675.混乱と混沌の帰還
「……私は」
壁に叩き付けられて……メイさんが戦い始めた所で……。
「メイ……さん?」
仰向けの私の目の前に、メイさんの綺麗な顔がある……。
「怪我はすっかり治っているはずですが、気分はどうですか?」
「だ、大丈夫……です」
ちょっとずつ、身体に力が戻ってきてる。
「あの……これ、膝枕じゃ」
わざわざ鎧まで外して……。
「一度、試してみたかったんですよね」
出会ったばかりなのに、無邪気に微笑んで。
「メイさんが……お母さんだったら良かったのに」
「へ?」
「な、なんでもないです……」
私、なんてことを口走って……顔あっつい!
「魔族は倒したんですよね? クエストは、どうなりました?」
「戦闘が終わってから、三時間以上が経ちました。未だにクエストは続いています」
三時間……そんなに寝てたなんて。
「すみません、足手纏いに……」
「お互い様ですよ。私も、貴女に助けられたんですから」
私の母親も、こんな人だったら良かったのに。
――盛大にお腹が鳴る。
「……すみません」
「フフ。食べ物、あのコンビニからくすねてきました。食べますか?」
「……はい、頂きます」
半日もしないうちに……私の恥ずかしい所、メイさんに見られすぎだよぉ……。
●●●
区画の外れの半壊した建物内にて、ハンバーガーみたいなのを食べ終えたのち、フライドポテトや唐揚げを摘まむミキコ。
俺も、久しぶりのスナック菓子を口に運ぶ。
「魔族、残り一体になってから動きが全然ありませんね」
「ですね。ただ、今日お昼を過ぎたら、私の仲間がクエストに参戦する手筈になっています。既に動き出していることでしょう。後は、人海戦術で最後の魔族を見つけ出せれば――」
「ミキコ? アンタ、誰と一緒に居んの?」
ツンとした因子が滲んだこの声は……聞き覚えが無いな。
「ハユタタ!!」
良かった、あの人魚はミキコの知り合いか。
「あ……」
黄色い人魚の背後から、メルシュとナターシャ、クレーレまでやって来る。
「……フーン♪」
メルシュのあの目、絶対に気付いたな。
「ソイツ、信用できんの?」
「大丈夫よ! メイさんは、とっても良い人だから!」
ミキコの勢いが凄い。
「あ、アンタにしては、随分信用してるわね……」
ハユタタと呼ばれた人魚に、目で自己紹介を催促される。
……どうしよう。メルシュ達が目の前に居る手前、ここで偽名を名乗るとややこしい事になりそうだし……。
『たった今、百体の魔族の討伐が完了しました。すぐに街の復旧が始まりますが、完了は明日の朝六時となります。尚、報酬の支払いや転送の際の後遺症治療も、同じ時間となる予定です。それまで安全を確保してお待ちください』
無機質な女性の声が消える。
……ちょっと待て。てことは、俺は明日の朝までこのままって事なのか?
「それじゃあ、ミキコ、ハユタタ、メイさん、私達の魔法の家に案内するね。ツグミ達も来るだろうから」
「良いの、メルシュ姉? どこの誰なのかも分かんないのに」
クレーレ、お前は気付いてないのか!
「私が見張ってますので、ご安心を」
ナターシャ、お前は気付いてるのか? それとも気付いてないのか? どっちなのか本気で教えて!
「メイさんが嫌なら、無理にとは言わないけれどー♪」
メルシュ! お前、絶対楽しんでるだろう!!
「……お、おじゃましまーす」
クソ。言い出すタイミングが全然判らない!!
★
「ちょっと、メルシュ! 初めて聞いたわよ、入団希望者が居たなんて!」
ユリカがメルシュに食って掛かる。
「まあまあ、その辺の話は明日にしようよ。今自己紹介とかしても、ややこしい事になっちゃうから」
そう言いながらメルシュが指差した方向に居たのは……足腰をプルプル震わせるお婆ちゃん。
「あの鎧に槍杖……まさか、セリーヌ!?」
セリーヌは老化現象に晒されていたのか!
「――ねー、なんでセリーヌ姉の名前、知ってんの?」
クレーレに半眼を向けられてる!!
「えと……あの……」
本当にどうしたら良いんだよ、俺!!
「……ご主人様?」
背後から聞こえた声の主は……獣人の幼女。
「もしかして……トゥスカ?」
「――ご主人様!!」
勢いよく飛び込んできたトゥスカを、衝撃を逃がしながらもしっかりと抱き留める!
「トゥスカ、お前は幼児化してしまったのか」
「まさか、ご主人様が女になっていようとは」
なんだろう、この不思議な感動は。
同じ苦労を分かち合う者同士の友情というか。
「へ、メイってギオジイなの!?」
「ようやく気付いたか、クレーレ」
驚いてなさそうな所を見る限り、ナターシャは気付いてたっぽいな。
「いやだって……美人過ぎだよ、ギオジイ」
それは俺も思った。
「……メイさんが…………コセ?」
……恐い。背後から感じるミキコの気配が――凄く恐いッ!!
「本当にコセなの?」
モモカが近付いてきて、無邪気に声を掛けてくれた!
「うん、そうだよ。明日の朝になったら、元に戻るけれどね」
クソ。まだ半日以上このままなのか!
「こっちはトゥスカ?」
「そうだよ、モモカ」
「トゥスカ、モモカより小っちゃい!」
確かに、耳を含めなければ、モモカの方が背が高い。
「トゥスカ、一緒に遊ぼう!」
「アオーン♪」
「わ、私、疲れてるのに……」
モモカに連れられて行ってしまうトゥスカ。
「あの獣人……本物の幼女じゃなかったのか。道理で落ち着いてると思った」
トゥスカの隣にいた、桃色の髪の……エルフ? アレ、この顔は……。
「もしかして、トゥスカを守ってくれてたんですか?」
「ああ……まあ、アタシも助けて貰ったから、お互い様だよ」
「うちのトゥスカがお世話になりました。本当にありがとうございます」
頭を下げる。
セリーヌもだけれど、あんな状態の二人が生き残れたのは奇跡かもしれない。
「ユウダイ様。入団希望者も含め、全員の帰還を確認しました」
ナターシャが、欲しかった報告をくれる。
「ありがとう、ナターシャ。ところで、俺の性別が替わってたこと、いつ頃気付いた?」
「…………私、お風呂の準備をしてきますね」
足早に去っていく俺の専属侍女!
「アイツ、本当は全然気付いてなかったのか」
いつもポーカーフェイスだから判らなかった!
「こ、ここコセさんんん♡ わわ私をぉぉ助けてくれたのがぁぁ、彼女ぉぉぉ」
喋るのも辛そうなセリーヌ。
幼く見えるフェアリーの容姿が、見る影もない。
「無理しなくて良いぞ、セリーヌ。ゆっくり休め」
俺、老化しなくて良かった。
心の底から、女体化で助かったと思える。
「あ、あの!」
さっきセリーヌが紹介しようとしていた女の子が、声を掛けてきた。
「ひ、久しぶり……ユウダイさん」
なんかデジャブが。
「えっと……」
マズい、本気で判らない。
チョイスプレートには、ツグミって名前が表示されていたけれど……ダメだ、思い出せない。
「あの、申し訳ないんですけれど、貴女は――」
「コセさん!!」
突如、庭に響き渡った声の主は……サトミ?
「――ウフフフフフ♡!!」
なんだ、サトミのこの邪悪な笑みは……。
「すっごい美人ね~♡ ――リンピョンちゃん、コセさんを拘束!」
「はい、サトミ様!!」
後ろから、リンピョンに羽交い締めにされた!?
「おい、離せ! 何をする気だ!」
「ウフフ♡ 明日の朝までしか時間がないんだもの。それまで、タップリ愉しませて貰うわね~♡♪」
「本当に何する気なんだ、お前!!」
抵抗虚しく、俺は館のサトミの部屋に連行される。
「コセ・ユウダイ……――絶対に赦さないんだから!!」
ミキコの声が、魔法の家の領域全土に響いた気がした。




