690.ディグレイド・リップオフ
「どうしてモモカちゃんが居ないの、トゥスカ!」
「そうですよ! 久し振りに会えると楽しみにしていたのに!」
エリとカズコに問い詰められる。
「モモカは、クエストに参加させる予定は無いので」
クエストはおよそ三日掛かると考えると、バニラも含めて参加させる気にはならない。
問題は、二人をどう説得するかだけれど。
「あの……モモカは前に少し怖い目にあったので、そういうベタベタするのは控えた方が良いかと」
あれ以来、サキもちょっと控え気味だし。
「ルーカスって奴ね。絶対に赦せない!」
「ロリ好きには会ったことあるけれど、本物の小児性愛者か……自分がモモカと同じ年の時にそんな奴に狙われたらと思うと……ゾッとするわ」
実際、当時のモモカはご主人様の声にすら怯えてしまう程だった。
そこから自力で立ち直ったあの子は、とても立派だ。
「そう言えば《龍意のケンシ》には、小さい女の子が居るんだっけ」
「さっきの……」
イズミについて教えてくれた。
「私はミカゲだ」
「トゥスカです」
握手を交わす。
「ところで、狂幻系統の武具か仮面のアイテムは持ってない?」
背後でメルシュに声を掛けていたのは、黄色い仮面をかぶり、へんてこな黄色い服を着た……変な女。
「すまない、彼女は私のパーティーメンバーのハルナだ」
アレが、ミカゲのパーティーメンバー。
「そのマスク、SSランクの“怪人十二面相の仮面”だね」
「フフ! やはり判るか、参謀殿」
隠れNPCなら、見ただけで判るに決まってるでしょうに。
「それに、狂幻系統で装備を固めてるなんてね……面白いね」
「フ! そんなに褒めるなよ、参謀殿」
なぜメルシュを参謀呼び?
「で、そっちはなにをくれる?」
「そう言われてもね。そっちは要望とか無いのかい?」
「それじゃあ……“ディグレイド・リップオフ”ってある?」
「あれならよく憶えてるよ! でもあれ、金策にもならない役立たずだよ?」
「良いよ。あるだけちょうだい」
「……へ、本当にあんなので良いの? じゃあ、キクルに相談してくる!」
走り去っていく不審者。
「メルシュ、その“ディグレイド・リップオフ”というのは?」
「まあ、Eランクの粗悪品だね。“メタモルコピーウェポン”に似てるけれど、誰の武器でもコピーできる分、武器の性能はオリジナルの十分の一なうえ、武具効果を発動する事もできないっていうね。しかも、一回コピーしちゃうと二度と戻らない」
「それ、なんのために存在するんですか?」
「鑑賞用だよ。自分じゃ手に入れられない限定アイテムの見た目をコピーさせて貰って、飾っておくための物なんだって」
「それ、貰ってどうするんですか?」
「もしかしたら、私達には有用かもしれないなって」
「私達には?」
「まあ、上手くいっても、次の大規模突発クエストにはあんまり意味ないだろうけど」
「そういう物ですか」
メルシュの考えが全然判らない。
「オーイ、キクルが二つまでなら良いって!」
○“ディグレイド・リップオフ”×2を手に入れました。
○“天国のような地獄絵図の狂幻絵画”を譲渡しました。
●●●
「ステージ攻略を進めないのか? まだ一週間はあるのに」
話し合いから各々の交流に変わったのち、アテルの方針を聞いて驚く。
「幾つか理由はあるんだけれど、クエストの申し込みの影響でパーティーが既に固定されてしまってね。思い切ってパーティーの慣らしと休息に当てる事にしたんだ」
「なら、やっぱりクエストの申し込みはギリギリにした方が良いか」
途中で仲間が増えたり、隠れNPCと契約できる可能性もまだあるし。
『コセ、少し良いか? お前に礼を言いたいと言っている奴が居るんだ』
キクルから声を掛けられる。
「お礼?」
「――初めまして、コセ。私はアーノゥだ」
握手を求めてきたのは、赤い長髪の姉御肌なエルフ美女。
「赤髪のエルフ……」
「どうかしたのか?」
「いや、前に赤い髪のエルフに酷い目にあって……」
女として襲われたとは言いたくない。
「それは、同郷の者が失礼した。私の一族は粗暴者が多いからな」
「なぜ同じ一族だと?」
「ああ。エルフは、髪の色が一族によって固定なんだ。生まれ育った場所が関係していると言われていてさ」
髪の色で出身地が判ると。
「それで――ありがとう、貴重な“戦闘メイドのAIチップ”を譲ってくれて」
「……うん?」
「え?」
なんの話だ?
「……メルシュ?」
「ああ……キクル達が四十ステージから旅立って一週間? くらいしてから連絡が来ててね」
「それで、俺に無断で渡したのか」
てことは、残りのチップはあと一つか。
「ああ……なんかすまない。てっきり、レギオンリーダーが許可した物と」
これじゃ、アーノゥの礼の言い損だな。
「メルシュの事だし、只じゃなかったんだろ? だから気にしてないよ」
「そうだよ! 腕輪とかと交換したからね!」
さすが、ちゃっかりしてる。
それぞれのレギオンメンバーとの交流を深めたのち、俺達は“神秘の館”へと戻った。
●●●
「どうしたの、メルシュちゃん? こんな時間に」
マスターが寝付くのを待っていたら、明日の朝食の仕込みをしていたサトミくらいしか該当者が居なくなってしまった。
「お願いがあるんだけれど、今から頼む事は、他の人には内緒にしてくれる?」
「いったい、サトミ様に何を頼むつもりなんだ?」
リンピョンは……まあ、それなりに口は
堅いか。
「これを使って、サトミの精錬剣を作ってみてくれない?」
「あら、“レギオン・カウンターフィット”じゃない」
渡したのは、“レギオン・カウンターフィット”の本来の姿である、枝や骨が組み合わさったのような鈍色金属。小さな刃はあるけれど、戦闘に実用的な形では無い。
「あら、この名前って……」
チョイスプレートで装備する際に、名前を見られたか。
「内緒でね」
「ええ、判ったわ」
サトミは、話が早くて助かるね。
「聴き鎮まれ――“雄偉なる静寂を奏でんがために”」
サトミの手に、碧と緑の優美な剣が顕現する。
「剣からコセさんを感じないと、なんだか寂しいわね」
「……随伴の力を使ってみて」
すると、湿った風が吹き荒れる。
「……どう?」
「うん。共鳴精錬より少し弱い気がするけれど、問題なく能力を扱えそうよ」
「神代文字は?」
「うん、こっちも問題ないわ」
鮮やかに十二文字刻んで見せるサトミ。
「…………試しに手に入れてみただけだったのに」
「どうしたの、メルシュちゃん?」
「メルシュ、サトミ様に何か文句でもあるのか!」
「ううん、むしろ嬉しい悲鳴っていうか……取り敢えず、今日のことは暫く内緒にね。マスターと話し合って決めたいから」
サトミから剣を返して貰う。
「分かったわ。リンピョンちゃんも良いわね?」
「勿論です、サトミ様!」
相変わらず、サトミ大好きっ子か。
「灯りはお願いね、メルシュちゃん」
「うん、おやすみ」
「「おやすみ」」
二人がリビングを出て行く。
「……どうしよう」
さっきサトミに渡したのは、“レギオン・カウンターフィット”をコピーした“ディグレイド・リップオフ”。
“レギオン・カウンターフィット”の擬態能力は発動するタイプの武具効果じゃないから、SSランクの偽物を量産できるかもと思って試した。
「“レギオン・カウンターフィット”の能力で普通のSSランクをコピーしても、支配系の能力とかは一切使用できない」
なのに――精錬剣は、問題なく随伴の能力を使用できる! できてしまう!
ランクはEになってしまうとはいえ、ランクアップジュエルを注ぎ込めばSまでは上げられるし。
「精錬剣なら、ワンチャン能力を発動できるかもくらいにしか思ってなかったのに」
“ディグレイド・リップオフ”が揃えられれば、NPC以外の全員が精錬剣を使用するなんて事も可能になるかも……。
神代文字が刻めるうえ、能力的に使用者と相性の良い専用のSSランクがそれぞれの手に……。
「これ、観測者に知られたら、今まで以上に狙い撃ちにされる」
コセに相談しつつ、使わない方向に誘導しないと……。




