672.異形との遭遇と虚空火葬
「酷いもんだ」
シューラさんとお手々繋ぎながら、出口目指して建物内を散策していると、そこかしこに血だらけの死体。
「大丈夫かい、アンタ?」
「……なんとか」
このダンジョン・ザ・チョイスでは、死ぬとすぐに死体は消える。
だから、これは命のないNPCによる演出に過ぎないと解っているはずなのに……血の匂いが充満していて、作り物だとはなかなか割り切れない。
「眼鏡の男の死体だけ、随分酷い有様だ。まあ、隣の女のとかも散々だが」
気遣いつつ、想像をかき立てる情報を与えないでよ! いったいどっちに持っていきたいんですか!
「いったい、どっちに進めば良いのかねぇ。右も左も判らないとは、まさにこのことだよ」
一応、優しい人ではあるのだろうけれど。
「――何か来る」
私達が進んでいた方から、何かが急速に駆けてくる!
明らかに、人間からは逸脱した気配。
「下がりな、トゥスカ。ここは、シューラお婆ちゃんがどうにかしてやるから」
「うん……へ、お婆ちゃん?」
気になる単語があったけれど、もう気配はすぐそこまで近付いていた。
「一発で仕留めてやるよ」
黒い弓に六文字刻んで、矢をつがえた!?
この人、神代文字を刻めるんだ。
もうそこまで、すぐ近くの角まで、大きな気配が迫っている。
「“火山弓術”――ボルケーノブレイズ!!」
敵の姿を視認した瞬間、シューラの噴火矢が射られ――直撃。異形の敵の左腕が、肩からドロドロと熔けていく。
「なんだい、コイツは?」
丸い硬質な身体から足と鋭い爪の腕が生えた……人間の顔が埋もれたような気味の悪い何か。
「……魔族に似てる?」
「魔族? 今回のクエスト討伐対象の?」
「似てるのは、この紫の顔の部分だけですけれど」
この異形は、魔族と関係がある?
「コイツ、なかなか死体が消えないな」
「――マズい!」
急に動き出して、襲い掛かって来た!
あれだけ身体が消失していたら、生きているとは思えないのに!!
「良い反応だ――“千狐焔”!!」
魔神から手に入るスキルで、炎狐の群れを呼び出して群がらせた!?
それでも、構わず突っ込んでくる異形の魔族!
『“猪突猛進”ッ!!』
「こっちだ!」
私を抱え、死体があった部屋へと転がり込むシューラ。
あの敵は、通路を通り過ぎてどこかへと行ってしまった。
「まったく、おっかないね」
チョイスプレートでライブラリを探すも、あの異形の情報は“魔族”の辺りには出ない。
「……シューラさん、私と遭う前に魔族って倒しました?」
「いんや」
「魔法の家の鍵って持ってます?」
「使えってのかい? まあ、良いけど……あれ、開かない」
何度虚空を鍵で捻っても、魔法の家への領域は開かない。
「おい、開かないぞ」
「魔族を倒したプレーヤーは、魔法の家に戻れないらしいです」
「てことは、つまり……」
「さっきの異形は魔族で、あの後力尽きて死んだのではないかと」
でも、なんであんな不気味な姿に……。
「魔族討伐数、91。残りは9」
もう一波乱ある気がしてきた。
●●●
「“竜技”――ドラゴンブレス!!」
幼稚男子に、余裕で躱されてしまう。
「竜属性特化タイプか、こいつ?」
「いえ、“竜技”は補助でして」
私の本来の戦闘はSSランクを前提としたごり押しだから、“竜技”はあくまで、参謀からのアドバイスで装備していただけ。
「逃がさねぇぞ――“逆三暗黒宮”!!」
魔神・暗黒魔が使用するっていう、逆三角の黒き紋様を背中に出現させた!?
「食らえよ!!」
背紋から放たれる黒い無数の闇槍が、こっちに追尾して迫る!
やっぱり、SSランクが無いと戦いづらい!
「“暗黒弾”――“連射”!!」
左腕のピンク甲手の砲門から暗黒の弾を発射して、槍を迎撃。
私は魔法使いで、MPをできる限り増強するようにしているから、幼稚男子より先にMPが尽きる事はない……はず。
「ああ、ウザってぇ!! “発射”!!」
“帰還”で戻ったであろう槍の穂先が、高速で迫る!
「“四連瞬足”!!」
間一髪で、なんとか全て回避。
「み、みミスティックダウンバーストぉぉ!!」
セリーヌお婆ちゃんが魔法を!?
「死ね――“因果逆転”!!」
魔法が跳ね返って――空が落ちてくる!!
「“三重幻影”」
「――“瞬足”!」
お婆ちゃんの幻影による身代わりで回避しつつ、建物の影に回り込んでやり過ごす!
「……貴重なスキルまで使ったのに仕留めきれねぇとはな――良いぜ、俺のユニークスキルを見せてやるよ!!」
「ユニークスキル……」
一つしか無い、複製も不可能な強力なスキル。
いったい、どんな能力を――
「――“絡繰り鬼兵”!!」
鬼みたいな意匠の、鈍色の金属で出来た上半身だけの鎧?
中は空洞だけれど、青い炎が常に燃えている。
「コイツは強いぞ。おかげで――燃費さいあくだけれどな!!」
『――ゴォォォォォォ!!』
とんでもないスピードで突っ込んできた!?
「“四連瞬足”!!」
回避と同時に、背後に回り込む。
「“魔力砲”!!」
――“絡繰り鬼兵”が一瞬で回り込んできて、形状を盾のように変化させた!?
「……うそ」
MP特化の私が、“紡ぎ噤む春の鳴”から撃ったのに無傷!?
神代文字の力は、大して込めてなかったとはいえ……。
「とっとと仕留めろ、“絡繰り鬼兵”!!」
内部の炎が増した! ――うえに、鬼兵の金属小手が槍のように鋭利になって伸びてきた!?
「しま!!」
腹部に突き刺さったッ!!
すぐに離れ、距離をとる!
「だ、だだ大丈夫かい?」
「大丈夫だよ、お婆ちゃん」
傷が塞がり、代わりに“同人のボロマント”の一部が溶けた。
ボロマントが残っているうちは、私が受けた傷はマントが肩代わりしてくれる。
「さて……どうしよう」
今までどれだけSSランクに頼っていたのか、思い知らされた気分。
「クソ、時間がねぇってのに! とっとと死ねよ!!」
あの人、妙に焦ってる。
「“四重詠唱”、フレアブロッチェバレット!!」
手数で鬼兵の防御範囲を突破する!
「チ! “因果逆転”」
魔法陣四つ分の魔法が跳ね返って!!
「――“魔斬り”」
侍が、私達に直撃する炎弾五発に絞って切り払った!?
「仲間か!! “絡繰り鬼――」
鬼兵が、飛んできた車? に巻き込まれて転がっていっちゃった……。
「“絡繰り鬼兵”は防御に優れちゃいるが、比重は魔法、準魔法に傾いている」
「シレイアさん!!」
あの車を投げたの、シレイアさんだったんだ!
「クソ、MPとスキルの無駄骨じゃねぇか!! “超噴射”!!」
幼稚男子さんが空へ逃げていく!?
「とどめを刺せ、ツグミ!!」
「MPブースト。“追尾命中”――――“桜火砲”!!」
神代文字を全力で込めた、特大の火柱を空へと突き立てる!!
「追ってくる!? “因果逆転――」
本日の“因果逆転”の使用回数は、既に尽きていますよね?
「嘘だ……俺は、SSランクを手に入れて、アイツを見返して――――」
幼稚男子は虚空の中で、骨も残さず火葬された。




