670.黄色人魚のハユタタ
“ロイヤルロードリボルバー”の引き金を引き、逃げるツーサイドアップの黄色い人魚を狙い続ける!
「クソ! あのメイド、容赦なさすぎ!」
空を縦横無尽に泳ぎながら、見事に躱される。
「最初に攻撃してきたのは貴女では?」
空中に対する攻撃手段はあまりない。さて、どうした物か。
「見てなさいよ――“雷岩投槍術”」
彼女が振りかぶったのは、黄金の短い槍――アレはマズい!!
「――ロックボルトジャベリン!!」
「“聖騎士武術”、パラディンバッシュ!!」
“絶対命中”に“障壁無効”、“貫通”、防具破壊Lvまで持つSランク、“ヴァジュランス”――盾で防ぎきれ――なかった!?
心臓の一部とそのすぐ下を大きく損傷――ダメだ、この傷では助からない。
「すみませ……ユウダイ……様……」
「“生命魔法”――リバース」
私の身体の崩壊が止まり、腹部の風穴が塞がっていく。
「うそ、それって隠れNPCの!」
「よくも――“光線魔法”!!」
「そこまでよ――ナターシャ、ハユタタ」
「「メルシュ!? ……へ?」」
たぶん同じ表情で、私達は互いを見あっている。
「ツグミ達の要望を尊重していたら、まさかこんな事になっちゃうなんて……ハー、失敗したわ」
メルシュ様が、落ち込みながらイラついておられる……怖い。
さっき名前を呼ばれた時なんて、心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えたほど。
「説明を願います、メルシュ様」
「彼女は、私達のレギオンの入団希望者の一人よ」
「彼女が!?」
こんな低脳な女と組むことになるかもしれないと?
「なによ、その顔は。言っておくけど、私はツグミについていくって決めてるだけで、そっちのレギオンに入りたいって言ってるのは、あくまでツグミなんだから。そこのところ、勘違いしないでよね!」
「……メルシュ様」
「なに、ナターシャ」
「これがツンデレというやつですか?」
「デレてないから違うわよ」
「なるほど」
難しい。
「オーイ」
気安い男の声に、すぐさま警戒態勢を取る!
「あー、そんな殺気向けないで。私だよ私」
「オレオレ詐欺じゃないんだから、ちゃんと名前を言いなさいよ、ユイ」
「ユイ様?」
言われて見れば、ユイ様と同じ装備をしておられますが。
「本当にユイ様なのですか? 男ですよね?」
「転移の影響で、性転換や老化、幼児化した人間が居るみたいなのよ。ちなみに、NPCは対象外だったみたい」
メルシュ様の言葉通りなら、ユウダイ様にも異変が起きている可能性が!?
「すぐにユウダイ様を捜しましょう!」
「ナターシャ、なんで興奮してるの?」
ユウダイ様が性転換か老化か幼児化か幼児化か幼児化している可能性があるのですよ!!
「一刻も早く、危険から遠ざけなければ!」
「まあ……うん、そうなんだけれど。貴方達を止めるために急いで来る途中、シレイアを見掛けたの。この生態区画でね」
「じゃあ、四人も同じ区画に飛ばされたってこと? それって偶然?」
男の声のユイ様……凄い違和感。というかイケボイスですね。
「というわけで、シレイアが合流するまでここで待とう。それと、たぶんだけれど、マスターは武芸区画に居るかも」
「何故です?」
「この多様学区、空中からは森に出られないから、学区への移動は商業区画を通る必要があったけれど、爆発の影響でモンスターの出入りを封じる障壁が無くなってるの」
「つまり、ここから一番遠い武芸区画にユウダイ様が居る可能性が高いと」
「うん。森に飛ばされちゃった可能性もあるけれど、どうやら元々森にいた人間は、転移に巻き込まれていないみたいだから」
つまり、リューナ様達はバラバラにされていない。
「ようやく追い付いた! メルシュ。お前、アタシに気付いてて置いて……あれ、ハユタタじゃないか。メルシュにまだ来んなって言われたんじゃなかったのかい?」
シレイア様は知っていたのですね、彼女のパーティーの存在を。
「で、そこの男って誰?」
「貴女のマスターよ」
呆れた様子のメルシュ様。
「えっと……どういうことだい? 確かに装備は同じようだが」
そうか、同じ隠れNPCでも、“英知の引き出し”の無いシレイア様じゃ、転移の副作用までは判らないんだ。
「本当にアタシのマスター? ……今日の夜は何をしたい?」
「コセさんとヤるか、ヤってる所が見たい!」
「うん、アタシのマスターで間違いないね」
「……なんで今ので納得がいってんのよ、アンタは!」
ハユタタが噛みつく。
「ていうか、ヤるかヤってる所が見たいってなに!? コセってやつは、複数の女と肉体関係があんの!?」
「あれ、ミキコから聞いてないの?」
「……アイツとは一時的に組んでるって感じだから、なんか距離あんのよ」
まさか、彼女まで来ているとは。
「今の話が本当なら、コセって男は間違いなくミキコに殺されるわよ?」
「「「「ああ、それはない」」」」
「は?」
「そんな事より、早く武芸区画に向かいましょう」
「念のため、二手に別れて魔法区間と工業区画を経由するルートで行こう。五人も居るし」
「ですが!」
「だね。ツグミ達も気になるし。結局、魔族を全滅させないとクエストは終わらないわけだしね」
シレイア様の言うとおりではありますが……。
「メルシュとアタシは別れた方が良いね。ツグミ達に顔が利くのはアタシらだけだし」
「ナターシャ、ハユタタ、行くわよ! 私達は魔法区画へ!」
「「ゲッ!?」」
「了解。工業区画は任せな!」
こうして私達は、二手に別れて行動を開始した。
……なぜ私が、この人魚と行動を共になど。
●●●
『“魔力砲”!!』
魔族が放ったピンクの砲線に対し、コセさんから貰った樹木の竹刀――“栄枯盛衰”を突き出して霧散させる!!
「フー」
一瞬、防げるかヒヤッとした。
“栄枯盛衰”の能力は、言わば能力の早熟。
本来より早く能力が最盛期を迎え、本来より早く霧散する。
そのため、氷や鉄、岩などのように個体を生み出すタイプとは相性が悪い。
「フミノさん、左です!」
イチカちゃんのおかげで、突っ込んできた巨大カブトムシの存在を捉えられた!
「――“時空加速”」
攻撃を紙一重で避け、右手の金属棒――“スタンバトン”を当てて“帯電”させた電流を食らわす!
「ハイパワースラッシュ」
レンちゃんがカブトムシを仕留めてくれた。
「また、魔族とモンスター集団の組み合わせ」
魔族は、完全にモンスターを手懐けているみたい。
「あの手から漏れる紫の香、本当に厄介ですね」
「しかも、基本はモンスターを突っ込ませて、自分は遠距離攻撃だけ」
「昨日の女魔族の時よりも数が多い。近付けねぇのは、まじでやりづれぇな」
二日目の午後からの参戦なのに、私とイチカちゃんは気力も体力もだいぶ弱ってる。
早く魔族の数を減らしてクエストを終わらせないと、誰か死ぬかも……。
「……私が突っ込む。お前らはモンスターの攻撃を耐えしのいでろ」
「さすがに無茶です、レンさん」
「大丈夫だ。私は一回死んでるしよ」
「それを言うなら私もなんだけれど……」
「お前と違って、私はヤることヤッたから思い残すことねぇーんだよ、不思議とな」
本当、レンちゃんが眩しいくらい綺麗に見える。
「仕方ありません。無茶を覚悟するなら、全員で全力で対処しましょう」
まだ丸一日近くクエストが残っているため、私達は力を温存する方向で動いていた。でも――
「ま、仕方ないわね」
「良いのかよ、お前ら?」
「ダメな時はダメで諦めましょう。ただ――お二人は、私より先に死なないでくださいね」
まったく、イチカちゃんは。
「お前が死んだら、私らも死ぬんだぞ?」
「だから、この中で最後まで生き残るべきはイチカちゃんよ」
「……すみません」
そこで、本気で悔やまないで欲しいんだけれど。
『行け、虫共。邪魔者を排除し――ッ』
魔族の首に、黒いナイフが突き刺さった!?
枝から落下したのがトドメになったのか、魔族の遺体が消える。
「近くにプレーヤーが?」
――まずい! 私達の討伐数はチョイスプレートでバレバレ。この中で一番討伐数が多いのはレンちゃ――
「あちゃー、死なない程度に弱らせるつもりだったのに」
女の声――の主が地面に着地し、正面から近付いてくる?
「あのー、つかぬ事を聞きますが、貴女達は《龍意のケンシ》で間違いないですか?」
「……そういう貴女は?」
この子の格好、まるで道化師。
「私はピエロの隠れNPC、ネロと申します」




