688.因縁の鞘当て
「――私の“ブラッディーコレクション”を返してちょうだい」
――瞬間的に、立ち上がっていた。
「お前…………リョウなのか?」
「…………プッ――アハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! それ、まさか本気で言ってるの? フフフフフ! ちょ、私を笑い殺すつもり? フフ……フフフハハハハハフフフ」
どれだけ面白かったんだよ、コイツ!
「ていうか、私はどっからどう見ても女でしょう? さすがに勘違いが酷すぎ」
苛立ちながら座り直す。
クソ、馬鹿笑いに完全に毒気を抜かれた。
「お前と同じ境遇で隠れNPCになった男を知っているんだよ。ちなみに、第二回大規模突発クエストの隠れNPCは、人に殺された元プレーヤーなのは間違いないはずだ」
レンとホイップがそうだったし、人以外の要因で死んだプレーヤーはあの時、全員が復活対象だったからな。
「まあ、それなら仕方ないか」
カップの縁をなぞる仕草が、妙に色っぽい。
「でも、ここまでの情報でまだ私が誰か判らないの? ギルマスさん」
「お前、あの時“始まりの村”に居たのか?」
「いいえ。私は、貴方が活躍した暫くあとに村に着いたの。だから、ギルマスの伝説は耳にしてたから、少なからず興味はあった。ちなみに、ツグミ達と一緒に突発クエストに巻き込まれたあの日が、私と貴方の正真正銘の初対面よ」
ここまでの情報で、彼女の正体はほぼ確定している。
「お前を殺したのは……リョウだな」
「ご名答。伝説に違わぬ頭脳を持っているようで、安心したわ」
「その伝説とか、ギルマス呼びはやめてくれ」
そういう誇張は好きじゃない。
「フフ。確かに、今まで関わったどの男とも、貴方は違うみたいね。コセ・ユウダイ」
「……“ブラッディーコレクション”は既に別の人間の手に渡っている。それに、隠れNPCはSSランクを装備出来ないだろ」
「あれは冗談よ。私の正体を察して貰うためのね」
まったく、サトミやエレジーに言えない秘密が出来てしまったじゃないか。
「お前の正体、知っているのは何人居る?」
「貴方以外には一人も居ないわ。別に、私はバレても構わないけれど」
本音は半々てところか。
「それで、本当の目的は?」
「仲間が私に殺されてるのに冷静ね」
「知ってるんだろう? 俺がリョウを殺したってこと」
以前からメルシュ達とは交流があったみたいだし。
「まあね。だから貴方には、ちょっぴり好感を持てたわけだし。この場合、私の仇を取ってくれてありがとうと言うべきかしら?」
「嫌味な言い方だな」
「失礼ね。割と本気で言ってるのに」
素で話してそうなのに、掴みづらい女だ。
「むしろ――嫌味に聞こえるくらい、あの男を殺した事を気にしているとか?」
「……かもな」
後悔はしていない。ただ……シコリになってしまったのは事実だ。
「正直、なぜあの鹿獣人がまだこのレギオンに残っているのか、不思議で仕方ないわ」
「おい、さっさと目的を言え」
「別に、取り敢えずツグミにどこまでも付いていく、くらいしか考えてないわよ。そのために、危険を犯してまで装備を返してって頼んでるの」
「まだ残ってるか分からないぞ?」
「最低でも、一つは返して欲しいは――“腹の一物をぶちまけろ”っていうBランクの打刀なんだけれど」
「まさか……神代文字?」
「ええ。“ブラッディーコレクション”を手に入れる前は、稀に使えてたの。信じるか信じないかは任せるけれど。ちなみに、レギオン加入後に私のライブラリに表示されてたから、少なくとも一度は、レギオンメンバーの誰かが手に入れているはず」
だとしたら、俺がリョウを殺した際に手に入れているか、偶然同じ物を誰かが手に入れたか。
「……メルシュに確認してみる。その際、メルシュにはお前のことを一通り話すからな」
「へー、良いの? 私が裏切るとか思わないんだ」
「これだけの家具を、自分の持ち家以外に用意しておいてか?」
「…………貴方、バカに嫌われるタイプの人間ね」
「まあ、そうかもな」
今の言葉に対し、真っ先に親兄弟の顔が浮かんだ辺り、本気で前の家族に愛想が尽きているみたいだな、俺は。
「彼女、エレジーには言わないの?」
「…………お前が、仲間でいるうちはな」
俺に、ネロに対する憎しみは無い。
「ただ、お前か他の誰か、どちらかを選ばなければならなくなったら――俺はお前以外を選ぶ」
「……そう」
紅茶を啜るネロ。
「話は以上よ」
「ああ……それじゃあ」
何かを言わなければならない気がして、ドアノブに手を掛けた瞬間……思い浮かんだ。
「お前の本名は?」
「は? なんのために訊くのよ?」
「いや……俺はもう、ネロじゃないお前を知ってしまったから、元の名前くらいは知っておかなきゃいけない気がしたんだ」
「…………シズカよ」
「ありがとう、シズカ」
ドアを閉めるまで、ティーカップが受け皿に置かれる音は聞こえてこなかった。
●●●
「現人神……か」
ツグミの言うことを鵜呑みにしたわけじゃないけれど、彼が一般常識に囚われない独自の倫理観を持っているのは事実みたい。
ドアから、ノックの音。
「私を尋ねてきた?」
一応、ツグミとハユタタには、チトセに許可を貰ってこの城に部屋を用意したのは話しているけれど。
「今開けるわ」
彼の紅茶、用意しなくて良かったかもね。
「――へ?」
「こんにちは、ネロさん」
ドアの向こうに居たのは、鹿獣人のエレジー。
「……私に何か用?」
「貴女は――私の仲間を殺した女ですよね」
「……レギオンリーダーから聞いたの?」
「……ギルマスは、知っているのですか?」
変な空気が流れる。
「ついさっき、私の正体を教えたわ」
「そう……ですか」
扉を完全に開けてしまう。
「で、私を殺しに来たの?」
私が今のこの女に勝てるとすれば、初撃で仕留めきれるかどうか。
「……貴女が裏切ったら、私が容赦なく殺します。他の誰かが反対したとしても」
「そんなの聞いたら、私がアンタを真っ先に殺すとは思わないわけ?」
「さあ、どうでしょうね」
コイツ、まさかわざと言ってる?
だとしたら、いったいなにが狙いで……。
「……リョウさんのこと、ごめんなさい」
「は?」
なに言ってんの、この女。
「貴女が背後から刺されて殺されるの、見てました。あれは……あまりにも卑怯でした」
「あんた、あの男が好きだったんじゃないの?」
安っぽい恋愛ごっこをしているバカハーレム集団。それが、ボス部屋前で初めてコイツらを見たときの、私の率直な感想。
「もう違います」
「フーン、ギルマスに乗り替えたんだ~」
さすが、あんな男に恋する安っぽい女。
「……そんな烏滸がましいこと、出来るはずないじゃない」
烏滸がましい……?
「用件はそれだけです……さようなら」
「……ええ、さようなら」
本当に帰っていった。無防備な背中を晒しながら。
「……まったく。なんなのよ、アイツら」
こんなに自分を取り巻く人間関係が面白いの……生まれて初めてかも♪




