653.空中庭園
「え、アレが空中庭園?」
セリーヌの視線の先にあるのは、急な坂の上に建築された四角い建物。
「池が横に付いていて、近くから見ると結構な大きさだよ」
「いえその……浮いているわけじゃないんですね」
トゥスカもセリーヌ同様、宙に浮いた物を想像していたらしい。俺もだけれど。
「アレのどこが空中庭園なんでしょうね?」
ナターシャからも辛辣な意見。
「マスター達のいた世界だと、とんでもなく高い場所にある物には空中って付けても許されるんだよ。文句なら、浮かせなかったジュリーの両親に言えば?」
さすがに言えるか。
「ほ、ほら、さっさと行こう――古代竜亀」
悪魔竜の渓谷で手に入れた指輪で、ブラウンの装甲に覆われた全長三メートル、高さ二メートル程のロボット亀を呼び出す。
「“自動二輪化”」
巨大亀の姿が歪み、タイヤが出現――大型自動二輪車へと姿を変える。
「トゥスカ、後ろに」
「あ、狡い!」
「ナターシャ、運転をお願い」
「畏まりました、メルシュ様。ディフェンドガード」
ナターシャが、ウィングサイドカー付きの緑色の大型バイクを呼び出す。
「俺が二十八ステージに飛ばされてなかったら……」
二十七ステージであんな格好いいバイクを手に入れられたと思うと……ちょっと勿体ない気分になる。
まあ、ナターシャのあのバイクは、《カトリック》から手に入れた戦利品だけれど。
「お乗りください、セリーヌ様」
「グヌヌ!」
昨日の練習の時、散々乗せて走ったのに。
「今度はセリーヌを乗せるから。その次はナターシャな」
「はい、分かりました♡」
「恐れ入ります」
やっぱり、ナターシャも後ろに乗りたかったんだ。
「マスター、私は?」
「え、乗りたいの?」
興味なさそうだったのに。
「マスター?」
「うん、ナターシャの後に乗せるから」
最近メルシュが、ちょっと我が儘になった気がする。
「よし、行くぞ」
右ハンドルを回し、俺が先行して走り出す。
『すぐに出て来るよ、“シュードラ”が』
メルシュの通信機越しの声。
すると間もなく、肌が黒めの、妙な仮面を被った連中が現れて接近してきた。
武器は、ゴブリンが使う粗雑系か。
正面からの敵には、竜亀の内部に備わった機関銃で対処。
「頼む、トゥスカ」
「了解です!」
側面からの敵に対しては、ガンブーメランである“荒野の黄昏は英雄の慰め”から放つ“魔力弾丸”で牽制して貰う。
手頃な遠距離攻撃手段があるのは、この面子だとトゥスカとナターシャくらいだから、トゥスカを後ろに乗せた。
“シュードラ”を蹴散らしながら空中庭園の傍まで来ると、“シュードラ”より肌の色が薄い連中が出て来る。
『どうします、ユウダイ様?』
「このまま蹴散らす――“猪突猛進”!!」
青銅製と思われる武器を持った敵、たぶん“ヴァイシャ”というのをエネルギーの膜にぶつけて蹴散らしていく。
側面から接近していた“シュードラ”と“ヴァイシャ”は、セリーヌとメルシュが魔法で吹き飛ばしてくれた。
数は多かった物の、大して手こずらず空中庭園の入り口まで到着。
竜亀バイクを降り、メルシュ達が降りるまで周囲の数を減らす。
「ナターシャ、先に中へ」
「畏まりました」
俺とトゥスカで殿をしつつ、三人の後を追って空中庭園の中へ。
すると、既にセリーヌ達は別の人型モンスターと戦っていた。
「マスター、コイツらが“クシャトリヤ”だよ!」
“ヴァイシャ”よりも色が薄くなった肌で、鉄製? の武器を振るって攻撃してきていた。
すぐにトゥスカと共に援護に入り、“クシャトリヤ”を殲滅する。
「狭い場所での集団戦、地味に厄介だな」
賊タイプの敵はあまり強くない分、連携能力がそれなりに高い気がする。
「メルシュ、案内を頼む」
「了解」
★
○“奴隷の指輪”×13を手に入れました。
○“悪運のクリス”を手に入れました。
○“共鳴のタルワール”を手に入れました。
○“鋼鉄魔法のスキルカード”を手に入れました。
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:
「あんまり良いのは手に入ってなさそうだな」
「“共鳴のタルワール”はAランクですが、同じ武具が無いとあまり意味が無い剣ですしね」
空中庭園の探索がだいぶ進み、宝箱も幾つか見付けた物の、成果は今ひとつ。
「この“奴隷の指輪”って?」
「“シュードラ”からのドロップ品ですね。指輪の装備者はパーティーリーダーの奴隷扱いになります。ちなみに、装備状態でパーティーリーダーが死ねば、装備者も死にます」
“奴隷王の腕輪”の逆バージョンって感じだな。他人じゃなく自分を奴隷にするっていう点が。
「それ、装備するメリットあるの?」
「奴隷だからこそ使用可能なスキルなどがありますから。あと、少しだけ精神耐性などが上がります」
まあ、“連携装備”を多用する俺のパーティーには、ちょうど良いアイテムだけれど。
「それにしても、この階に上がってから敵が出て来ませんね」
トゥスカの言葉。
「後はもう、この奥の中ボスを倒すだけだからね」
メルシュが先導した先には、重厚そうな石の扉。
「開けるぞ」
扉を開けると、聖職者のような格好の後ろ姿が。
「アレが空中庭園のボス、“バラモン”だよ」
全員で部屋に入ると、身体が動かなくなる。
「無粋な。高貴な我が庭園に、卑しき者達が押し入ろうとは」
「随分、肌が白いな」
振り返った聖職者の老人の顔は、ほぼ白人と言っていい容貌。
「肌の白さは高貴の証。貴様らには当てはまらんがな」
“バラモン”の左右の空間が歪み、白い牛が二頭出現。
「卑しき者達よ、お前達には我が国の奴隷となる価値もない』
聖職者の姿が、牛っぽい悪魔のような姿へと変わっていく!
「なんかムカつくな、コイツ」
身体が動くようになったため、武器を換える。
「セリーヌ」
「はい、コセさん♡!」
「暴き刻め――“雄偉なる神秘をその眼に奉る”!!」
柄がしらにハンマーが付いた、神秘の美麗剣を顕現!
精錬スピード、だいぶスムーズになったな。
「マスター、それ使っちゃうの?」
「神代文字は刻まないから」
「いや、そういう事じゃなくて……」
“随伴の神秘”により、青緑の風を呼ぶ。
『行けぇ!!』
「無駄だ」
突撃してきた牛共を、神秘の風圧で完全に封じる。
「そのまま圧死してろ」
皮膚から血が滲み、骨が突き出て、汚い屍と化す白牛。
「あんまり美味そうに見えないな、この牛」
『貴様、神聖なる“ナンディン”によくも!!』
“ナンディン”が牛の名前か?
「悪い。最近、あんまり肉を食べる気になれなくて」
『――勘違いしてるんじゃない!!』
突撃からの跳躍――からの拳の突き下ろしか。
ゆらりと回転しながら回避し、脇腹を切り付ける
『グ!?』
「“飛王剣”」
後退した先に、神秘の風纏う斬撃を放ち――奴の右脚を太股から切断。
『なにを――しておるッッ!! 奴隷共ぉぉッ!!』
部屋の両側の壁が下がり、“シュードラ”が雪崩れ込んで来た。
『我が肉壁となり、我が敵を死んでも屠るのだ!!』
「――邪魔」
神秘の風で、全ての“シュードラ”の首や胴を切り裂いて始末する。
『ば、バカな……』
「モンスターのくせに、随分人間臭い奴だな」
だからなのか、目の前のゴミに妙にイラつく。
『卑しい女共を侍らせるような者に……――貴様らの手脚を切断し、傷口を焼き、犯し尽くし、臓器を握り抜いてくれるッッ!! 生まれながらに卑しき者共がぁぁぁぁッッ!!』
「――うるせーよ」
雄偉なる神秘の剣を、奴の前で振り上げる。
「“神秘大地剣術”――ミスティックグランドスラッシュ!!」
真っ二つにした瞬間、炸裂した暴威によって跡形もなく吹き飛ぶ“バラモン”。
「……」
「ご主人様?」
「いや、なんでもない」
なんでイラついていたのか解った。
あの“バラモン”て奴の言動、その本質にある物が、ルーカスや槍の男と同じだからだ。
「人のこと卑しいとか言う前に、自分の顔でも鏡で見てろよ」
お前らの方が、何百倍も卑しくて醜悪なんだよ。




