693.無限庭園と怪物豚箱と七色領域
「……なんだこれ?」
「なんなんでしょうね」
「本当、なんなのでしょう」
レンさんとフミノさんと一緒に、ただ目の前の光景を眺めている。
鏡の先に広がっていたのは【無限庭園】と呼ばれる場所で、千体の植物モンスターを倒さないと抜け出せない厄介な場所……と聞いていたけれど。
「チトセ、“除草液”が切れた。こっちを頼む」
「了解♪ ヘラーシャ、向こうの“除草液”が少なくなってる!」
「任せてください!」
庭園の一角を中心に“除草液”を円状に撒いて、そこに近付いてきた植物モンスターが勝手に自滅していく。
円の外から攻撃が届く距離に近付かなければ、いずれは千に届くでしょう。
「この方法だと楽だけれど、散らばっている宝箱からアイテムを拾えないらしいわよ」
「まあ、モンスターからドロップする種や実のアイテムの方が大事らしいから、別に良いんじゃね」
二人とも、完全にやる気を失っている。
「少し移動して宝箱を……」
でも、ここまでで結構な“除草液”を使ってるし……チトセさん達が楽しそうだから良いですかね。
●●●
窓も扉も無い、上に長い長方形状の部屋で、レッドオーガ四体とグレートオーガ相手に戦闘を繰り広げる。
「“隠形”、“潜伏”」
気配と姿を同時に消す。
こんな狭い部屋で、一人でコイツらを相手にしないといけないなんてさ。
「“分裂”」
“道化の投げナイフ”を四本に増やし――両手で二本ずつ投げ放つ!!
「――ラッキー!」
私を探していた四体のレッドオーガ全ての首に命中し、そのうちの三体に“即死”が適用された!
“死の宣告の指輪”。私の攻撃全てに低確立で“即死”の効果を与える代わりに、私自身もあらゆる攻撃ダメージに“即死”が適用されるという呪いの装備。
たまたまツグミが手に入れた物だけれど、隠れNPCとしての二度目の人生なんだし、こういうギャンブルも悪くないよねってね!
「“六連瞬足”」
残った二体のオーガを翻弄しながら、“帰還”した道化のナイフを再び投擲!
「チ! グレートオーガはさすがに硬いか」
多少でも傷付けないと、“即死”は適用外。
“超頑強”持ちだし、只の投げナイフで傷付かないのも当然ちゃ当然だけれど。
「“黒影魔法”――ブラックシャドーニードル!!」
大半は躱されたけれど、四発は当たったのに発動しないか。
「“影鰐・六重”」
飛び掛かって来たオーガの攻撃を避けると同時に、動きを止めてやった。
「装備セット2」
“ブラッディーコレクション”以前の愛刀、“腹の一物をぶちまけろ”に持ち替える。
「フッ!!」
文字を刻むも、二文字を行ったり来たり。全然、ツグミ達のように安定してくれない!
「……ああ、ムカつくわね」
“ブラッディーコレクション”を手に入れる前なら、なんとか三文字刻めてたのに。
『ギ……グ』
「本当にムカつくのよkcy」
無理矢理維持した状態で――振り上げる。
「“狂血武術”――吸血鬼断ち」
グレートオーガの首を、容易く切り落とした。
「……情けないわね」
最後の一体を仕留めた事で、宝箱が出現。
○“免許皆伝”を手に入れました。
「【迷いの丘】でも手に入れたな、これ。確か、卓越者っていうサブ職業を作るためのアイテムだっけ?」
宝箱を開けてアイテムを回収したからか、私の身体が転移していく。
「……もう、みんな仕留めてたの」
私がさっきと似た場所である最初の入り口へと戻ると、既に戦闘を終えたツグミ達が全員揃っていた。
「ネロの相手はなんだった?」
「私はオーガだったよ~♪ ハユタタは?」
「私はトロル。ツグミは狼だったって」
ここでは一人で挑まなければならないため、なかなか厄介。
「みんな、次に挑めるようになったよ」
部屋の中央には白いコンソールがあり、私達はそのコンソールを操作して出された課題、ルール縛りでモンスターとの戦闘を制する必要がある。
「次は、一つの部屋に二人で挑めるみたい。モンスターの数は倍になっちゃうけど」
「ちょうど六人だし、二人一組で行くかい?」
シレイアからの提案。
「じゃあ、私はセリーヌさんと組もっかな?」
「「へ!?」」
ツグミと組めば楽できると思ったのに!
「そんじゃよろしく、マスター」
「シレイアさん……サボるつもりでしょ」
「まあ、危なそうなら助けてやるよ」
向こうも当然のように決めて……。
「「ゲ!!」」
なし崩し的に、私はハユタタとじゃない!
「何よ、文句あんの?」
「そっちこそ、さっきゲ!! って言ってたよね?」
この人魚とは、出会った時から馬が合わない!
●●●
「寒い」
「アウ……」
モモカとバニラが寒がっている。
「ジュリー姉、宝箱を見付けたよ!」
“氷耐性”があるからかなのか、雪豹獣人だからなのか、クレーレは元気だな。
「気を付けて回収してきてくれ」
「ほーい!」
最近、クレーレは自信に溢れているような……今のクレーレを見てると、そのうち自信が傲慢に変わってしまいそうで……怖いと思ってしまう。
「さっきの火山エリアではグッタリしてたのに、元気ですね、あの子は」
サキの呆れ顔。
「峡谷エリア、烈風エリア、大雨エリア、火山エリア、氷雪エリアの順で来ましたが、残りは昇雷エリアと剣山エリアでしたか」
エリーシャからの確認。
「それぞれのエリアが属性に対応していて、そのエリアに対応したモンスター、宝箱からはそのエリアの属性関連スキルやアイテムが手に入る」
基本は単一属性が多いが、二属性のアイテムが手に入る割合も少なくない。
うちのレギオンは氷属性使いが多いから、このエリアは特に長めに散策したいけれど……。
「……」
「大丈夫、モモカちゃん?」
「……うん」
“凍結耐性”付きのマントを装備させているけれど、子供の身体のモモカには、この寒さ、気温の激しい移り変わりはキツいだろうな。
モモカが居なければ、もう少しじっくり宝箱を探すんだけれど……良くないな、こういう考え方は。
「……子供を育てるという行為は、自分を育て直すに等しい行為だな」
「クレーレが戻ってきましたよ」
「ジュリー姉、“凍結氷葬のスキルカード”を手に入れたよー!」
本当に元気だな、クレーレは。
「モモカ、キンちゃんを呼ぶと良い」
冷気は下へと流れる。地面から離れれば少しはマシだろう。
「サキ、ウサリーレを呼んでモモカを暖めさせてくれ。セラとサタちゃんも呼ぼう」
「分かりました」
「ジュリー……」
走金竜のキンちゃんの上に跨がったモモカが、弱々しく私の名を呼ぶ。
「どうした?」
「……ごめん」
さっきよぎった私の心の内を、読まれてしまったような気がした。
「そこは、ありがとうって言うんだ」
謝られるより、感謝された方が私は気分が良い……きっと、言う側のモモカだって。
「ありがとう……ジュリー」
「どういたしまして、モモカ」
こんなにも愛おしい子に、トラウマを植え付けた男、ルーカス。
もし私の前に現れるような事があれば――絶対に赦さない。




