681.妖精の丘
「ここが【妖精の丘】……取り敢えず、右の丘に向かえば良いのか?」
祭壇上から見える景色は、どこまでも続く草原と青空に……左右の二つの丘。
丘はなだらかで大きく、右には木造の家々、左には木々というか、ちょっとした森になっているのだろうか?
「ここからだとちょっと見えないけれど、後ろに丘がもう一つあるんだよ」
「後ろは迷いの丘。このステージのダンジョン部分になります♡」
セリーヌがメルシュの言葉を補足。
「迷いの丘か」
「事前情報無しで挑んだら、間違いなく痛い目に合うでしょうね」
声を掛けて来たのは、リューナのパーティーに加わったノゾミさん。
「そういえば、ノゾミさんはオリジナルプレーヤーでしたね」
「マニアと呼ばれてもおかしくないくらいには、ダンジョン・ザ・チョイスにのめり込んでました。現実になると、こんなにも恐ろしい世界観とは思ってませんでしたけれど」
柔和な空気感に漂う、彼女の不安感。
「無理とかしてません?」
「大丈夫です……頑張るって決めましたから」
頑張ってガッツポーズを作るノゾミさん。
「本当に、無理とかはダメですからね」
「私、そんなに無理しているように見えます?」
「まあ、それなりに」
見てるこっちが不安に感じてしまうくらいには。
「……十二ステージで挫けたあと、これでも成長して立ち直ったつもりだったんですけれど……」
「す、すみません……」
その胸には夢ではなく不安をいっぱい詰め込んでいるのではないかと、セクハラまがいの思考が芽生えてしまった。
それにしても……本当にデカいな。デカすぎて、邪な感情すら込み上げない。
「ノゾミって、何カップ?」
セリーヌの低い声での質問。
「えっと……この世界に来る前は、Iカップでした」
その言い方だと、今はもっと大きくなっていると。
ていうか、俺の前でなんでそんな会話を!
「……すいません。私、中学は女子校でつい……すみません」
今更赤面しないで! 余計に気まずいわ!
「いや、ノゾミさんが嫌じゃなければ大丈夫……」
「そうなんですか? じゃあ、問題無しですね」
この人、絶対天然だ。
「ノゾミはLカップだ、間違いない(ボソ)」
耳元で囁いたのは、リューナ。
「他人のプライバシーをバラすのはやめなさい」
「Lは凄いぞ。冗談抜きでズシッとしてる」
「揉んだのかよ、お前」
「揉んだんじゃない、支えたんだ。一時的に重力から解放してあげたんだよ、私は」
なに言ってんだ、このハーフロシア人。
「ノゾミさんとリューナ達の距離感が微妙だから、少し心配してたってのに、お前は……」
「……そっか。ありがとう♡」
なんだよ、急にしおらしく。
「ユウダイ様、最後のユリカ様達が転移してきました」
「じゃあ、俺のパーティーは先行しよう」
祭壇を下り始める。
「……ズシッとか」
「どうかしたのかい、コセ坊?」
パーティーを組むことになった、ダークエルフのシューラに尋ねられてしまう!?
「いや、なんでもな……あれ?」
一瞬で景色が変わり、灰色の暗雲立ち込める空間に変わった!?
祭壇の階段上に居たはずなのに、俺のパーティーメンバー以外は誰も居ない!
「メルシュ、これは?」
トゥスカの質問。
「【妖精の悪戯】。発生確率はかなり低いのに……安心して、危険は無いから」
周囲に、淡い光が幾つも浮かび出す。
「いったい、何が起きるんだい?」
「このイベントは、大きく三種類。一つは隠れNPCの取得、二つ目はユニークスキル、三つ目は妖精関連のアイテムのプレゼントだよ」
どうやら、俺達には利点しかないイベントのようだ。
「進めば、答えは判るよ。というか、進まないと脱出できない」
「じゃあ、遠慮なく進むか」
しばらく泥のような土の上を歩いて行くと……ボス部屋前で見掛ける妖精が二体。
どちらも灰色の身体で、黒と緑のラインまみれ。
「え、なんで二体も居るの!?」
メルシュが驚きで固まった?
「よく来てくれたね、勇敢なる冒険者」
「今日は、君達に特別なプレゼントを用意したよ♪」
妖精達の手の中に、光が収束していく。
「「受け取って♪」」
○ユニークスキル、“妖精の戯れのスキルカード”を手に入れました。
○“妖精犬”のサブ職業を手に入れました。
「おお、ユニークスキル!」
「“妖精犬”て……嘘でしょう」
さっきから、メルシュのリアクションがなんか不穏だな。
「ありがとう、妖精達」
只のNPCだと解っていても、つい礼を言いたくなる。
「「いつもハチミツ、ありがとね~♪」」
二体の妖精がそう言うと景色が変わり……いつの間にか祭壇の麓に居る?
「不思議な体験でしたね、ご主人様」
「だな。まさか、いつものお供えの礼を言われるとは」
こういう事もあるんだな。
「そんで、なんでメルシュは頭を抱えてるんだい?」
「ありえない……妖精が二体現れただけでもおかしいのに……隠れNPCが既に取られてるから? いや、でもなんで……」
一人でブツブツ自問自答している。
「このイベント、妖精が一度に二体は、本来あり得ないようですね」
ナターシャが話し始めた。
「ただ、一番おかしいのは、貰ったサブ職業の方でしょう」
「“妖精犬”が?」
「そのサブ職業は、このステージに出て来る隠れNPC、クー・シーの物ですから」
そういえば、隠れNPCと契約するかどうかの選択は出なかったな。
「だから、メルシュは既に隠れNPCが取られてると」
「いえ、トゥスカ様。論点はそこではなく……」
「コセ坊達。何やら祭壇から、焦った様子で皆が下りてくるぞ?」
シューラの視線の先から、猛スピードで迫ってくるレギオンメンバーの姿が!?
●●●
「上から見てた時は気付かなかったけれど、小っこいっすね」
ボス部屋前の妖精達が暮らす家だからか、私でも首を傾げないと家に入れないくらい小っさい。
「あ、あった! ありました!」
ノゾミが走り出して……コケた。
「相変わらずのドジ」
また、おっぱいに重心を持っていかれたのか。
手を差し出して立たせてやる。
「あ、ありがとう、サンヤさん」
「……気にしなくて良いし」
コイツは、私達に悪意を向けてこない……割と酷い扱いしてたのに、今まで一度も。
「で、この家がどうかしたんすか?」
「メルシュさんに頼まれていた腕輪は、ここでしか買えないんですよ」
よっぽど強力な腕輪なのか?
「すみませーん」
「なんだ、お前さんは?」
家から、トンガリ帽子の小っこい爺さん妖精が出て来た。
「うちになんのようだ?」
「――ティターニア様への品を受け取りに参りました!」
「ティターニア?」
誰それ。
「ああ、アレか。いつになったら来るのかと思っとったわい! そんじゃ、代金を支払って貰おうか」
○10000000G支払いますか?
「一千万!?」
「はい、払います!」
「ノゾミ、本気で払うん!?」
一千万とか、地味に大金でしょうが!
「一つしか買わないので、大丈夫ですよ」
「そういう問題?」
やっぱ天然だよ、この女。
「はい、まいど」
お金を受け取るなり、金の腕輪を差し出してとっとと扉を閉めちゃう爺妖精。
「それで、その腕輪はどのような物なのです?」
「ヒビキも知らないの?」
「はい。以前のレギオンに、このアイテムの取得方法を知るものは居なかったかと」
「自力で入手法を見付けるのは難しいでしょうね。私も、ネットで色々調べてようやくたどり着けましたし」
「それで、結局その腕輪はなんなんだ?」
リューナがようやく会話に入ってきた。
「“ティターニアの腕輪”。全ての装備武具、攻撃に妖精系統が加わるという、フェアリー専用の装備です」
それって凄いの?
「良くわかんないけれど、使えるのはセリーヌだけか」
「他の装備やスキル次第な面はありますけど、この腕輪を付けて暫くは、私のテレジアちゃんが最強だったんです!」
かつてないほどテンションが上がっているノゾミ……テレジアって誰?




