692.ゴブリンの巣穴と幻覚城と蟲の古城
「……なるほど」
“砦城”の作戦室? みたいな場所に集められた面々、パーティーリーダー全員がメルシュからの話を聞き終える。
「“ディグレイド・リップオフ”に、そんな使い道があったなんて」
関心しているような、悩ましいような様子のジュリー。
「それって、今幾つあるの?」
「各々のNPCに聞いて回った結果、全部で七つ」
「そんなに!?」
ユリカの質問への回答に、驚くコトリ。
「そんなにあるなら、なんで昨日キクル達と交換するまで試さなかったんだ?」
リューナからの問い。
「……使い道が無いアイテムだと思って、私のところに集められた分は全部売って貰ってた」
「「「……」」」
合理的故のやらかしか。
「じゃあ、残りの五つはどっから?」
「ジュリーが三つ、ノゾミが二つ隠し持ってたみたい」
「隠し持ってたとは人聞きが悪いな。コレクションしてたんだ。貴重なアイテムのレプリカを作れるから!」
ジュリーが久しぶりにオタクっぽい事を。
「早々にこの件を話したのは、私みたいに売ってしまう人が居るかもって思ってね。取り敢えずNPCとパーティーリーダーに話しておけば大丈夫かなって」
「確かに、観測者側に知られる前に数を揃えたいな。ただ、質で言えばオリジナルや“レギオン・カウンターフィット”、“メタモルコピーウェポン”よりも下がってしまうんだろう?」
「うん。ランクアップジュエルはそれなりの数があるから、二本くらいはSまで上げてしまっても良いと思うけど」
クエスト前にこの事が解ったのは、むしろ僥倖だと思おう。
「大規模突発クエストの日、SSランクが無いパーティーにSまで上げた“ディグレイド・リップオフ”を一つ、護身用に預けよう。ランクを上げてない物は、神代文字を刻めないSSランクしか無いパーティーのリーダーに優先して預ける」
となると、あと一週間でもう幾つか手に入れて置きたいところ。
「アテル達にも訊いてみるか? キクル達もまだ持ってるかも」
「下手したら勘付かれるんじゃない?」
ユリカの指摘通り、アイツらなら勘付いてもおかしくないんだよな。
「ただ、数は一つでも多く欲しいな。ランクが低いと、壊れた際にアイテムが消失しやすいから」
ジュリーからの新事実。
「だとすると、ランクを上げるまで実戦に投入するのは、どっちにせよ避けた方が良いか」
そう言えば、Cランク以下の武器は何度か壊れて消えてしまってたな。
「じゃあ、この件は暫く内緒にしよう。ただ、クエスト前には打ち明けて、クエスト当日、万が一の時には遠慮なく使って欲しい」
「……まあ、それが一番妥当か」
ちょっと不満そうだな、メルシュの奴。
●●●
メルシュちゃんの激ヤバな実験に自分が付き合わされていた事に気付いた次の日の早朝、私達は鏡の迷宮殿中央にある宮殿、その四番入り口へとやって来た。
「これが入り口?」
「割れば良いですかぁ?」
リンピョンちゃんとクリスちゃんが、高さ三メートルはある大きな鏡の壁の前で戸惑っている。
「これを使うのよ」
メルシュちゃん達が買ってきてくれた、“紫の合わせ鏡”という名前の手鏡!
「――皆さん、入り口から下がって!」
ウララちゃんが叫んだ瞬間、入り口の鏡が揺らめいている事に気付く!
「バルバ!」
「ハイよ、マスター!」
揺らめく鏡から出て来たゴブリン三体に大きなゴブリン? 一体を“ダイナビックハンマー”で瞬殺するバルバちゃん。
「どうやら今日の四番入り口は、ゴブリンの巣穴に続いているようですね」
ウララちゃんからの情報。
この鏡の城からは定期的にモンスターが湧き出すらしく、なにがどの鏡から湧き出すかで、この先の驚異が判るみたい。
「全部で入り口は三十もあるけれど、ダンジョンの種類は十種類のみ。どうします、サトミさん? ゴブリンの巣穴は様々なアイテム、レアアイテムが手に入る代わりに、ランダム要素が強いですけれど」
「ランダム要素が強いなら、意外な物が手に入る可能性が高いって事でしょう? 面白そうじゃない!」
“紫の合わせ鏡”を使用し、入り口の鏡に波紋を作り出し、強くなっていくと――淡く発光しだした。
「向こう側に繋がった合図です」
「私が先に行こう」
バルバちゃんを始め、ウララちゃん組が先に突入。
「私達も行くわよ」
数秒遅れて突入すると……そこは、黒い岩に囲まれた凸凹の激しい洞窟の中だった。
「結構広いわね」
喋ったら、獣臭さと血生臭さが一気に!
「ゴブリンは弱いので大量に出て来るうえ、様々なタイプの上位種も出現します。巣穴を出るまでは、休む暇は無いかと」
ウララちゃんがそう言うと――数えるのも馬鹿らしくなるほどのゴブリンが!!
「これは……地味に大変そうだ」
メグミちゃんが、珍しく弱気。
「ううーん……失敗したかしら?」
●●●
『ぁぁああああ!!』
もの凄い形相の自分が襲って来るも、何事もなく消えていく。
「さっきからこの繰り返しだな」
鏡の迷宮殿を構築している鏡、その光沢に似た材質でできた、窓もない宮殿の室内のような迷路。
幻覚に気を取られさえしなければなんて事の無い場所だが、その幻覚が実に厄介。
「鬱陶しいなぁ、コイツら」
襲い来る自分の幻覚を無視するサンヤ。
「幻覚による同士討ちさえ気を付ければ、このルートは比較的安全です。時折、幻覚に紛れてゴースト系のモンスター、“レイス”や“ゾンビ”が襲ってきますが」
前回、ヒビキはこのルートを通ったらしい。
「前々から思っていたが、ヒビキの前のレギオンは楽なルートばかり選んでないか?」
「ええ、リューナの言うとおりです。それがレギオンリーダーとメンバーの大多数の方針でしたから」
「ヒビキのスキル構成とか、当時は見たことなくて凄いとか思ってたけれど、今だとむしろ弱くね? ってなっちゃうしね」
サンヤの奴、遠慮が無いな。
「実際問題、その通りですね。《龍意のケンシ》と違い、レギオンリーダーとそのリーダーに媚びを売る女達による、実質独裁状態でしたし」
あのレンも居たのに、そんな有様だったのか。
「火に関するスキルと十文字槍は、私に優先的に回して貰えてはいましたけれど……でも私は、一度ステージを戻されたこと、悪くは思っていません。むしろ幸運だったかと」
「ヒビキも、コセの女になったっすもんね~」
「別に、それだけというわけではありませんが……♡」
珍しく照れてるヒビキ。
「皆さん、余裕ですね……私は、怖くて幻覚を撃っちゃいそうになるのに――ヒッ!?」
絶叫しながら駆け寄ってくる自分の幻覚に、“光線拳銃∞”を構えるノゾミ。
「……頼むから、私達には撃つなよ?」
「き、気を付けます」
本当に大丈夫か、コイツ?
「クオリアさんは、怖くないんですか?」
ノゾミからの質問。
「声は気になりますが、目の見えない私はさほど。“立体知覚”でも幻覚は捉えられませんし」
視覚情報に騙されないという、盲目故の強味か。
「皆様、ご安心を。この“プラズマロイド・B”も視覚に騙されませんので、的確にモンスターに対処してくれます」
クオリアの使用人NPC、レミーシャの言。
「ここは強いモンスターも出ないみたいだし、頼りにさせて貰おう」
その後、幻覚に隠れて接近してくる“ゾンビ”や罠などに注意しながら、宝箱を回収して先へと進んで行く。
●●●
「威風脚!!」
大人くらいの、毛むくじゃらなクモを蹴り倒すミキコ。
「【蝕まれた古城】ルート。色々キツいですね」
クマムちゃんが顔をしかめている……そんな顔も可愛い!
「出て来るのは、蜘蛛、百足、蠍と、昆虫に分類されない虫っぽい生物ばかり」
「一応、こういう場所に慣れてる僕でも、嫌悪感に苛まれずにはいられません……」
「うう、臭い上にジメジメする」
「言わないでください、リエリア」
ノーザンもリエリアも、エレジーまでキツそう。
出て来るモンスターが脚の多いキモいのばかりなのもアレだけれど、普通に城の中が汚い。
濁った粘性を帯びた水や、腐った死骸っぽい何か、カビだらけのカーテンやベッド、食品だったらしき汚物など、全体的に汚すぎる!
「私、今回は魔法主体でたたか――」
「ナオさん!」
花瓶に挿してあった腐った花が、粘液垂れる牙剥き出しで襲い掛かって来た!!
「――氷炎拳!!」
咄嗟に燃やし凍らせ、仕留めた。
「ビックリし――」
床の粘液に足を滑らせて……背中が髪までグッショリと…………。
「……クマムちゃん」
「……早く安全エリアまで行って、お風呂に入りましょうか」
「……うん」
我慢するのは嫌だけれど……他に方法無いもんね。
紆余曲折あり、私達が古城を脱出して安全エリアに辿り着いた頃には、全員がびしょ濡れの悪臭だらけになっていた……最悪ッ!!




