639.向き合う者達
「フー、昼間から入るお風呂は最高ね」
「ですね~」
ユリカとヨシノが、吞気に湯船に浸かりながらリラックスしていた。
「いや、なんで男湯に入ってきてるんだよ……レリーフェさんまで」
同じ湯に浸かる緑髪のエルフ美女に流し目を向けてしまう。
「男湯ってこうなってんのね」
「女湯と配置が逆なだけですよ、マスター」
「いや、だからなんで一緒に入ってるんだ!」
「レリーフェが、一緒に入りたいって」
「言ってないだろ!」
赤面しながら慌てるレリーフェさんの姿に、以前、ユリカが彼女の胸を揉みしだいた時のことを思い出してしまう!
「レリーフェの裸見たんだから、責任取ったら、コセ?」
「ユリカ……お前、レリーフェさんと俺をくっつけようとしているよな。だいぶ前から」
「気付いてたんだ」
「お、おい、ユリカ……」
当人のレリーフェさんが、何故か蚊帳の外状態に。
「レリーフェが奥手だから、二人が話しやすい状況を作ってあげたのよ」
こういう強引なところは、初めて会った頃とあまり変わらないな。
あの時は不快感しか感じなかったのに、今はいじらしさを覚えるのだから不思議だ。
「で、コセはレリーフェのこと……どう思ってんのよ」
「どうって……レリーフェさん次第では、正式に夫婦になっても良いくらいには好感持ってるけど?」
「……サラッと言うわね、アンタ」
アンタ呼びはやめてくれ。
「だそうですよ、レリーフェさん」
「…………うん♡」
俯いて微動だにしていないけれど、乙女オーラが凄い!?
「じゃあ、今夜はコセとレリーフェの初夜で決まりね」
ユリカがそう言うと、レリーフェさんが縋るようにユリカにスルスルと近付いていった?
「ひ、一人じゃ不安だから……い、一緒に頼む」
二回り近く年下のユリカに、初夜の同伴をお願いする三十六歳。
「……大切な初夜なんだから、二人だけの方が良いでしょ」
「頼むユリカ……コセ殿と一対一は無理!!」
無理って言われたんですけれど、俺!?
「ま、まあ……解ったわよ」
「恩に着るぞ、ユリカ!」
普段の堂々とした振る舞いを知っている分、今のレリーフェは凄く情けなく見えてしまった。
★
「焼き祓え――――“雄偉なる煉獄は罪過を兆滅せしめん”!!」
3P初夜から一夜明け、庭先でユリカと“超同調”の末――煉獄の剣の共鳴精錬を成功させた。
「色は禍々しいのに、実直そうな感じの剣だな」
罪を斬り捨てる、黒紫の浄化の剣。
「なによ、文句でもあんの?」
「ユリカらしくて可愛い部分が出てるって思ってるの、“超同調”で解ってるだろう?」
「……バーカ♡」
ユリカから甘酸っぱい感情が伝わってくる。
「――ハアー、ハアー。そ、そろそろキツくなって来た」
初めては皆、すぐにへばるな。
例外は、一昨日のカナだけかな?
「よし、ここまでにしよう」
煉獄の剣を解く。
「こ、今度は私とお願いします、コセ殿!」
嬉しそうに申し出てくれるレリーフェ……ちょっと気合い入りすぎかな。
「うん、やってみよう」
「コセ、アンタは休まなくて大丈夫なの?」
心配してくれるユリカ。
さっきの精錬で精神的疲労は感じている物の、この程度でへばっていたらSSランクの三つ同時生成なんて夢のまた夢だ。
「ああ、問題無い。すぐに始めよう、レリーフェ」
「はい♡!」
その後、剣を生成できなかったレリーフェは落ち込んだ。
★
「フッ! フッ!」
「ユイ」
道場で一人、素振りをしていたユイに声を掛ける。
「……コセさん」
なんか、落ち込んでる?
「ユイと剣の精錬を試したいんだ、いま良いか?」
肉体関係のあるメグミとレリーフェでダメだったにもかかわらず、カナは問題無く成功している。
成功者と失敗者の違いとそれぞれの共通点を考えた俺は、一つの答えに行き着いていた。
その答えの検証のため、ユイともう一人に共鳴精錬を頼みたかったんだけれど、フェルナンダの言葉もあって、もう一人には頼めずにいるんだよな。
「…………ごめん、今は自分に集中したいから」
ユイにこれまで感じなかった、僅かな違和感。
「ユイも進もうとしてるんだな、前へ」
「え?」
「いや、応援してる」
悩むのは苦しいことだけれど、それはこれまでとは違う前へ進むための切っ掛けになる。
ユイが一人になりたいなら、それが今の彼女に必要って事なんだろう。
俺は、道場をあとにする事にした。
「私……前へ進もうと……してるのかな?」
★
「……フム」
昼前、剣の精錬訓練を頼もうと人を捜していると、ルイーサが食堂で唸っていた。
「どうした、ルイーサ?」
「ああ、コセ」
彼女の前のテーブルには、剣が幾つも並んでいる。
「いやなに、以前、大天使と戦った時みたいに、武具の統合ができないかと思ってな」
俺が、“偉大なる英雄の鎧”に複数の武具を融合、構築し直したみたいにか。
「アレは、無意識レベルで強く強く欲した時にのみ起きる謎現象だからな」
理屈であれこれ考えても、できる気が全然しない。
真に自分が望む最良の答えに、心の底から行き着いた時にのみ成功するというか……。
“グレイトドラゴンソード”が“偉大なる英雄竜の猛撃剣”に変わった時も、鎧の時ほど複雑じゃなかっただけで似た感じだったかな。
「じゃあ、コレを返しておくか」
水を固めたような大剣、“ザ・ディープシー・カリバーン”の装備を解除して実体化。
「良いのか? 私じゃ持て余し気味だったから返したのに?」
「それは俺も同じだから。それに、Lv77になればサブ装備欄が一つ増えるし」
「そう言えば増えてたな。それじゃあ、ありがたく……」
「どうした?」
「なら、お返しだ」
刺突に向いた形状の緑色の剣、“ストームブリンガー”を受け取る。
「良いのか?」
「最近は、聖剣以外使う必要が無いからな。昨日、メルシュからコレも貰ったし」
ルイーサが示したのは、白い鞘。
「“聖遺物の鞘”。アムシェルが持っていたものの光属性バージョンだろうな」
アムシェル。アテルの仲間の魔剣使い。
対照的な装備だからなのか、ルイーサは彼女に執着している伏がある。
ルイーサも、ユイのように自分と向き合っていたのかもしれない。
「それじゃ」
彼女を訓練に誘うのをやめ、他の人物を探すことにした。
●●●
「フー、フー……」
「コセくん、そろそろ休んだら?」
「そうよ、ユウダイ」
私とマリナちゃんとの剣、“雄偉なる宵闇から戦慄は消えて”と“雄偉なる硝子鏡は世界を映し出す”を維持した状態で、自身の剣を生成しようとしているコセくん。
単純に呼吸が荒いだけじゃない。呼吸の仕方がおかしくなるくらい精神的負荷が掛かり続けているように見える。
「フー、フー」
私達の問いかけが届いていないのか、それとも返事をする余裕すら無い状態なのか。
玉のような汗を流しながら、コセくんの手の中の青い石剣が――姿を変えていく!?
「――プハッ!!」
コセくんの手の中にブラウン色の大剣が生成され、形として完成すると思われたその瞬間――私達のを含めた剣全てが弾け……青石の剣に戻ってしまった。
「ハァー、ハァー、ハァー、ハァー」
荒い呼吸を繰り返しながら、コセくんが座り込んでしまう。
「大丈夫、ユウダイ?」
肩を震わせながら、手振りで安心するように聡そうとするコセくん。
剣を生成するだけで、あんなにも息切れするほど消耗してしまってるんだ。
「もう少し……けれど、こんなんじゃ三本生成状態で戦うなんて……夢のまた夢だな」
気付いたら、彼の握り拳を包むように手を重ねていた。
「カナさん?」
「無理……しないで?」
自分の行動に戸惑いながら、彼を気遣う事を優先している自分が居る。
“超同調”の影響なのか、あの日以来、誰よりも彼を身近に感じてしまっている自分が。
「……大丈夫。諦める気になれないって事は、なんとかできる事のはずだから」
強くて優しい笑顔。
成功する根拠なんて無い、誰も歩いた事の無い前例のない道を自分から歩いて行く彼の姿は……私には、あまりにも眩しかった。




