと。
全員がボス戦を終えたのち、祭壇を下りていく。
「それで、俺達はどこを目指せば良い?」
「町の中心に、地下に通じる空洞があるんだ。そこが本当の町扱いになってる」
祭壇の麓までやってくると、ジュリーのいうとおり、目の前の町が只の廃虚だと判る程度にはボロボロ。
「NPCすら居ないか」
「――ご主人様、来ます」
トゥスカの視線を追い、迫ってくる黒い点――青いドラゴンを確認。
「――“精霊魔砲”」
灰色の光を放ち――ドラゴンを、翼の残骸だけを残して消失させた。
「今のはウォータードラゴンか。Bランクのドラゴンとはいえ、MPが高いコセなら一撃か」
“精霊魔砲”は、“魔力砲”と同じく総MP量の半分を消費するため、その消費量で威力が決まる。
ただ違うのは、“精霊魔砲”には発動の媒介にした武具の属性が反映されるということ。
“精霊魔砲”の媒介になるのは杖、鎧、小手の主に三種類。
俺の場合は突き出した左手から発動したため、鎧の属性が反映されるところだけれど、俺の鎧には属性が無いため、今の“精霊魔砲”は無属性扱い。つまり“魔力砲”と変わらない。
その後、数度のドラゴンやワイバーンの襲撃を撃退し、町の中心地へ。
「あそこが本当の都市の入り口か?」
人がすれ違える程度の門? の前に二人の兵士らしきNPC。
近付くと、左右から槍を交差させて通せんぼされてしまう。
「む、冒険者か。なら、通しても構わんか」
「ようこそ、忌まわしき竜王の御霊山へ」
槍が解かれたため、門の向こう……は巨大空洞が広がっていた。
「ああ。その門より上には結界が張ってあるから、横の階段を使って出入りするように」
「結界に当たったら、命の保証はできませんからねー」
その言葉の直後、ドラゴンが空洞の向こう側からこっちに飛んできて――激しい稲光のような物が走ったと思ったら、黒焦げのドラゴンがボロボロと分解されて消えていった。
「今の、ゲーム的な演出か?」
何も無いように見える結界の有無を、俺達に解るようにするための。
「うん、そのはずだよ。ちなみに、結界に当たったら即死のゲームオーバーだから」
「そうですか……」
気を付けないと。
階段を下りると、巨大空洞の側面に通路が一周するように設置されていて、壁側に扉が幾つも存在しているのが判る。
「地下一階がお店。地下二階が宿泊所。地下三階が民家。地下四階から下が五十ステージの攻略ダンジョンになる」
「取り敢えず、いったん魔法の家に戻ろう」
今のところプレーヤーは見当たらないし、この大所帯で動くには通路が狭い。
「とうとう五十ステージまで来たよ……ママ、パパ」
ジュリーが、遠くを見詰めながら、感慨深そうに口にした言葉。
「……」
「コセ?」
少し迷いつつ、彼女の肩に手を回した。
「一緒に、このゲームを終わらせよう」
「……うん」
頭を預けてくれるジュリー……の背後からは、誰も居なくなっていた。
気を遣ってくれたのか、置いてかれたのかが判らない!
●●●
【竜王の御霊山】に到着した次の日の早朝、申し込み最終日なため、執務室で第三回大規模突発クエストへの申し込みを済ませるメルシュ。
「良かったの、ジュリー? モモカとバニラを外した穴を埋めなくて」
メルシュに尋ねられる。
「慣れ始めた他のパーティーから、人員を回して貰うのもね。それに、このステージでなら、サキがドラゴンをテイムできる」
NPCだけの方が、気が楽な面もあるし。
「キクルとアテルのレギオンとは同盟を組んでいるとはいえ、もしかしたら、人数の少ないジュリーのパーティーは、同盟レギオンの居ないエリアに送られる可能性もあるんだよ?」
「……しまった」
そこまでは考えが至ってなかった!
「なら、“レギオン・カウンターフィット”はジュリーに預けよう」
コセからの嬉しいプレゼント。
「クレーレのこと忘れてない、マスター?」
「ああ、そうだった……」
クレーレがSSランクを所持しているということを、私ですら忘れそうになっていた。
「SSランクが無いパーティーは、コトリ、リューナ、イチカの三つ」
「なら、Sまで上げた“ディグレイド・リップオフ”は、イチカとリューナだな。コトリのパーティーには“レギオン・カウンターフィット”を」
コセの采配。
「なぜコトリのパーティーに?」
「コトリは器用だから。精錬剣が作れないコトリでも、SSランクを使いこなせると思って」
確かに、コトリはちょっと意味の解らないスキル構成を使いこなしてるっぽいけれど。
「じゃあ、今日は“竜化”のスキルを手に入れるのに一日費やそうか」
「明日には大規模突発クエストが行われる危険性があるのに?」
メルシュに尋ねるも、口を開いたのはコセ。
「たぶん、明日から三日は大規模突発クエストは無いんじゃないかな」
「なぜだい?」
「大規模突発クエストの前後三日間は突発クエストが起きないってルールがあったんだ。今日でクエスト参加者を締め切るなら、それから配置を決める必要がある」
「他の観測者に突発クエストを行うなと伝えてから三日後と考えると、参加締め切りから三日と前もって伝えておくのが一番効率が良いと思うし」
なら、今日までは突発クエストに巻き込まれる可能性があるか。
「ジュリー、“竜化”って異世界人は全員修得した方が良いと思うか?」
「即死能力を無効化できるしね。ただ、私は優先的に修得する気は無いよ」
「へ、なんで?」
言ってなかったっけ。
「“竜化”を修得すると、“半ベルセルク”のような種族を偽るタイプの装備が使えなくなるんだよ。というか、“竜化”使用状態は魔法が使えなくなるから、実質、戦士専用と言って良い」
「ちなみに、“獣化”と一緒で神代文字を使いづらくなると思うよ」
「“竜化”状態の最大の弱点は、対ドラゴンの能力に弱くなってしまうこと。暫くは問題ないけれど、ステージが上がれば対ドラゴン用の武器の入手率が増えていくし」
それでも、“竜化”のメリットは大きい。
「まあ、後から“竜化”を予備に入れれば問題無いか」
コセはあまり乗り気じゃないみたいだな。
「“竜化”は複数のスキルを合成する必要があるから、素材にする数が集まるかどうかもある」
だからぶっちゃけ、“技能取得”の超レアスキル持ちのユイに大量に狩って来てほしい。
「なら、朝飯を食べたらさっそく行くか」




