659.魔神・爆雷岩人
依頼を達成した日の夕食後、お風呂を済ませた帰り、道場で竹刀を振っている女の人が一人。
赤味のピンクの長髪ってことは、ヒビキさんか。
「……あ、コセさん」
――なんか色気が凄い!!
「珍しいですね、髪を下ろしてるなんて」
「お風呂上がりだったので、結びたくなかったんです」
いつもと違う妙な色気は、髪を下ろしたからだけじゃなかったのか……良い匂いがする気がする。
「おかしいですよね、せっかくお風呂に入ったのに汗をかくようなまねをするなんて」
「なんとなくそうしたくなった、とかなんでしょ? 俺も、そういうときありますから」
寒空の下で小一時間月を眺めたり、天井を見ながらボーッとしたり、いつもは行かない散歩に行きたくなったり。
「フフ」
「変でした?」
「いえ、そういった不思議な感覚を分かち合える相手が、今まで近くに居なかった物で」
自然体の笑みのせいか、ヒビキさんがいつもより無邪気に見える。
「……今から私と、剣の精錬を行いませんか?」
「良いんですか?」
そのために必要な“超同調”の行使は、精神セックスをするような物だとフェルナンダから忠告を受けたのに。
「あれから色々考えました。自分が本当はどうしたいのか」
無駄な力みなど無い、自然体で真っ直ぐな眼差し。
「私はダンジョン・ザ・チョイスをクリアし、元の世界に戻って――DSを殺し尽くします」
異世界に残る選択をしている俺に対してそう言い切るって事は、将来の別れを決意したということ。
「なら、どうして剣の精錬を――」
ヒビキさんに、正面から抱きつかれる。
「向こうに戻ったら、私は修羅になります。何者にも屈さず、何者にも弱味を見せない、ただ戦い、殺し続けるだけの修羅に」
この人は、最終的に自分が幸せになるつもりが無いんだ。
「だからここに、女としての幸せを置いていきたい」
俺の胸を軽く押さえながら、そう言われてしまった。
「私の幸福になってくれませんか、コセさん」
「……俺で良ければ」
こんな素敵な人に、生涯愛する男として選ばれた。断れるはずもなければ、断る気にもなれない。
唇が吸い寄せられるように重なり、寝間着の浴衣の襟をゆっくりと広げられる。
求められているのだと理解した俺は、ヒビキの白い浴衣をはだけさせ、キスしたまま裾をたくし上げていき――道場の裏手から外へと連れ出した。
★
「“許可証”を確認しました。どうぞ、お乗りください」
祭壇とは反対側にある船着き場から二パーティー事にクルーザーに乗り、十五分ほどで目的の小島に到着。
「……次が四十七ステージか」
もうすぐ、四十三ステージから四ステージも進む事になる。
「どうかしたのですか、ご主人様?」
「いや……結局、ここまで《カトリック》と接触する事がなかったなと」
「ですね。どこかで追い抜いてしまったんですかね」
「魔法の家に引き込まれたら、こっちからはどうしようもないからなぁ」
四十三より先に居るのは確実なんだけれど。
「日数的に、次の四十七ステージに居なければ、追い越したと思って良いと思うよ」
とはメルシュの言葉。
「下手に長く留まってると追い付かれる可能性もあるし、決着を着けられないとモヤモヤするな」
ストーカーが死なないと安心して生きていけない人になった気分。
「そういえば、“エンバーミング・クライシス”の女にも出会いませんね」
死体を操る女か。
「アテルかキクル辺りが、始末してくれてれば良いんだけれど」
それはそれで、厄介なSSランクが敵に渡る事になるからな。
「コセさん♡ 全員、島に到着しました」
セリーヌが教えてくれる。
「じゃあメルシュ、いつものよろしく」
「うん、任せて」
ボス部屋の扉前に、全員が集合。
「第四十六ステージのボスは、魔神・爆雷岩人。弱点属性は無し。有効武器は鎚と爪に銛」
弱点属性がない分、有効武器が多いんだな。初めてのパターンだ。
「危険攻撃は、“爆雷拳”に“爆雷魔法”全般。ステージギミックは、魔神の左右に浮く二つの巨石」
今までと違うパターンのオンパレード。
「正面左側の炎の巨石は、様々なタイプの炎を放ってくる。右側の雷の巨石は、雷を放つだけでなく魔神を回復させる能力も使うから。ちなみに、巨石は破壊しても時間経過で再生するよ」
なら、雷の巨石を破壊してから速攻で叩くのがベストか?
「ヒビキ、レン。巨石はどれくらいで再生するか知ってる?」
メルシュははぐらかしそうなため、経験者の二人に尋ねる。
「雷の方は二十から三十秒ですね」
「まあ、炎の方も大体三十秒くらいだったと思うが……」
「どうした?」
俺にジト目なんて向けて。
「お前、ヒビキのこと呼び捨てにしなかったか?」
「レンさん、最初にイチカさんがボス戦をするようですよ!」
あらかじめ順番を決めていたとはいえ、強引に話を切り上げさせようとするヒビキ。
顔を真っ赤にしてるの、可愛いな。
最初にあった頃はクールビューティーな大和撫子って感じだったけれど、今は凄く可憐に見える。
「……ハァー、たく」
呆れたようにボス部屋へと入っていくレン。
扉が閉まる直前、彼女と目があった……気がした。
●●●
部屋の奥で黄色と赤のライン光が灯る。
「私がやる。手ぇー出すな」
「レンちゃん、またそういう事を」
「危ないと思ったら、すぐに加勢しますからね」
イチカが了解を示した事で、パーティーメンバーが静観を決めてくれた。
「あんがとよ――“邪獣化”」
黒い靄を纏い、邪悪な獣となって、がに股の岩人形と相対する。
『行くぜ!!』
“邪悪に全てをぶっ壊せ”に九文字刻み――突っ込む!!
さっそく、左側の岩から炎の玉が連続で迫ってくる。
避けたところに、今度は右の岩から雷が飛んでくる――が、斧で薙ぎ払う。
『やっぱり、前に戦った時より強くなっている気がすんな』
もしかしなくても、《龍意のケンシ》相手だと強くなるように調整されてるのか?
道中のモンスターの数も強さも、私の記憶より厄介になっていた。当時よりLvも装備も充実しているにもかかわらず。
『オモシれぇじゃん!!』
敵がオカルトだろうが陰謀論の正体だろうが構わねー――自分の心の赴くままに、全部ぶっ壊してやるんだよぉぉ!!
文字が紫色に発光! 同時に魔法陣が展開して炎と雷の散弾が発射される。
『――“逢魔の波動”』
迫る攻撃全てを吹っ飛ばして、魔神に肉薄。
『“邪悪斧術”――ウィケッドブレイズ!!』
削り裂く一撃で、ガードした左腕を斬り壊す。
『敵が強くなるなら、私だって強くならねぇとなぁぁぁ!!』
“邪悪に全てをぶっ壊せ”に十二文字が刻まれ――より兇悪な“邪悪すらもぶっ潰せ”へと激情化する!!
『爆雷拳!!』
『――“激情の解放”!!』
迫る右拳ごと、奴の身体を半壊させた。
残存TP全てを注ぎ込んで放つ“激情の解放”の凄まじさよ。しかも――TPがゼロになった事でアレも放てるおまけ付き!!
『――“激情の一撃”!!』
ここからTPブーストを使って、更に“激情の解放”と“激情の一撃”のコンボを――!!
『……なんだよ』
“激情の一撃”がトドメになって、魔神・爆雷岩人は光に変わりだした。
「凄いですね。回復させる暇も与えずに倒しちゃうなんて」
「ここまで鮮やかだと、心配して損した気分だわ」
「本当に凄かったです、レンさん!」
チトセ、フミノ、イチカに褒められる。
『お、おう。まあな」
拍子抜けしたなんて言えねぇ雰囲気。
○おめでとうございます。魔神・爆雷岩人の討伐に成功しました。
○ボス撃破特典。以下から一つをお選びください。
★爆雷岩人の浮遊炎石 ★爆雷魔法のスキルカード
★爆雷岩人の浮遊雷石 ★サブ職業:爆雷拳使い
○これより、第四十七ステージの“多様学区”に転移します。




