686.鏡の迷宮殿
「名前から想像はできたけれど、本当になにもかも鏡でできてんのね」
地面から屋根からなにまで、紫味を帯びた鏡でできた薄暗い円形都市が、祭壇麓の一本道の先に鎮座していた。
その目の前の都市に向かって、私達は祭壇を下りている最中。
「なんだか不気味ですね……地面も鏡という事は、パンツ見えちゃうんじゃ!」
「まあ、少しは見えちゃうだろうね」
慌てるクマムに、冷静に返すジュリー。
「まあ、大丈夫じゃないかな。ここの都市、あんまり人気無さそうだし」
「どういうこと、メルシュ?」
私から尋ねる。
「この都市の雰囲気もそうだけれど、滞在ペナルティーがね」
「どんなペナルティーなんです?」
ライバルのトゥスカが会話に入ってきた!
「二日以上滞在すると、自分の偽物が出没するようになるんだよ」
「偽物?」
「そう。よく見ても判断がつかない程、精巧な偽物。装備もスキルもLvも同じで、オリジナルを見付けると問答無用で襲って来ちゃうんだよね」
「なるほどね。確かに、そんな場所に居たくはないわね」
「その偽物、“ドッペル”を倒すと、自分の装備やスキルがランダムに手に入るんですけれどね。当時はとてもお世話になりました♪」
楽しそうなノゾミ……元ゲーは本当に楽しくて仕方なかったみたいね。
「その自分の偽物を六回倒すというのが、このステージの隠れNPC、ドッペルゲンガーの入手法だよ」
「内容的に、もしかしたらワンチャン手に入れられる可能性もあるんだけれど、それだと最低十二日間もこのステージに拘束される事になっちゃうし」
この不気味な場所に十二日も拘束されて、六回も自分の偽物と戦う……普通に嫌すぎる。
「手に入るかも判らない以上、わざわざ長居する必要も無いだろう」
コセがまとめに入った。
同時に祭壇を下り終え、鏡でできた無骨な城門前へ。
「ようこそ、【鏡の迷宮殿】へ」
兵士らしき男が声を掛けてくる……この男の全身鎧、鏡で出来てる……。
「街の中心部、鏡の城からはモンスターが出ますので、あまり近付かないようにしてくださいね」
明るい、人懐っこい表情でそう言われた。
「街なのに、中心部からモンスターってどういう事よ?」
「この都市は魔除けの鏡でできていて、厄災を封じ込めるために建造されたっていう設定があるから」
別に私はこだわらないけれどさ、設定って言っちゃうのはどうなのよ、メルシュ。
「だから、この都市はドーナツ状に様々な施設が並んでいるんだ」
ジュリーの話を聞きつつ、街へ入る私達。
「これからどうすんの?」
「この街はさっさと出たいし、今日中にイベントを終わらせてしまいたいな」
「というわけだから、マリナとフミノは付いてきてね」
「「へ?」」
フミノとハモってしまった。
「鏡の街なんだから、鏡に関する装備やスキルがあるに決まってるじゃん」
「ああ、なるほど……そういえば、コトリたちがコセに相談したいことがあるって言ってたわね」
「へ!?」
びっくりしているコトリ。
「そうなのか?」
「えっと……」
「ほら、チャンスを作ってあげたわよ」
コトリの耳元で囁く。
「マリナ……いや、でも……」
「昨日のお菓子とか振る舞って、ケルフェと一緒にアピールすれば良いでしょ」
色々準備してたの知ってるし。
「でも、まだ心の準備が……」
「さっさと済ませなさい」
コセ達に向き直る。
「というわけだから、コセは“林檎樹の小屋”へ言ってちょうだい。エレジーとリエリアは、私達に付いてきて」
小屋で寝泊まりしている二人を近付かせないよう、誘導する!
「分かりました」
「ええと……はい」
残念そうなリエリアだけれど、今回はコトリとケルフェに譲ってあげて!
「ほな、うちらもマリナはんと一緒に行きましょか、エトラはん」
「え? 私は帰って休みたいんだが」
「――ほな行きましょか、エトラはん?」
「……わ、分かったから」
タマモの圧が凄かった。
●●●
「何気に久し振りだな」
前に“林檎樹の小屋”に来たのは、リエリアドッキリを仕掛けられたときだっけか。
「それにしても……」
一緒に来たコトリとケルフェが奥に引っ込んでいってしまったため、手持ち無沙汰になってしまっている俺。
「鎧は外しておくか」
朝からレベリングに、その後は四十八ステージの攻略とボス戦……さすがに疲れたな。
鎧の重みに慣れるため、普段は食事中もつけっぱにしているけれど、今は身体を休めておきたい。
ソファーに身体を預けて数分、ウトウトしてきたところで背後からコトリ達の気配が。
「お、お待たせしましたー」
ジョボジョボという音がすると思ったら、良い香りが漂ってきた。
どうやら、コトリが紅茶を煎れてくれているらしい。
「どうぞ、ギルマス」
ケルフェがテーブルに並べてくれたのは、幾つかの焼き菓子と……ホイップ付きの、リンゴの香りがするシフォンケーキ?
「これ、ケルフェの手作りなのか?」
「いえ、私は手伝っただけで、作ったのはコトリです」
彼女にこんな家庭的な面があったとは。
「美味しそうだな」
「どうぞ、まずは食べてください。ギルマス」
ギルマスね。
「それじゃ、遠慮なく」
……美味しい。
シフォンケーキのフワッと感と、シフォンケーキに似つかわしくないジューシーなモッチリ感。リンゴの香りとホイップのシュワッと感も合っていて……計算し尽くされた味だ。
「まさか、こんなに美味しい手作りデザートが食べられるとは」
林檎樹組は、こんな美味しいデザートを頻繁に食べていたのか!?
「紅茶も、飲み頃の温度にしておきましたよ」
「ありがとう、コト……リ」
その時になってようやく気付く……コトリとケルフェの格好に。
メイドだった。それもミニスカートで、胸元とか肩が見える……そういうプレイ用って感じの露出が多いタイプ。
「ど、どうしたんだ、その格好?」
「ギルマスの……接待用? みたいな」
「マリナが、ギルマスはこういうのが好きだからと」
そういえば、前にマリナがナースのコスプレしてくれた時に言った気がする。
「……それで、相談ごとって?」
そう訊くと、コトリが左側から、ケルフェが右側から密着してきた!
「私達の気持ち……気付いてますよね?」
「好きなんです……ギルマスのことが♡」
火山諸島のボス扉前でのケルフェの言動とかで、察してはいたけれど。
「俺が何十人と関係を持っているか、知っているのか?」
「詳しい数は聞いていませんが、私は問題ありません。良い雄が良い雌を囲うのは当然の摂理です」
ケルフェの考え方は、実に獣人らしい。
「コトリは?」
「……私さ、世間一般的には、あんまり褒められた人間じゃないんだよね。だって……その……」
こんなにも口篭もるコトリを見たのは初めてだな。
「――二人さえ良ければ、俺は構わないよ」
本気で求められたら受け止める。それくらいの心構えは、二人に対しては出来てたし。
「ギルマス……」
「嬉しいです、ギルマス♡」
「――ただし、一つ条件がある」
「な、なんですか?」
「もしかして、子供は認知しないとか?」
俺をなんだと思ってるんだ、コトリは。
「俺をギルマスって呼ぶの禁止」
その呼ばれ方は、なんか俺じゃなくて……俺の偶像を崇拝されているような気分になるから。
「……それだけで良いの?」
「では、コセ様と……は、恥ずかしいです♡」
ケルフェは、見た目より乙女的な思考が強そうだな。
「……ありがとう、コセさん」
コトリの言葉には、なんとも言えない重みがあった。
「どういたしまして」
両隣の二人と恋人繋ぎをし、二人の預けられた身体の重みを心地よく感じながら、俺達は…………そのまま夕方まで眠った。




