655.油田島
「なんというか、ミスマッチ感が凄い」
遺跡上部から見える光景は、海の上に金属で出来た巨大クレーンがある左側の町と、巨大な金属の円柱が赤い煉瓦で囲まれた建造物が目立つ右側の町。
どうやら、一つの島に二カ所、ちょうど反対側に位置する形で機械化されたエリアがあるらしい。
「ご主人様、全員が転移してきました」
休憩が必要そうな面子は居ない。
「じゃ、さっさと下りるか」
★
「完全に二分されてるな」
祭壇麓の目の前には森と海、左に巨大クレーンエリア、右に円柱赤煉瓦エリア。
「この島は町が二つに分かれております」
「冒険者様方には、今どちらに向かうかを選んでいただきたい」
二人のオッサンがいきなり現れて、話し掛けてきた。
「申し遅れました。私はオイル」
「私はテスラです」
「メルシュ、これはいつもの選択か?」
判断材料を求める。
「うん。オイルルートが火に関係。テスラルートが雷に関連するアイテムが手に入るよ」
「他には?」
「炎の宮殿に進んだパーティーの中に、“魔精の煙灰”を手に入れたパーティーがあるなら、オイルルートに進んで欲しい」
ジュリーからのお願い。
「“魔精の煙灰”を手に入れた人は居ますか?」
ナターシャが尋ねてくれるも、反応は無し。
「やっぱり、イフリータも契約されちゃったあとか」
「じゃ、私とリューナのパーティーはオイルルートね」
「私はテスラルートに行く」
ユリカは当然オイル。ジュリーはテスラか。
「正直、選べるだけの情報が無くて困るわ。メルシュちゃん、適当に振り分けてくれる?」
サトミからの申し出。
「良い、マスター?」
「ああ、頼む」
どっちかに戦力を偏らせるわけにもいかないし、メルシュなら適切に戦力を二分してくれるだろう……たぶん。
メルシュって時折、わざと相性が悪い所に配置している節があるからな。
●●●
「ここがオイルルートの町か」
海よりも、なにかのオイル? の匂いが強い。
「ずっとここに居たら病気になりそう」
「さっさと用件を済ませてしまいましょう、マスター」
ヨシノに案内されるまま、町を歩く。
「らっしゃい! 良いのあるよ!」
○以下から購入できます。
★揮発液のレシピ 100000G
★揮発液 2000G
★揮発液素材セット 1000G
★油圧式ガントレット 2800000G
「新しい薬液です!」
チトセがさっそく、一通り購入。
「“油圧式ガントレット”って、“揮発液”専用の薬液武具なんだ」
チトセが購入した事により、ライブラリに表示されるようになったから確認。
「パワーがもの凄く上がるんだ。これ、かなり強力じゃない?」
「ただし、“揮発液”が切れてしまうと只の重荷になってしまいます。しかも単純にパワーが上がるだけなので、手に入れても高ランクまでの繋ぎにしかなりません」
「あ、よく見たらBランクなんだ、これ」
ここで買えるって事は、オイルルート選べば誰でも確実に手に入れられるって事だしね。
「おい、テスラの奴等がフリーエネルギー装置を作るって息巻いてやがったぞ」
「アイツら、俺達を路頭に迷わせたいのかよ! クズが!」
「絶対に許さねー!」
空気が悪い。
「アレってNPCよね? なんなの、今の会話?」
「オイルとテスラは仲が悪いのです、マスター。なので、ランダムにオイル側からテスラ側に襲撃が起きます」
「なによそれ」
「利権がらみという奴ですか」
イチカが話に入ってくる。
「利権て?」
「フリーエネルギーを生み出す装置があれば、無限の電力が実質ただで手に入るため、石油を始め石炭、危険な原子力発電に頼る必要がなくなります」
「それで儲からなくなる連中からしたら、フリーエネルギーなんてむしろ迷惑ってこと? 頭おかしいでしょ」
フリーエネルギーの方が、どう考えても世界中の人のためになるのに。
「それが現実なんですよ、ユリカさん」
私のお爺ちゃんの件があるから、イチカの話を否定できない。
「そもそも、フリーエネルギーは絵空事ではありません。実際に存在していると言われています」
「まさか、石油利権のために隠されてるって言うの?」
「はい。そのフリーエネルギー発生装置の生みの親は殺され、装置は奪われたという話もあるんです」
「イチカが知ってるって事は、それをやったのはもしかして……」
「DSの手の者だと言われています」
どこもかしこもDS、DS。
「本気で理解できない。フリーエネルギーが本当に存在するなら、わざわざ莫大な金と労力を使って石油なんて掘らなくても良いじゃない」
「彼等にとっては、自分達だけが得をする、というのが大事なんです。どんな手を使ってでも、搾取する側で居続けることが」
「それが低周波存在の精神性というものです。彼等は、商売という仕組みの本質が、詐欺である事をよく理解しているのですよ」
今度はヨシノが話し出す。
「商売が詐欺? 詐欺師かどうかに関係なくってこと?」
「その通りです、マスター。商売という概念は、あまりにも非効率で低俗が過ぎるのです。高周波存在の視点から見ますとね」
「まあ、誰かが儲けるって事は、それまで儲けてた人が儲からなくなるって事だろうけれど」
「本当に売れるか売れないのかも分からない商品を大量生産する。これはもはやギャンブルと変わりません。売れなければ、作られた物は只の無駄。なんらかの手段で処分するという手間を生むだけ」
大量生産、大量廃棄って言葉は聞いた事があるけれど。
「そこで宣伝費を大量に投入し、洗脳する勢いであらゆる場所に広告、テレビ番組、雑誌で紹介させるんです。実際の性能を誇張して」
「性能が良いって言われる日本製も、大袈裟に宣伝するのが当たり前だもんなー」
ヒビキにレンまで加わる。
「現代人は、それが当たり前の事だと受け入れてしまっている。いえ、洗脳されてしまっているんです。だから、DSの野蛮な思想の影響を受けている者たちの多くが――“自分は、普通の真っ当な優しい人間だと思い込んでいるだけの精神異常者”になってしまう」
つまり、ヒビキ視点ではこの世に精神異常者しか居ないってわけね。
「そんな精神異常者の親に育てられた、いわゆる普通の子供は当然、同じく自分を普通の真っ当な一般人。断じて異常者ではないと異常に思い込んで生きていく事になる。毒親の子は毒親になるのと同じ理屈で」
「ヒビキさん……」
「でも、アンタ達は違うんでしょう?」
思い詰め始めたヒビキとイチカに声を掛ける。
「「ユリカさん……」」
「私ね、この世界に来る前の自分はつまんない人間だったなって、今なら思えんのよ。でも、コセと出会ってから、そうじゃなくなってきてるとも思ってるの」
だからきっと、ヒビキもイチカも……親の、血筋の呪縛なんかに負けない。
これまでの流れを断ち切って、新しい運命を切り拓ける。
「だから一緒に、コセのこと支えよ♪」
矢面に立って私達の先頭を走っているアイツが、独りでどこか遠くへと行ってしまわないように。




